56 タウンハウスで祝宴を開きに転生しました。
「……で、なんでタウンハウスに戻ってきたのに、また宴の準備が進んでいるんだ?」
王宮の戦勝宴から、ようやく解放された。
そう思っていた。
少なくとも、馬車の中ではそう信じていた。
だが、王都のタウンハウスに戻った私を出迎えたのは、休息でも静寂でもなかった。
広間には、簡易とはいえ十分に整えられた席が並び、料理人たちが慌ただしく動き、使用人たちが酒器と皿を運んでいる。
しかも、見覚えのある銀の三段台まで、またしても運び込まれていた。
待て。
それは王宮に置いてあったものではなかったのか。
「奥方様のご指示でございます」
したり顔を隠そうともしないヴォイチェフが、こちらを振り返ってそう言った。
私は、ゆっくりと横の妻へ顔を向ける。
「ヴィオラ」
「はい」
「説明を求めてもいいか」
妻は、悪びれもせず微笑んだ。
「王宮の祝賀会に呼ばれるとは思っておりませんでしたので。戦いが終わったと連絡を受けた段階で、ヴォイチェフとこちらに参りましたの」
「……つまり?」
「セレルナ男爵様をお招きして、内々の慰労の席を設けるつもりでした」
なるほど。
王宮の祝賀会でやけに手際が良いと思ったら、そういうことか。最初から王都で何かやる気だったのだ。
「いや、待て。王宮であれだけ食べた後に、まだ宴をやるのか」
「宴というほど大げさなものではありませんわ。あくまで、内々の慰労です」
ヴィオラは涼しい顔でそう言った。
そのわりに、銀器が出ている。
料理人が本気だ。
そして騎士団の何人かが、なぜか当然のように席の配置を手伝っている。
どう見ても、ただの慰労ではない。
「旦那様」
ヴォイチェフが、妙に満足そうな顔で言う。
「王宮での御様子を拝見するに、こちらの準備も無駄にはならなかったかと」
「おまえ、王宮にいたのか」
「もちろんでございます。奥方様のお手伝いとして」
何を当然のように言っている。
この家の家令長は、いつから王宮の宴会場に当然のように出入りするようになったのだ。
いや、考えるな。考えたら負けだ。
「御呼びいただき、ありがとうございます」
その時、落ち着いた声がした。
正装ではないが、宴席に出ても失礼にならない礼服を着込んだセレルナ男爵が、こちらへ歩み寄ってくる。
戦場で見た時よりも、少しだけ顔色が良い。
いや、顔色が良いというより、何か吹っ切れたような顔をしている。
その背後には、例の宮廷伯――ヴァレク卿が、所在なさげに控えていた。
軍功会では、王の御前で告発しかけた文官。
だが、既に蟠りはないようだ。セレルナ男爵が彼の方を見て、妙に親しげに笑ったから。
「ヴァレク卿も、どうぞ遠慮なさらず。命婦殿の屋敷では、悪名持ちの方が肩身は狭くありません」
「男爵、どうかその呼び方は」
「私も寝返り男爵ですので」
「それを笑って言える貴殿が、少し羨ましい」
やめろ。
なぜ、うちのタウンハウスで、寝返り男爵と讒言侯が打ち解け始めているのだ。
私は、まだ何もしていない。
何もしていないのに、また何かが始まっている。
そして経験上、こういう時に始まるものは、だいたい私の胃に悪い。
△ ◆ △
「しかし、この芋も、王宮の戦勝宴で披露されたとなれば、もはや珍味では済みますまい」
ヴァレク卿が、三段台に載せられた芋料理を見ながら言った。
セレルナ男爵も、深く頷く。
「ええ。もっとも、我が領では、しばらく珍味どころか主食になりますな。
送っていただいた芋の一部は、種芋というのでしたか、それに回すつもりで残しておりますが……」
男爵は、少し困ったように笑った。
「すぐに増えるわけでもありません。小麦がなんとかなるまでの間、領内の腹を満たし、次に備えるには、やはりもう少し欲しいところです」
まあ、そうだろう。
基本、この国の主食は小麦だ。芋ではない。
食糧不足だからと言って、いくら何でも兵糧攻めを仕掛けてきた相手に食糧を売ってくださいなどと言いに行くのは、さすがに嫌味が過ぎる。
……後々まで尾を引く嫌らしい作戦を思い付く第二王子は、よっぽど性格が悪いと見た。
「我が領も、大量とは申しませんが、どちらも支援ならできます」
私は、そう言った。
「セレルナ領が抜かれては、王国の防衛線が大変なことになりますから」
小麦自体の品質は共和国産や王国でも名産地に劣ると言え、一応バラージュ男爵領は、小麦畑が健在な数少ない王都近郊領だからな。
「ありがたい」
セレルナ男爵は、真面目な顔で頭を下げた。
この人は、領主としてはかなりまともだ。ゲーム知識からも、中盤以降の戦術的に嫌らしい敵ッぷりからもそれは確定している。
