43. 二重包囲目指して転生しました
タイトルとあらすじ、見直しました。
騎士団の先頭で、私は城外へ甲冑を進ませた。
石畳が土に変わり、風が急に冷たくなる。夜明け前の空気は、まだ刃物みたいだ。
振り返ると、城門の上に男爵が立っていた。やはり、律儀な人だ。
城主の務めとして――というより、癖のように現場に立つ。
領民を守るために歯を食いしばってきた者の姿勢だ。
胸の奥で、あの“筋書き”がちらつく。
律儀さと領民への思いが、幕僚団の不誠実さと噛み合って、最後には裏切りと呼ばれる結末へ滑っていく。
やるせない。
だからこそ、今回ばかりは――報われてほしい。
私は甲冑の喉元に手を添え、声を跳ねさせる。
「――では、昨夜の取り決め通り。幕僚が参戦したあたりで――」
一拍。
「『寝返り男爵、見参!』と見得を切ってください。
それで決まります」
城門の上の男爵が、短く頷いた。
あの巨体が動くと、城壁の上の兵まで背筋が伸びる。
“城主が立つ”という事実は、それだけで士気になる。
「ところで、殿」
背後からホンザが声をかけてきた。
この呼称には、閣下ほどでは無いが、相変わらず慣れない。だが今は訂正する時間も惜しい。
「何だ」
「男爵たちの前じゃ言わなかったが……この作戦、一つ穴があるぞ。
幕僚団が到着するタイミング――今日の朝だと、なんで分かる?」
ある意味当然の質問だった。
当てずっぽうでやっているなら、私は今ここに立っていない。
「簡単だ」
私は言い切る。
甲冑の関節が鳴る。歩調は乱さない。言葉だけを整える。
「幕僚団が狙っているのは単なる“勝利”じゃない。
“劇的な勝利”だ。
正面から激突を攻城戦相手にしても、劇的な救出劇には見えないからな。
それは、混乱に乗じて、功名を拾えば確実だ。だから、混乱が一番大きい瞬間に来る」
ホンザが小さく鼻を鳴らした。否定ではない。納得の音だ。
私は続ける。
「奴らの前提では、私たちの補給は失敗する。
夕方に仕掛けるという発想自体が薄いし、仮に発想したとしても――『どうせ失敗する』で終わる」
ここで、わざと一拍置く。
騎士団はこういう間に弱い。幕僚団《連中》ならいかにもやりそうだと笑いが漏れそうになるのを、私は声だけで押さえ込む。
「だから奴らは、“失敗した直後の混乱”を拾いに来る。
昨日の夕方に私たちが動いたなら、今朝は“再突入”になる。
『一度やって失敗したなら、今度こそ』と――成功も失敗も確認せずに、予定だけで突っ込んでくる」
ノルベルトが、後ろで肩を揺らした。
「予定だけで突っ込む、って言い方がひでぇな」
「ひどいのは言い方じゃない。中身だ」
私は淡々と返して、甲冑の肩をすくめる――という器用な動作をしてみせた。
この機構、こういう無駄な所だけ妙に滑らかだ。
「……という計算だったんだが」
私はさらりと言葉を足す。
「突入前に、家の家令から連絡が来た。
――私たちが城外へ出た直後、幕僚団も出陣した、ってな」
一瞬の静寂。
それから、騎士団の背後で笑いが弾けた。
「計算じゃねぇじゃん!」
「結局、連絡頼りかよ!」
「いや、それでも当たってるのが腹立つ!」
私はもう一度、甲冑の肩をすくめた。
「計算はしている。確認も取った。――完璧だろう」
「完璧の定義が雑だ!」
笑いは小さい。だが、刃物みたいな夜明けの空気には、それで十分だった。
私たちは前へ進む。
幕僚団が来る前に、戦場をこちらの形に整えるために。
☆ ◆ ☆ ◆ ☆
私の甲冑が先頭を切り、鉄騎騎士団の五体が夜明け前の野を駆け抜ける。
昨日、城へ押し込んだ“列車”は半分だ。残りは、いまも城外の仮設基地――荷をまとめたまま置き去りになっている。
もちろん、最低限の護衛くらいは付けているが。
夜明けの風は冷たい。
だが甲冑の内側は、補給した液が巡り、熱を持ち始めていた。
脚を踏み込むたび、地面が低く唸る。五体の重さが、一つの塊になって走っている。
基地は谷のふち、街道から少し外れた平地にある。
牛車を寄せ、土嚢代わりの芋袋と樽を積み直しただけの、急ごしらえの“置き場”だ。
だが、戦場では置き場が拠点になる。
「行くぞ。速さを落とすな」
私は声を飛ばす。
――迎撃が来た。
いや、来た、と言うには薄い。
街道脇から散発的に矢が飛び、歩兵が数十、慌てて列を作ろうとする。
