表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子の取り巻きの父親に転生しました ~戦場に美少女はいない、いるのは死神だけだ~  作者: 製本業者
男爵領でイモひきました(中編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/63

47 探照灯を見に転生しました

乱戦は、起きた。


だが、私が欲しかった形とは少し違っていた。


カイルの突入で崩れたのは、王国軍前衛の“面”だった。

私が狙っていたのは、もっと狭く、もっと局地的な乱れだ。

幕僚団が「これは自分たちで収めねばならない」と判断し、功を拾うためにも、体面を保つためにも、飛び込むしかなくなる――そんな類いの乱戦。


だが現実は違う。


王国軍の先頭は、まだ敵とまともにぶつかる前から、自分で崩れた。


甲冑が明後日の方向へ逃げ、僚兵アテンダントが主人を見失い、徒歩兵ポーンが荷車と伝令線を踏み切って横へ散る。そこへカイルの親衛隊が一本の杭のように突っ込み、さらに私とラヨッシュが横から食い込んだことで、戦場は一気に“ぐちゃぐちゃ”になった。


乱れている。

確かに、乱れてはいる。

だが、これは私が組みたかった乱戦ではない。


自分で火薬庫に火を投げ込み、その爆発音に驚いてさらに騒ぎ出している――そういう類いの混乱だった。


「っ、邪魔だ!」


私は、前へ出てきた王国軍の甲冑が繰り出した槍を剣で払った。


こういう手合いが一番面倒だ。上手くはないが、恐怖で体が勝手に前へ出ているせいで、妙な踏み込み方をしてくる。

その踏み込みに、技術も計算もない。

だからこそ、読みづらい。


ラヨッシュの騎装馬型が、その横合いから肩口へ体当たりをかました。甲冑が鈍い音を立てて吹き飛び、その足元にいた僚兵が悲鳴を上げながら転がる。


私はその隙へ踏み込み、前を塞ぐ別の一体を押し返した。


だが、押し返しても、押し返しても、勝手に崩れ、勝手に散り、そのくせ道だけは塞ぐ。


いっそ、もっとまともに立っていてくれれば、斬り抜けるのも楽なのに。

この手の混乱は、崩れている側の方が、かえって邪魔になる。


「殿、右が空くぞ!」


ホンザの声が飛ぶ。


「いや、空いてない。逃げ道に見えるだけだ!」


叫び返した瞬間、その“空いた”はずの右側へ、恐慌に駆られた徒歩兵たちが流れ込んできた。


そうだ。こういう時、人は道を作らない。

逃げ場を探して、道を潰す。


「……カイルめ」


私は思わず、奥歯を噛んだ。


あいつは、これを狙ったのか。


いや、最初からこの形を狙っていたわけではないだろう。

さすがに、王国軍がここまで勝手に崩れると読み切っていたとは思いたくない。

だが、崩れた瞬間に、利用する方向へ切り替えた。


それが厄介なのだ。


机上で描いた作戦に、現実が従わないことはよくある。

問題は、その時にどうするかだ。


幕僚団は、盤上の駒が予定通りに動くことを前提にする。

駒が遅れた時、駒が怯えた時、駒が勝手に逃げ出した時――そこで、彼らの美しい理屈は急に鈍る。


だがカイルは違った。


崩れたなら、崩れた形のまま使う。

密集していないなら、密集させようとせず、散った先を踏みに行く。

止められたなら、止まった分だけ別の線を通す。


軍師の策ではない。

参謀の計算でもない。

これは、指揮官の反応速度で、同時に将軍の判断力も持っている。


「……あいつ、ほんとに前に立つ方が向いているな」


呟いた声は、甲冑の内側に吸われた。


認めたくはないが、認めざるを得ない。

カイルは、将としての形を取り始めている。


そして困ったことに――その覚醒の最初の実験場に、我が王国軍の幕僚団が選ばれてしまったらしい。


 ● ☆ ●


「……最悪だな」


私は吐き捨て、そいつの槍を足で払って転ばせた。


最悪の形で、乱戦にはなった。

だが、最悪なのは王国軍だけじゃない。


このぐちゃぐちゃでぐしゃぐしゃな状態は、下手をすると共和国主力を逃がすための、最高の煙幕にもなる。


私は歯を食いしばりながら、視線をカイルへ向けた。


第二王子の甲冑は、もう王国軍前衛の奥へ半ば食い込んでいた。

親衛隊は、その周りで散りかけた味方も、慌てる敵も、まとめて押し流すように動いている。

乱戦を作ったのは確かだ。

だが――その槍先は、王国軍を壊すことそのものに酔っているようには見えない。


むしろ、違う。


カイルも。

親衛隊も。

王国前衛ではなく、そのさらに向こう――もっと後ろを見ている。


「……っ」


私は一瞬、息を止めた。


視線を追う。


共和国主力。


そこで、ようやく分かった。


歩兵が正面を向いたまま、ゆっくりと下がっている。

槍も盾も、まだ王国軍へ向けたままだ。

荷車は順番に引き剥がされるように後退し、甲冑はところどころで立ち止まって、列の隙間を埋めている。


逃げている。

だが、崩れてはいない。


あれは、ただの敗走じゃない。

迎撃可能な形を保ったまま、距離だけを取る後退だ。


そして、今ここで王国軍前衛がぐちゃぐちゃになっているせいで、その後退を止められる者がいない。