「そういえば」
男爵は、ふと思い出したように顔を上げた。
「その甘い芋ですが、王妃陛下と王女殿下に献上され、さらに王家のご学友にまで話が及んだことから、宮廷では『メイ・クイーン』と呼ばれ始めたそうですな」
やめろ。やめてくれ。
その名前は、たぶん定着する。
ヴィオラが、ほんの少しだけ楽しそうに目を伏せた。
「王妃陛下はメイリスラヴァ様、王女殿下はメリニヤ様。どちらもメイの音をお持ちですもの」
「いや、待て。そういう問題では」
「加えて、王妃陛下の慈愛事業に用いられる芋となれば、宮廷の方々が喜んで名を付けるのも無理はございません」
ヴァレク卿が、穏やかな笑みで追い打ちをかけてくる。
この人、意外と立ち直りが早い。
いや、違う。
本来、宮廷伯は、伯といいながら領地を持たないため、諸侯としての卿ではなく、様と呼ばれるのが普通らしい。
だが、讒言侯の名乗りが一種のグランデとして認められた結果、ヴァレク卿は諸侯に準じる扱いになりつつある。
つまり今や、宮廷伯なのに、伯爵相当の扱いをされかけている。
何だその制度のバグは。
「まあ、男爵芋も、もとはバラージュ男爵領の名産ということで呼ばれ始めたのでしょう?」
ヴァレク卿は、今度はセレルナ男爵へ視線を向けた。
「上手く増産できれば、貴公の領もまた、男爵芋に救われた地として知られるやもしれません」
「そうなりたいものですな」
セレルナ男爵は、苦笑しながらも、どこか本気で頷いた。
「ただ、問題は運ぶ量です。例の牛を用いた貨物車では、そこまでの量を運ぶのは難しいのでは?」
「確かに」
私は頷いた。
「我が領と王都の間くらいなら、毎日のように走らせています。
ですが、セレルナ領までとなると距離もある。途中には大公国領や公国領も挟まりますし、戦時ならともかく、平時の大量輸送には少し無理がありますね」
「ならば、海運を使われればよろしい」
さらりと言ったのは、ヴァレク卿だった。
私は、思わず顔を向ける。
「海運?」
「ええ。幸い、バラージュ領を流れる河は、王の直轄港湾都市であるカウィンド港へ通じております。
そこからブリンクス海の船便に載せれば、時間こそ掛かりますが、はるかに多く運べます」
「……ああ」
言われてみれば、その通りだった。
急ぎの救援では、無理にでも押し込むしかなかった。
だが、復興支援として量を送るなら話が違う。
王国を南北に分ける内海――地中海……いや、規模こそちがうが、役割としては瀬戸内海に近いブリンクス海を使えば、東西の運送ははるかに便利だ。
大量に運ぶのは、道より水の方が向いている点は、こちらの世界でも同じ事だ。
「カウィンド港か」
セレルナ男爵が、少し考え込む。
「我が領までは、そこからさらに陸路になりますな」
「ええ。ですが、全行程を牛車で運ぶよりは遥かに楽です」
ヴァレク卿は頷いた。
「それに、内陸湖から流れる河を利用すれば、王国に封じられた諸侯領を通す正式な口実も立てやすい。
復興支援の芋です。誰も表立って止められますまい」
なるほど。
この人、伊達に幕僚団から生贄《scapegoat》として目を付けられた訳じゃ無い。
王宮で書類と儀礼と諸侯の顔色を見続けてきた人間だ。
こういう通行権や港湾都市の扱いには、私よりずっと詳しい。
「では、種芋の第一便は、こちらの騎士団に護衛させてカウィンド港まで送らせましょう」
「おお、それは助かります」
「そこから先は、王家の港湾役人と、セレルナ領側の受け入れで調整ですね」
「でしたら、私から港湾局に文を回しましょう」
ヴァレク卿が、静かに申し出た。
「讒言侯が口を利けば、少なくとも書類は通ります」
「その呼び名をご自身で使われますか」
セレルナ男爵が目を丸くする。
ヴァレク卿は、ほんの少しだけ苦笑した。
「寝返り男爵が笑って名乗るなら、私だけ逃げるわけにも参りますまい」
やめろ。
なぜ、この二人は妙な方向で友情を深め始めているのだ。
しかも、話の内容は極めて実務的で、正直ありがたい。
悪名持ちというものは、使い方を間違えなければ、意外と便利なのかもしれない。
いや、そんなことを考えてはいけない。
私もその仲間に数えられている気がする。
……もう、遅いかも知れないが。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
次回の7月16日投稿から幕間の共和国編に入ります。
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