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王子の取り巻きの父親に転生しました ~戦場に美少女はいない、いるのは死神だけだ~  作者: 製本業者
男爵領でイモひきました(中編)

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49 海底目指して邁進しに転生しました

男爵の甲冑は、止まらなかった。


共和国主力の撤退線へ、真正面から突き込む。

その動きは、洗練とは程遠い。

速さも、カイルの親衛隊のような切れ味もない。

だが、重い。


ただひたすら重い。


槍を構えた共和国兵が、踏みとどまろうとする。

盾を並べた後衛が、薄く線を作る。

迎撃可能な形を保ったまま後退していた共和国軍が、その一角だけ、わずかに揺らいだ。


そこへ、男爵の甲冑が突っ込んだ。


鈍い音が、戦場に響く。

鋼が鋼を叩き、盾が弾かれ、槍が跳ね上がる。

共和国軍の線は完全には崩れない。

さすがに、あれだけ整然と退く軍が、一撃で瓦解するほど甘くはない。


だが、十分だった。


男爵の甲冑は、敵を蹴散らすために来たのではない。

“見逃していない”と、戦場そのものに刻みに来たのだ。


「……よし」


私は思わず、短く息を吐いた。


男爵は、そこで深入りしなかった。


重い甲冑が大きく弧を描く。

正面から突き込み、敵の線に一撃を刻み、そのまま横へ流れる。

まるで、巨大な猪が突進の勢いを殺さず、泥を跳ね上げながら向きを変えるような動きだった。


共和国軍の数機が追おうとする。

だが、追い切れない。


男爵の甲冑は、速いわけではない。

ただ、止まらない。

一度進み始めた重さが、そのまま曲線になって戦場を押し広げる。

追う側が軌道を合わせようとした時には、もうその巨体は別の方向へ抜けていた。


そして、男爵が向かった先は、出てきた門ではなかった。


王国主力に面した城門ではない。

そこから九十度ほど角度を変えた、共和国主力側に面した門。

城塞都市の外周にある、もう一つの城門だ。


「あそこに戻るか」


ホンザが感心したように言う。


「出た門に戻れば、追撃も味方の混乱も巻き込む。

別の門へ抜ければ、城側の動きも“計画された一撃離脱”に見える」


テオドルが淡々と続けた。


「見た目以上に考えていますね」


「いや」


私は、思わず笑った。


「考えていたというより、腹を括っていたんだろうな」


男爵の甲冑が、共和国側の門へ滑り込む。

その直前、城壁の上から槍が掲げられた。

続いて、男爵の声が再び戦場へ響く。


「セレルナ、ここにあり!」


一拍。


城兵たちの声が、それに続いた。


「寝返り男爵、万歳!」


「セレルナ男爵、万歳!」


「城は落ちぬぞ!」


勝ち鬨が、城壁の上を走る。

石壁に当たり、門楼に跳ね、朝靄の中へ広がっていく。


その声を聞いた瞬間、私はようやく、胸の中で固まっていたものが少しだけ解けるのを感じた。


これでいい。


これで、セレルナ男爵が後から断罪される可能性はかなり減った。

完全になくなったわけではない。幕僚団は、そういう時だけ妙にしぶとい。

だが、少なくとも今の戦場で、彼は“敵を見逃した男”ではなくなった。


自ら名乗った。

自ら出撃した。

共和国主力へ一撃を入れた。

そして城へ戻り、勝ち鬨を上げた。


これを後から帳消しにするには、かなり無理がある。


「……まずは、一つ」


私は呟いた。


男爵を守るための形はできた。

次は、この乱戦そのものをどう畳むかだ。


 ◇ ▼ ◇ ▼ ◇


そう考えた、ほんの一瞬だった。


視線が、城壁の男爵へ向いた。

勝ち鬨へ向いた。

そして、その勝ち鬨が戦場へどう響いたかを確かめるために、私は一呼吸だけカイルから目を離した。


その隙を、あの男は見逃さなかった。


「――リュシア!」


カイルの声が飛ぶ。


細身の甲冑が、即座に反応した。

カイルの一歩後ろで線を支えていた機体が、迷いなく身を翻す。


速い。

判断も、動きも、速い。


「しまっ――」


私が踏み込もうとした瞬間、カイルの甲冑がこちらへ向けて、肩から突っ込んできた。


斬撃ではない。

槍でもない。

盾でもない。


ただの体当たり。


だが、ただの体当たりだからこそ、受けるしかなかった。


「くそっ!」


衝撃が胴へ響く。

甲冑同士がぶつかり、足元の土が抉れる。

私は剣を押し込むようにして体勢を保ったが、その一瞬でカイルと彼が庇った機体は、一気に距離を取っていた。


カイルは、そのまま共和国側へ戻る――かに見えた。


だが違う。


逃げるべき方向へ一直線に下がるのではなく、さらに戦場の奥へ突っ込む。

王国軍の乱れた前衛、そのさらに外側をなぞるように、大きく弧を描く軌道。


「まだ行くのかよ!」


ホンザが吠える。


カイルの親衛隊が、リュシアの機体を包むように寄る。

その動きは退却ではない。

