六章、温もりのカタチ
そろそろ貯めがなくなってきて焦ってますが皆さんどうも。
六章です。
背景描写頑張りました。ゆったりとご愛読頂けると幸いです。
背中にぽかぽかと暖かい日差しを浴びながら、セナと誕命川の辺りを歩く。
さらさらと流れる透き通った川の水にほのかに空の景色が映っていて、風が川の水面を撫でるたびに、形を歪ませた。
隣では、セナが愉快に鼻歌を歌いながら弾むように歩いていた。
「ねえセナ、これからどうするの?」
私が尋ねると、セナは鼻歌をピタッとやめて、何か考えるみたいにして人差し指を顎にやった。
「そうだなあ、名所っぽいところは一通り紹介したし、あとは本当に普通の場所しか残ってないけど…」
そうしてその後、少し下がり気味だったセナの視線が空を仰いで、何かを決心したように口を開いた。
「よしっ、森の緑の広場に行こうか」
「緑の広場?」
「そう、あそこに森の頭が見えるでしょ?あの森の真ん中」
言いながら、セナは橋の向こうの低木からぴよこっと頭をのぞかせている山を指差した。
あ、今のは遠近法による表現ね?
「…あそこまで行くの?」
ここから少し天辺が見えるだけのそんな遠い場所に、今から歩いていくのだろうか。
「そうだよ」
やかましいわ。
「そうだよ、じゃないって。流石に遠すぎない?」
「いやいや、このくらいゲート使えば一回でいけるじゃん?」
「ゲート使うとか使わないとかの問題じゃな……え、今ゲートって言った?」
ゲートって言ったら、私がこの世界に来る原因となったあのゲートのことだろうか。
「そうだよ、ゲート。この世界の住人は、皆一つだけゲートを持ってるの。空間の移動を可能にするゲートをね」
なんだろう、凄いことを言われた気がする。
「じゃ、じゃあ、初め私がこの世界に来る時にくぐったあのゲートはセナの仕業なの?」
そうならただじゃ置かないぞ。
私はムッとした表情で詰め寄って、セナの鼻のを指差した。
セナは何も動じないまま私の人差し指を目で追って、最終的にはそれが原因で寄り目になった。
「違うよ。そもそもこのゲートは違う世界に行けるようなものじゃないと思う。多分これは、空間の移動が出来るだけだから」
セナは私の人差し指から逃れるようにして顔を引っ込めて、面倒臭そうにそう言った。
そういうことなら、と私も指を引っ込めて、でも、
「多分って、どういうこと?」
あやふやになってる所につけ込んだ。
するとセナは長い説明に苛々したようで、う〜、と唸りながら返答した。
「うぅぅう〜細かいことは私も分かんないの!!使えるものは使う!それだけ」
プイッと顔を向こうへ向けて、とてとてと先を歩いていった。
今の話の流れで、なぜ歩く?
「あの、セナ、ゲート…」
私の言葉を遮るように、セナの目の前に、直径2メートルほどのオレンジ色の光の大きなゲートが、ズゴォォオという音と共に激しく火花を散らして現れた。
何これハリウッド映画みたい。
「ほら、行くよ」
私に振り返って、セナは私に手を差し伸べた。
その表情はニコニコと可愛らしい笑顔で、やっぱり、セナはいつでもセナだなぁなんて、そんなことを思わせた。
「うん」
私もセナに応えて手を握り、ゲートをくぐった。
今回は、乗り気な私だった。
ギュッと、セナの手をいつもより強く握り、何が起こるかわからない未知の世界に呑まれる。
「__!!」
また、ズゴォォオという音がして、背後でゲートが閉じたのを感じる。もう戻れないんだという恐怖心を煽られて、私はギュッと目も瞑った。
その後は、しんと静まった世界に、一人きりで浮遊しているような感覚に包まれる。
たった今入ったはずなのにも関わらず、ずっと長い間ここに居るような錯覚まで覚えて、意識が遠のきそうになった。
