55 Fw;王子の取り巻きの父親に転生しました
その時だった。
何を思ったのか、息子が三段台から小さなタルトを一つ取り、王女殿下へ差し出した。
「はい。これ、美味しいよ」
待て。
それは王女殿下だ。
近所の子ではない。
「あ、え?」
王女殿下は、きょとんとした顔で息子とタルトを見比べた。
止めようとした私より早く、今度は娘が小さな芋菓子を両手で持ち上げる。
「わたしも。これ、おいしいよ」
そして、王女殿下へ差し出した。
そこまではよかった。
よくはないが、まだ分かる。
娘は、王女殿下が菓子を受け取るのを見て、にこっと笑った。
「でも、おにーちゃんはあげないんだよ」
私は固まった。
何だ、その宣言は。
王女殿下も、菓子を手にしたまま一瞬止まった。
そしてぽつりと娘に告げる。
「じゃぁ、おにいさまの交換は次回だね」
妹は目をキラキラさせている。
息子は意味が分かっていない顔をしている。
ヴィオラは、ほんの少しだけ目を伏せた。
笑っていないか。
今、笑いを堪えなかったか。
それ以前に、とんでもないこと言ってなかったか。
「一緒にたべよう」
「うん、ありがとう」
そして、娘と一緒にタルトをパクり。
「おいしー」
「でしょー」
「あら、よかったわね」
私とヴィオラが止めようとするより先に、その声が広間に届いた。
王妃陛下の声は柔らかい。
柔らかい。
だが、広間の端まで届くような、よく通る声だった。
「それに、バラージュ家にはグランデが重ねて与えられました。家格としては、すでに伯爵家、場合によっては辺境伯にも準じる扱いです」
周囲が、また少しざわついた。
私は胃のあたりを押さえたくなった。
やめてください。
ただでさえ王室に対して不敬ぎりぎりなのに。
このタイミングで、伯爵家に準じる扱いなどと、王妃陛下の口から言わないでください。
収入に直結する領地は男爵家のままなのです。
しかも今、娘が王女殿下に菓子を渡したうえで、兄を渡さないと宣言しました。
これは何だ。
乙女ゲームで、王女ルートに入った兄を牽制する妹キャラか。
それとも、兄を狙う女性主人公と敵対するライバルキャラなのか。
それでも大概なのに、兄を交換するとか約束してます。
待て。
我が娘を、そんな面倒な配置に置くな。
「ですから、もう少し砕けても構いません。少なくとも、今この場では」
王妃陛下は、楽しそうに目を細めた。
「王女も、あまり堅苦しくされると、菓子に手を伸ばしにくいでしょうから」
王女殿下が、はっとしたように背筋を伸ばした。
見ていたのですね。
完全に見ていたのですね。
ヴィオラは、一拍置いてから、柔らかく微笑んだ。
「では、お言葉に甘えまして」
その笑みは、男爵夫人としての礼を崩さないまま、ほんの少しだけ我が家の茶会の空気を含んでいた。
「お召し上がりやすいよう、紅茶も後ほどお持ちいたします。
ミルクと砂糖は、如何しましょう」
王女殿下の目が、わずかに輝いた。
まずい。
今、何かのイベントが始まった気がする。
しかも、たぶん私は止められない。
△ ● ▽ ● △
その時、息子がポテチとフレンチフライの載った皿を持って、壁の方に少し早足で進み出した。
片手に持った果実水がこぼさない程度の速度と言え、正装な割に素早い。
王妃に失礼にならないよう礼をして妻に後を任せると、慌てて私も息子の方に向かった。
そこには、息子と同年代の少年がいた。
標準はよくわからないが、息子の方が少し背が高い位だろうか。正装でこそ無いが、それなりにきちんとした身なりをしている。
以前王都で出会った男の子もこんな感じだったから、息子は同年代としては背が高い方なのだろう。
ちくしょう、羨ましくなんて……あるよ。
って、待てよ、このタイミングで、この会場にいる、息子の同年代って……
「はい、一緒に食べよう」
遅かった。