一度、敵の懐へさらに沈み込み、追う側の向きを狂わせてから抜ける動きだ。


大きく回る。

戦場そのものを盤面にした、遠回りの逃走。


カイルの甲冑が、すれ違いざまにこちらへ顔を向けた気がした。


「九種九牌させてもらうよ」


その言葉に、私は反射的につぶやいた。


「国士無双になり損ねたか」


まったく、コイツ、張良や韓信で無く……劉邦だろう。

まさに将に将たるって奴だな。


「さすがだな、後継者プリンケプス

項羽じゃ無かっただけマシと思いながら、私は敢えてそう声をかける。



私の声を聞いて、カイルの甲冑が、ほんのわずかにこちらを向いた。

表情など見えるはずもない。

だが、その一拍だけ、確かに動きが鈍った。


それでも止まらない。


「……なるほどね」


小さな呟きが聞こえた気がした。

気のせいかもしれない。

だが、カイルの動きには、さっきまでとは別の含みが混じっていた。


あいつ、今ので何かを拾ったな。


そう思った時には、カイルはもうリュシアを連れ、親衛隊ごと大きな円を描いていた。

一度奥へ突っ込み、追撃の向きをずらし、混乱している王国軍の隙間を縫って、共和国側の退路へ戻っていく。


見事な逃げ足だった。


腹立たしいほどに。


「追うか!」


ラヨッシュが声を飛ばす。


「深追いするな!」


私は即座に止めた。


「あれは追わせる逃げ方だ。追ったら、こっちが乱戦の外へ釣り出される」


カイルは逃げている。

だが、ただ逃げているわけではない。


自分たちを追わせることで、こちらの戦場整理を遅らせる。

リュシアを逃がし、親衛隊を逃がし、ついでにこちらの足も縛る。

最後まで、嫌な仕事をしてくる。


「……本当に面倒なやつだな」


私は吐き捨てるように言い、視線を戦場へ戻した。


男爵の勝ち鬨は、まだ城壁に残っている。

共和国主力は、その間にも距離を取っている。

王国軍前衛は、ようやく自分たちが何に巻き込まれたのか理解し始めていた。


そして――。


 ◇ ▼ ◇ ▼ ◇


そう考えた時、視界の端に妙な動きが入った。


王国側に近い門。

先ほど男爵が出てきた方角に近いあたりだ。


そこへ、一体の僚兵が近づいている。


僚兵アテンダント――甲冑持ちに従う従兵用の、簡易な機構鎧。

それ自体は珍しくない。

戦場がここまで乱れれば、伝令や救護、荷の誘導に走る僚兵などいくらでもいる。


だが、その一体だけ、妙に引っかかった。


動きが速すぎるわけではない。

逆に遅すぎるわけでもない。

ただ、周囲の混乱に紛れようとしているような、妙な間合いで動いている。


王国兵を助けるでもない。

城兵に合図するでもない。

共和国軍を追うでもない。


門へ近づいている。

それも、目立たないように。


「……ん?」


私は思わず、首を傾げた。


「どうした、殿」


ホンザがすぐに気づく。

こういう時だけ、勘が鋭い。


「いや」


私は目を細めた。


「あの僚兵、どこかで見た気がする」


「僚兵なんざ、どれも似たようなもんだろ」


ノルベルトが軽く言う。


「いや、違う。形状と色合いが……」


そこまで言った瞬間だった。


頭の奥で、何かが軋んだ。


「っ……!」


痛みが走る。

頭痛というには鋭すぎる。

誰かの記憶を、無理やり脳の隙間へ押し込まれるような感覚。


この感覚は、もう知っている。

転生前の記憶ではない。

この体が持っていた記憶だ。

それが、何かの拍子に流れ込んでくる。


幕僚団。

軍議の片隅。

地図の端に置かれた小さな駒。

そして、つまらなそうな顔で命令を受けていた若い幕僚の下っ端。


その男の側に控えていた僚兵。


形状。

肩の装甲。

背中の補助骨格。

そして、くすんだ青灰色に塗られた外装。


「あれだ」


私は、低く言った。


「思い出した。あの僚兵、幕僚団の下っ端が使っていたやつと同じ形だ。色も似ている」


空気が、わずかに変わった。


ホンザの声が低くなる。


「幕僚団の僚兵が、何であんなところにいる」


「知らない」


私は僚兵から目を離さずに答えた。


「知らないが……」


嫌な予感がした。


戦場を動かすための動きではない。

少なくとも、今この瞬間の敵味方をどうこうする動きには見えない。


もっと別の何か。

戦いが終わった後に、意味を作るための動き。


そういう、幕僚団が一番得意な匂いがした。


「ホンザ」


「おう」


「あれを覚えておけ。今は追わなくていい。

ただ、見失うな」


「大したことじゃない、って顔じゃねぇな」


「大したことかどうかは、後で分かる」


私はそう答えながら、甲冑の指を軽く握り込んだ。


男爵の勝ち鬨が、まだ城壁の上に残っている。

その声の下で、別の筋書きを書こうとしている連中がいる。


やはり、戦は終わってからも面倒くさい。


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