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王子の取り巻きの父親に転生しました ~戦場に美少女はいない、いるのは死神だけだ~  作者: 製本業者
男爵領でイモひきました(中編)

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50 御用聞きの成功を伝えに転生しました

「とりあえず、なんとかなったな。怪しい僚兵アテンダントはさておき」


私は、なんとか形を取り繕った幕僚団が王国軍主力を整列させ直すのを尻目に、城門を目指してゆっくりと甲冑を進めていた。


王国軍主力は、ひどい有様だった。


壊滅したわけではない。

敵に蹂躙されたわけでもない。

むしろ、まともにぶつかる前に自分たちで勝手に崩れ、その後になって慌てて列を直しているだけだ。


ある意味、被害は少ない。

だが、見栄えは最悪だった。


共和国軍は退いた。

セレルナの城は落ちなかった。

男爵は自ら名乗り、敵の撤退線へ一撃を加えた。

鉄騎騎士団は補給を通し、芋と酒で城兵の腹と喉と心を繋いだ。


結果だけ見れば、悪くない。

いや、むしろ上々だ。


ただし、それを誰がどう語るかで、まるで違う話になる。


何しろ、共和国軍は、確かに退いたが整然と、まるで行進するかのごとく退いていった。

整然と撤退する共和国軍と、混乱し乱れた王国軍。


戦場というやつは、勝った後も面倒くさい。

勝ち負けそのものより、あとで誰が功を拾い、誰に責任を押しつけるかの方が厄介な時もある。


 ◇ ★ ◇


「しかし、第二王子も首の皮一枚で繋がりましたね」


テオドルが、いつもの調子で淡々と言った。


「どういうことだ?」


私は思わず聞き返した。


第二王子。

共和国の第一執政卿の二男、カイル・ヴェルナーの別称。

実際にはやや蔑称的に使われてもいる。


こちらから見れば、今回の戦の元凶の一人だ。

紅茶と綿花への転作でセレルナ領の食糧事情を細らせ、包囲で心を折り、補給を断って降伏へ追い込もうとした男。


しかも、実際に撤退戦では見事にやられた。


あいつは敗けた。

だが、軍は壊さなかった。

主力を整えたまま下げ、親衛隊で王国軍前衛を引っかき回し、自分は最後まで戦場の目を引き受けて逃げた。


腹立たしいほど、きれいな損切りだった。


「ああ、寝返り男爵の件は、まあ彼のせいではないが、微妙だろうな」


ホンザが肩をすくめるように言った。


「そもそも城を落とせなかった。補給を通された。男爵に名乗られた。王国軍主力が来る前に退いた。表だけ見れば、敗戦は敗戦だ」


「だがなぁ」


ノルベルトが、妙に楽しそうに続けた。


「殿は、自分の名前を軽く見過ぎてる」


「ですです」


ラヨッシュまで頷いた。


「……何の話だ?」


嫌な予感がした。


こういう時、こいつらはだいたい私の知らないところで余計な意味を見つけている。


「第二王子本人は、さすがに自分からは言わないでしょう」


テオドルが言う。


「ですが、周囲は使います」


「何をだ?」


「命婦です」


私は黙った。


嫌な単語が出た。


「命婦とやり合った。それだけでも、共和国ではそれなりに通るだろうな」


ホンザが笑う。


「王国の命婦が、共和国の親衛隊と第二王子を相手に直接斬り込んだ。

しかも第二王子は迎撃し、生きて帰った。軍も壊さずに帰した」


「それに今回は、もっとまずい」


ノルベルトがにやにやと笑った。


「命婦自ら、あいつを“継嗣殿下プリンケプス”と呼んだ」


私は甲冑の中で頭を抱えた。


そうだった。


言った。

確かに言った。


カイルの逃走時、敢えて煽るようにわざと聞こえるように言った。

こちらがあいつの立場を理解している、と示すために。

まあ、確かに敬意を示す意味もあった。


その場では必要だった。


必要だったのだが。


「……あれ、共和国で使われるのか?」


「使うでしょうね」


テオドルが即答した。


「王国の命婦が、戦場で第二王子を継嗣殿下と認めた。そういう形になります」


「認めてない。煽っただけだ」


「言葉は、言った側の意図だけで使われるものではありません」


やめろ。

正論で殴るな。


「つまり、あれか」


私は呻いた。


「共和国に帰ったカイルは、包囲に失敗した敗将ではあるが、命婦と渡り合い、王国側から継嗣殿下と呼ばれた男にもなるわけか」


「そういうことですね」


「しかも主力は壊していない」


「そうですね」


「親衛隊もほぼ温存」


「はい」


「……あいつ、本当に首の皮一枚で繋がったな」


思わず、そう漏らしてしまった。


失敗はした。

だが、敗北の中に言い訳がある。

