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第21話:『空白の境界線。さよなら、愛しきノイズたち。』

白雪は、拡張機能が消え、元の狭さに戻った自分の部屋で、一人パッキングをしていた。

棚には、カズマに「お裾分け」して突き返された怪しい薬の試作品や、みんなで撮った(長官に没収されかけた)写真が散らばっている。


「……一ヶ月なんて、あっという間ね。……あんなに帰りたかった未来が、今はこんなに遠く感じるなんて」


カズマがくれた普通のマシュマロの空き袋を、そっと胸に抱きしめた。


科学では説明できない「温かさ」を知ってしまった。けれど、彼女は未来の科学者だ。時空の歪みを正すため、未練を断ち切り、転送ゲートの起動スイッチを押した。


一方、レオンは公園のベンチで、本来の任務――「時空犯罪の監視」という冷徹な報告書を端末に打ち込んでいた。


だが、指が止まる。


脳裏に浮かぶのは、結衣に追いかけ回された日々の喧騒や、カズマが作ってくれた、少し味の薄いおじやの湯気。


「……僕は、監察官だ。……情に流されるなんて、失格だよ。……でも……」


端末の画面に、一滴、涙が落ちた。


充足していた。自分を「ただの子供」として扱ってくれた、あの異常で平和な四畳半。


袖で乱暴に目を拭い、迎えの光の中に消えていった。


バブル・マネーもまた、長官から「これ以上の次元干渉は経済テロとみなす」と銃口(重力銃)を突きつけられ、嗚咽を漏らしながら、愛したプラチナダンベルを大家の部屋の前に置いて、未来のオフィスへと強制送還されていった。


翌朝。


世界から、「彼ら」がいた証拠が霧のように消えていった。


マッスルマートのバックヤード。


未来人である店長・松井とハスハラの二人は、長官から突きつけられた「記憶処理デバイス」を前に、静かに向き合っていた。


「店長……。僕たちの記憶、どうしますか? 覚えていれば、いつかまた彼らに会えるかもしれない。でも……」


「……ハスハラ君。出会いは、別れがあるから美しいんだ。……それに、この切なさを抱えたままレジに立つのは、あまりに『非効率』だよ。……佐藤君が守りたかったのは、この日常そのものなんだから」


店長は、震える手でスイッチを押した。


二人の瞳から、白雪の笑い声も、レオンの生意気な口調も、長官の冷徹な眼鏡も……全てが、穏やかな光と共に消えていった。


「――佐藤さん、おはようございます!」


ハスハラが、いつも通りの元気な声でカズマを迎える。


カズマは「おはよう」と返したが、自分の心に、ぽっかりと丸い穴が空いているような、奇妙な喪失感を覚えていた。


「あれ……? なんだか今日、部屋が広く感じるなぁ。……壁に穴なんて、空いてたっけ?」


大家さんは、隣の部屋の壁を見つめ、「誰かに壊されたような気がするが、思い出せん。……まあ、いい、筋肉で埋めるか」と首を傾げている。


街で会った結衣も、「佐藤さん! ……あれ、私、誰かを探してたような……? ま、いっか! バイト頑張ってください!」と、どこか寂しげな笑顔で去っていった。


みんな、何かを忘れている。

大切で、騒がしくて、どうしようもなく愛おしかった「ノイズ」を。


カズマは、無意識に首元の耳栓に手を伸ばした。


それはもう、音を遮る必要のない、ただの古びたスポンジだ。


カズマの瞳に、理由のわからない、けれど温かい涙が一筋だけ流れた。


『……ニャア。(カズマ。……お前、泣いてんのか)』


膝の上で丸くなる猫――未来の自分であるはずのその猫も、今はただの、どこにでもいる野良猫のような顔をして、カズマの涙を不思議そうに見上げている。


「……おかしいな。……耳栓してるわけじゃないのに、……世界が、少しだけ静かすぎるよ。」


カズマは、誰もいない四畳半の窓の外を眺めた。


空はどこまでも高く、青い。


「普通」に戻ってしまった日常。けれど、その空白の奥底に、消えない「お裾分け」の記憶が、静かに眠っていた。


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