「ほら、優華」
耳元で聞き慣れた声がして、私はゆっくりと目を開ける。
「これ…は」
視界いっぱいに広がったのは、さっきのゲートなんかと比べたらとても静かな濃い青、いや薄い紫の光の世界で、まるで果てがなかった。
きらきらと、遠くで光の筋が泳いでいる。
「このくらいの距離なら、すぐ着くよ」
隣のセナが、静かに言葉を零した。
「ねぇセナ、私、ずっとここにいたい」
私は、ただ呆然と見えない世界の壁を追いながら言った。
セナの言葉に対する返答ではなかったが。
それでも、ここに居ると安心する。
暗いはずなのに明るくて、キラキラしていて。ここにいれば、傷つかない、悲しくない、苦しくない、辛くない、怖くない、痛くない。確証もなく、そう思った。
果てが見つからず、色だって朧げで、目を瞑れば、一人で眠れる。まるで、世界に融けていくように。
「無理だよ、私が連れ出すもん」
それでもセナは、私を引っ張る。
「それでもきっと、私はここに戻るよ」
「馬鹿言わないでよ、この世界に引っ張り出したのは私で、現に今、優華は元いた世界に帰れてないでしょ?それが何よりの証拠。優華は私に引っ張り出されたら、もう元の場所には戻らないよ」
「いや、私は帰る予定なんだけどね?」
何勝手に帰れない事にしてんだ。
こんなに沢山言葉を言い合っているのに、この果ての見えない世界の何処でも、私達の声が反響することはない。
私達にだけ、聞こえる音だ。
「にしても、私達、今無意識に移動してるんだよね」
無意識に移動、か。
「この空間の中をってこと?」
「ううん、多分この空間自体が移動してるの。ゲートーの入り口からゲートの出口まで、私達がいた所から森までの空間の間を縫って、この空間自体が高速で移動してるんじゃないかな」
「その考えはどこから?」
「適当だよ。ただ、いつまで経ってもこの空間の景色は変わらない。移動してる感覚もない。だから」
つまりあれか、地球が太陽の周りを高速で移動しているにも関わらず、我々はそれを感じない。それは、地上に立って、周りの景色と自身が同じスピードで移動しているからだ。みたいなやつ。
セナが言うには、この空間の景色が変わらない。つまり、周囲が自分と同じ速さで動いていると速さを感じることはないが、感じていないだけで、移動していることは確か。だから、移動しているのはこの空間自体なのでは、ということか。
「考えてみると複雑だね」
「考えてもわかんないから勘で生きていこうよ」
まさかの理屈なしだったか。
「そろそろじゃないかな」
セナが言うと同時に、何かに背中を押される。
「えっ」
「大丈夫、落ち着いて。着いたんだよ」
言いながら、今まで浮遊していた体が底のない真っ暗な世界急降下していく。
ワシャワシャと我武者羅に髪が踊って、落下速度を目に見せつけていた。
「__ッ」
そう感じていられるのも束の間、気がつけば、私は芝生の上に尻餅をついていた。
着いた、のだろうか。
「優華、目、開けてみて!」
セナが楽しそうにそういうのが聞こえて、また、恐る恐る目を開ける。
「…森だね」
「森だよ?なんだと思ったの」
今度視界いっぱいに広がったのは、何も手の施されていない深い森の中だった。
目の前には、お相撲さんのようにどっしりと身構えたゴツゴツの大きな岩があって、表面には苔が這っていた。
土と岩の間から伸びる小さなシダ植物のようなものもあれば、岩を包み込むようにして覆いかぶさる大きなものもある。
木のつるなんかも地面を這っていて、まるで私達の足を締めて連れ去っていきそうな勢いがあった。
私達の体よりも大きな葉がそこら中に生い茂り、土の表面は木のつると枯れ葉が覆い尽くしいた。
「セナ、ここで何するの?」
「遊ぶの」
ここで…?