だが、遅い。隊列が整う前に、五体の甲冑がその場を踏み潰す。
ホンザの甲冑が正面から突っ切った。盾が弾き、槍が折れ、石礫が跳ねる。
ノルベルトが側面へ回り込み、逃げ道を塞いで“散らす”。
テオドルの弩矢が、指揮を執ろうとした士官らしき者の足元へ刺さり、動きを止める。
ラヨッシュの騎装馬型が、短く吠えるように踏み込み、残りの抵抗を文字通り蹴散らした。
戦闘というより、掃除に近い。
それが余計に不気味だった。
☆ ◆ ☆ ◆ ☆
基地へ辿り着く。
木柵の内側には、昨日運べなかった芋袋と酒樽を含む樽がまだ積まれている。
強行軍には向かないとされた牛車も、縄を解かれたまま待っていた。
「よし。全部生きてる」
私は喉元に手を添え、後方に残してきた牛車隊へ合図を送る。
合図の旗が揺れ、遅れて車輪の軋みが近づく。
騎士団は一度、甲冑の胸を開き、軽く息を整えた。
汗が湯気になって上がる。
「……やけに迎撃が少なかったな」
ホンザが、地面に唾を吐くように言った。
ノルベルトが肩をすくめる。
「まさか、内から打って出ると思ってなかったのかな。
昨日あれだけねじ込んだんだ。普通は守りに入ると思うだろ」
テオドルが周囲を見渡し、淡々と告げる。
「哨戒はいた。初動も遅くない。
……ただ、増援が来ない」
ラヨッシュが短く言う。
「逃げたか?」
「逃げた、というより――」
私は答えかけて、言葉を止めた。
胸の奥に、薄い違和感が引っかかっている。
迎撃が少ないのは、こちらの奇襲が効いたからではない。
効いたにしては、静かすぎる。
あの程度の兵で基地を守らせるなら、最低限“時間稼ぎ”をするはずだ。
ところが、時間稼ぎにすらなっていない。
(……見捨てた?)
違和感は、嫌な形で答えに近づいていく。
「いい。喋るのは後だ」
私は振り返り、牛車隊へ声を飛ばす。
「荷を積め。速く。
ただし――敵が強く出たら、すぐ逃げろ。荷より命が先だ。
城へ向かう街道は一本じゃない。散って戻れ」
牛車の御者たちが青い顔で頷く。
彼らは戦うためにここにいるわけではない。
逃げ道を与えておけば、指が動く。馬が動く。
荷が動き出す。
芋袋が肩へ。樽が縄へ。車輪が回り、列が伸びる。
私たちはその外側に立ち、盾になって城へ向けて押し出す。
城は見えている。
朝靄の向こう、丘の上に石壁が浮かぶ。
☆ ◆ ☆ ◆ ☆
街道を半分ほど戻ったところで、空気が変わった。
前方――谷の入口に、甲冑の列が立っていた。
数は多くない。だが、揃っている。
そしてその背後、さらに奥の地形の陰に、整然とした“流れ”がある。
隊列だ。
歩兵の隊列。荷車の隊列。
ゆっくりと、しかし迷いなく、引いている。
「……来たか」
ホンザが低く言った。
だが、私はその言葉を飲み込んだ。
目の前の甲冑の列が“壁”になるのは想定内だ。
問題はその背後だ。
あれは、包囲を続ける動きではない。
撤退の動きだ。
退却路を確保し、荷を引き、順番に引き剥がしている。
(……まさか)
喉の奥が冷える。
その先頭に、一機。
少ないが特徴的な装飾を施された甲冑が立っていた。
右腕の位置。立ち方。
私の記憶が、昨日の弩矢を止めた瞬間と重なる。
カイルだ。
数が少ない。
それなのに、背後は整然としている。
つまり――これは“守り”ではなく“蓋”だ。
撤退のための、蓋。
私は思わず呟いた。
「……損切り、した?」
ノルベルトが目を丸くする。
「損切りって、あいつら撤退するってことか?」
「違う。撤退は最初から選択肢にある。
問題は――“撤退に切り替える決断が、もう終わってる”ってことだ」
ホンザが、舌打ちするように笑った。
「……やっぱり、昼行灯じゃねぇな」
テオドルが静かに息を吐く。
「主力決戦を避けた。損害最小で引く。
政治家の判断ですね」
ラヨッシュが、騎装馬型の脚を鳴らした。
「じゃあ、こいつらは殿か」
「そうだ。
奴は昼行灯かも知れないが……黎明なら明るく照らす」
私は前へ出る。
牛車隊の列を、背中で隠すように。
「牛車は止めるな。ゆっくりでも前へ。
こっちは――蓋をどかす」
そして私は、目の前の壁――カイルの親衛隊を見据えた。
昨日の続きだ。
ただ一つ言えること。
幕僚団の求める“華麗なる勝利”は、この瞬間無くなった。
木曜9:30に投稿予定。
書貯めを増やそうと頑張ってます。