息子は、そう言って、皿を少年に向かって差し出している。
「良いのか?」
おそるおそるポテチに手を伸ばし、パクリ。
「おお、美味いな」
嬉しそうにほおばる少年。
微笑ましいのは微笑ましいんだが、まさか……
もしかしなくてもこの少年って……
「これ、飲む?」
息子は、片手に持っていた果実水の杯を少し掲げた。
「芋ばかりだと、口が乾くから」
少年は一瞬だけ迷った。
周囲を見たのだろう。だが、こちらを見ている大人たちは、なぜか誰も止めない。
「……では、少し」
少年は果実水を口にし、目を丸くした。
「甘いな」
「うん。でも、甘芋のお菓子よりはさっぱりしてるよ」
「なるほど。揚げた芋には、こっちの方が合うのか」
「たぶん。お父様は、お酒の方が合うって言うかもしれないけど」
やめろ。
そこで私を出すな。
「でしょう、でしょう」
「ちがうよ、こっちはあまくないよ~」
ピコピコと言う音がしないのが不思議なくらいの勢いでやってきたのは、我が娘と……
「メリニヤ、なんでここに?」
「おかーさまと、おいもをいただきに」
いや、あってるけどちがうだろう。
そして、メリニヤ。
王女殿下の名である。
では、この少年は誰か。
考えたくない。
だが、考えなくても答えは出ている。
てか、もう答合わせ終わったようなもんじゃ無いか。
「おにーさまとおにーちゃん……どっちもおにいちゃん?」
「そー、どっちもおにいさまだよ」
幼女二人が、嬉しそうに息子と……うん、王子様の周りを、サツマイモのお菓子を咥えたまま回っていた。
やめろー、やめてくれー。
ヴィオラも俯いて誤魔化してるけど、笑ってるのはモロバレだぞ。
「あら、あら。いつの間にかお友達までつくって」
王妃が微笑んでいるが、どう見ても自制心だけで笑い出すの堪えてるぞ。
「それに、なかなか酒に合うな」
唐突に、威厳のある声が聞こえてきた。
待て、待て待て、何このカオス。
そこにいたのは、ゴブレットを片手に、息子の持った皿からフレンチフライをパクりと食べている、どう見ても……
国王陛下、その人だった。
後ろには、なかなか気まずい表情をした、国務大臣も控えている。
どこから湧いて出た。
あ、隠し扉か……
壁に掛けられたタペストリーがめくれてる。
「腹持ちもよく、食べた後に力も出ます。いざという時には、実に頼もしい食ですわね」
「こればかりだと飽きそうだが、戦場にも被災時の支援にも向いているなと思っていたが、このような油で茹でると言うレパートリーがあれば、なかなか飽きることも無さそうだ」
「いえ、陛下。油で茹でるので無く、揚げると言う調理法でございます」
いやヴィオラ、このタイミングでいわないで。確かに力説してたの、私だけど。
「なるほど、茶会で流行り出した揚物とは、これのことであったか」
そんな大人な会話をする両陛下の横で、息子達は息子達でフレンチフライとポテチをほおばりながら、何やら笑い合っている。
そしてその周りを嬉しそうにはしゃぎながら走っている幼女二人。
もうやめて、私のライフはもうゼロよ。
「それに、ちょうど良いタイミングだな。息子の学友を決めねばと思っていたところだが、公達の称号を持っているなら、文句を付ける事もできまい」
「よろしいですね、娘にも、ちょうど素敵な将来の学友が見付かりましたし」
大臣、止めてください。男爵相手に、笑えない冗談です。
「……バラージュ男爵。
先ほど、陛下の宣旨で、命婦の称号は廃止され、騎士に男女問わず統合された」
「あの、大臣。一体?」
「ウイルヘルム・エドワウ・バラージ閣下は、閣下の称号と騎士団団長の地位を持った、立派な貴族だ。
……まあなんだ、頑張れ」
哀れみに満ちた笑顔はやめてくれー。
そんな悲哀を他所に、私が『王子の取り巻き』の父親に転生したのが確定したのであった。
次回、7月11日に投稿します