いや、言い訳どころか、次につながる材料がある。


共和国の政治事情までは知らない。

だが、あいつが単なる昼行灯ではないと、今回の戦場で分かってしまった者は少なくないはずだ。


少なくとも、私たちは知っている。

あいつは逃げただけではない。

逃がしたのだ。


自分の軍を。


「そういや『昼間の探照灯サーチライト』とも言ってましたな」


「そっちも使われる?」


全員肯いた。


 ◇ ★ ◇


そして、その評価を一番使いたがるのは、おそらく本人ではない。


「リュシア、だったか」


私は小さく呟いた。


あの細身の甲冑。

カイルの一歩後ろで線を支え、最後には彼が守るように逃がした相手。


副官か。

側近か。

幼なじみか。

あるいは、それ以上か。


詳しいことは知らない。


だが、カイル本人が、戦術的理由以外で助けた甲冑だ。

それなりの立場に違いない。


あれは使う。

絶対に使う。


「……殿?」


「いや」


私は甲冑の手で顔を覆いかけて、途中でやめた。


そんな仕草を外から見られたら、また妙な講談にされる。


「敵に塩を送った気分だ」


「芋と酒の次は、塩ですか」


「うるさい」


ノルベルトの軽口を切って捨て、私は城門へ視線を戻した。


 ◇ ★ ◇


城壁の上では、まだセレルナの兵たちが動いている。

勝ち鬨の余韻は薄れつつあるが、完全には消えていない。

あの声は、残る。


寝返り男爵。

悪代官の系譜。

領民の腹を背負う男。


それはもう、ただの悪名ではない。


少なくとも、この戦場にいた者たちの耳には、別の意味で刻まれたはずだ。


その一方で、王国軍主力は、まだ列を直している。


槍を拾い、盾を並べ、伝令線を繋ぎ直し、何事もなかったような顔を作ろうとしている。

だが、遅い。

遅すぎる。


戦場はもう終わりかけている。

共和国軍は距離を取り、セレルナは名を上げ、鉄騎騎士団は補給を通した。


幕僚団だけが、いまさら戦が始まる前の顔を作ろうとしている。


「それで、怪しい僚兵は?」


ホンザが声を低くした。


私は頷いた。


「見失うなと言ったが、追うなとも言った」


「ああ。今も視界には入れている」


「何かしたか?」


「門の近くで一度、荷のそばに寄った。何かを置いたか、拾ったかは分からん」


「……やっぱりか」


私は舌打ちした。


共和国軍ではない。

セレルナの兵でもない。

王国軍主力の一部、それも幕僚団に近い僚兵。


戦場を勝たせるための動きではない。

戦場のあとに、話を作るための動き。


その匂いがする。


「殿、どうする?」


「今は騒ぐな」


私は即答した。


「ここで捕まえたところで、向こうはしらばっくれる。むしろ、こちらが戦場の混乱に乗じて幕僚団の僚兵を拘束したと言われる」


「面倒だな」


「面倒なのが政治だ」


私は城門へ向けて、さらにゆっくりと甲冑を進めた。


「証人を増やす。場所を押さえる。何を置いたか、何を拾ったかを確認する。だが、騒ぐのは後だ」


「後?」


「軍功会」


その言葉を聞いて、ホンザがにやりと笑った。


「つまり、寝返り男爵にも一枚噛ませるわけだ」


「彼の城の前で、彼の荷の近くで、彼に不利な筋書きを作ろうとしていた可能性がある。なら、彼が確認するのが一番自然ってことですね」


「それに軍功会でなら、将棋盤をひっくり返すような裏技も、前回参加して思いついたし。

ほら、例の三回ルール」


騎士団は、あー、と言う顔をした後笑い声を上げる。

この国特有の、王の無謬性を高めるルールを逆手にとると気付いたのだ。

だから、決定的証拠にさへならなければ、ある程度泳がすことも出来ると。


だがそれ以上に、今のセレルナ男爵は強い。


さっき名乗ったばかりだ。

兵も見ている。

王国軍も共和国軍も聞いている。

“王国に、再び悪名持ちが現れた”というそれだけで男爵こそが、この戦場の主語になれる。


なら、その力が消えないうちに使う。


「……本当に、戦は終わってからが面倒だな」


私はそう呟いた。


そして、城門の上に立つ丸く大きな影を見上げた。


セレルナ男爵は、こちらを見ていた。

こちらも、彼を見る。


芋を届けた。

酒を届けた。

悪名を旗に変えた。


だが、まだ終わっていない。


共和国軍は去り、王国軍は取り繕い、幕僚団は裏で動いている。


ならばこちらも、次の筋書きを先に書くしかない。



ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

次回からに軍功会に入ります。

楽しんでいただけたら、ブックマークで応援いただけると励みになります。

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