「そういうことか……!」


思わず、呻くように呟いた。


カイルは最初から、王国前衛を踏み潰すことが目的じゃない。

王国軍本体へ恐慌を伝染させ、その間に共和国主力の撤退完了を通す――それが本命だ。


乱戦は、起きれば何でもよかったわけじゃない。

“共和国が正面を向いたまま引けるだけの時間を稼げる乱れ”である必要があった。


そして今、まさにそれが成立しかけている。


 ● ☆ ●


「殿!」


今度は、いつの間にか追いついていたテオドルの声だった。

視界の端には、ホンザ、ノルベルト、ラヨッシュの機影もある。


さすがに速い。


補給隊を守る必要は残っている。だが、この状況なら共和国が牛車を潰しに来る可能性は下がった。

それよりも、いま戦場の中心で何が起きているかを見極める方が重要だと、全員が判断したのだろう。

こういう時の切り替えだけは、本当に速い。

荒くれ者どもめ。普段は酒だの冗談だのしか口にしないくせに、戦場になると頭の回り方が変わる。


私は口を開きかけ……

「やられた!」

と、思わず絶叫した。


「何を見ています!」


「共和国主力だ!」


私はほとんど怒鳴るように返した。


「向こうは、もう逃げる形ができている!

このままカイルに時間を稼がれたら、整ったまま抜けられる!」


ホンザが舌打ちするように笑った。


「ったく、最後まで性格悪いな、あの昼行灯!」


「昼行灯じゃない。ヤツはもう、探照灯サーチライトになりやがった」

この世界の探照灯も、元の世界と原理こそ違えど、昼でも見える光線を作るという点では同一だ。

まさに、道筋を照らす光になりやがった。


吐き捨てるように言いながら、私は共和国軍の後方へ目を凝らした。


荷車が逃げているのではない。

順に下がっている。


歩兵が敗走しているのではない。

後衛が前を向いたまま、薄く線を作っている。


甲冑も、親衛隊だけが暴れているわけではない。共和国主力の側にも、撤退路を守るように配置された機体がいる。

あれは逃げ道ではない。撤退線だ。


逃げる準備ではない。

逃げ切る準備だ。


「……あいつ、ここまで読んでやがったのか」


いや、違う。


ここまで全部を読んでいたわけではない。

だが、状況が変わるたびに、必要な形へすぐ変えている。


それが厄介なのだ。


幕僚団だって、頭が悪いわけではない。

むしろ書類の上なら、こちらが感心するような理屈を並べるだろう。


どこで待つべきか。

どの時点で介入すべきか。

誰に責任を持たせ、誰の功績として処理すべきか。


そういう計算だけなら、きっと上手い。


だが、彼らの頭は、戦場を動かすためではなく、戦場が終わった後に帳尻を合わせるために回っている。


目の前で兵が怯え、甲冑が逃げ、荷車が詰まり、伝令が途切れる。

そういう現実の乱れを前にすると、机上の理屈は急に役に立たなくなる。


そして、役に立たなくなった時に、彼らはまだ考える。

考えて、考えて、考えて――動き損ねる。


その一方で、カイルはもう動いている。

鉄騎騎士団も、もう動いている。


その差が、今この戦場に出ていた。


「このまま共和国をきれいに逃がせば、後でどうなるかは目に見えている」


私は、半ば自分に言い聞かせるように呟いた。


幕僚団は、自分たちの混乱など忘れた顔で言うだろう。


――男爵が見逃した。

――乱戦を収めきれなかった。

――せっかく主力が来たのに、現場が足を引っ張った。


そういう方面の理屈だけは、連中は妙に豊かだ。


本来なら、それを言わせないために、こちらで乱戦の形を整えるつもりだった。

だが、現実はすでに別の形で燃え上がっている。


正直、こんな先見の明はいらない。


「……ほんと、こういう才能ばかりはあるからな」


私は吐き捨て、甲冑の喉元へ手を添えた。


まだ間に合う。

いや、間に合わせる。


王国軍はもう壊れ始めている。

なら、その“壊れ方”に、こちらの理屈をねじ込むしかない。


カイルが共和国主力の撤退を守るために乱戦を使うなら、私は男爵が責任を押しつけられないために乱戦を使う。


理由は違う。

目的も違う。


だが、必要なことは同じだ。


この戦場に、セレルナ男爵が“自分の意志で動いた”という形を刻む。

王国主力に救われたのではなく、ただ見逃したのでもない。

自ら城を開き、自ら戦場へ出て、撤退する敵に圧をかけた――そういう形を作る。


勝敗そのものより、後で語られる筋書きの方が厄介な時もある。


そして、幕僚団はその筋書きを書くのだけは上手い。


だからこそ、先にこちらが見出しを奪う。


私は城門の方角を見た。


まだ遠い。

だが、見える位置にはある。


城壁の上に、人影がある。

あの恰幅の良い影。おそらく、男爵だ。


「……男爵。今度は、こっちの番だ」


私は深く息を吸い込んだ。


共和国を完全に逃がさないためではない。

幕僚団に男爵を食わせないためでもある。


そして何より、セレルナ男爵自身に、この乱戦の中で“主語”になってもらうために。


私は甲冑を、城門へ向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