遊ぶための遊具なんてないし、むしろ走り回れば怪我だってしそうなくらいのこんな場所で、何をして遊ぶのだろうか。
あっち向いてホイとか?ならわざわざここまで来た意味よ。
「さっき言ったじゃん、森の緑の広場に行くって。これからその、緑の広場に行くの」
ああ、なるほど。
「で、その緑の広場ってのはここから近いの?」
「すぐだよ」
「ゲートを使って?」
「徒歩で!!」
からかってやると、セナは少しムッとした顔で、一文字一文字強く言い聞かせるようにそう言ってきた。
「ごめんごめん。なら早く行こ?ここにいても仕方ない」
私は軽く謝って、岩に対して右を指さして言った。
「そうだね」
言いながら、セナは岩に対して左に向かって歩きだした。
そっちなんかい。
「ほら、面白そうなところでしょ!」
深い森を少し進んでから、セナは大きな葉をめくって私にそう言った。
目の前に広がるのは、今までのような深い森の景色ではなかった。
私達の今いる場所とは隔離するかの様に水堀が出来ていて、それを超えたさきにまた緑が広がっていた。
島のような、形をしている。それは小さな岩で縁取られていて、その岩と岩のつなぎ目に、またさっきみたいな植物が顔を覗かせていた。
真ん中に細く背の高い木が二本生えているだけの質素な島なのに、何故かそこは、妙な神聖さを醸し出していた。
「面白そう…と言うより、なんか綺麗な場所だね」
「ああ、確かにそうかも」
「で、この小さな島の中で何して遊ぶの?」
「小さな…?あ、違う違う、その向こう。ほらあっち」
セナはさらに奥を指差して、私の手を引いた。
私はそのままセナの隣まで行って、指差す方を見た。
それはそれは、見事な崖だった。そこまで高いわけでもないが。
表面を薄く水が流れている。この水が恐らく、島を囲っている水堀の水だろう。
「この崖、登るの?」
「そうだよ」
やかましいわ。
「いやいや、流石に無理だよ。濡れてるし危ないって」
苔は少ししか生えていないにしても、水で濡れていて岩が茶色い。こんな所で足を滑らせたりしたらひとたまりもない。
「ああ、大丈夫。正確には、登るのは"崖の中"だから」
「崖の中?」
「うん。とりあえずついてきて」
そう言って、セナは水堀から頭を出している足場用の岩をリズムよく踏んで島の方へと渡った。私もその後を追う。
タツン、タツンと硬い音が耳をくすぐった。
にしても、さっきまでの山とは比べ物にならないくらい綺麗な場所だ。自然にできたものだとは到底考えられない。
「ねぇ、ここ、誰かが造ったの?見るからに自然って感じじゃないよね」
よっ、ほっ、と言いながらわざわざ段々になっている岩を跳んで進むセナに尋ねる。
ぽちゃんっ、と後ろで何やら水飛沫が上がった。
「さあ、私も知らないよ。でも、そうだね、私が見つけた頃にはもう既にあったから、ずっと昔に誰かが造っていたのかも」
「セナじゃないの?」
「こんなの造れるわけないじゃん、私に」
ケラケラと笑いながらセナは岩から芝生の上に下り、私と同じようにカサカサと草を揺らして歩いた。
例の崖が、どんどん近づいてくる。それに伴って、足場も少しずつ湿り気を増していった。
今までは膝くらいまであった雑草も、今じゃクローバーくらいの背丈しかない輩が必死に土に這いつくばるだけとなってきた。
「ほら、見えたでしょ。あそこが入り口だよ」
セナが泥を飛ばしながらその"入り口"とやらに近づいていく。
目の前には、とうとう角ばった岩の壁がそびえ立っていた。
「入るの?」
「そりゃそうだよ、何しに来たの」
「セナについてきた」
「何しに?」
「セナが言う"遊び"をしに」うふふへふ
「その通りだよ」
そんな単調な会話を繰り広げて、松明で照らされた薄暗い崖の中に足を踏み入れる。
さっきみたいな硬い音が、今度は辺りに響いて深い音色を香らせた。
少し進んだ先で、恐らく螺旋状であろう反時計回りに巻かれた階段が闇の中に姿を隠していた。
「どのくらい長い?」
私は困惑を浮かばせてセナに尋ねた。
「うーん、まあ、この崖を登るくらいだからね。大体、想像はつくでしょ?」
苦笑混じりに吐き出されたその声を聞くに、セナでさえも少し面倒な距離なのだろう。
私からしたら大分面倒な距離であることは容易に察しがつく。
「ゲートは?」
「たったこれだけのために使う?」
「そっか」
そう頻繁に使うものでもないらしい。未知のものの使用は判断基準が難しいなあ。
コツン、コツンと、音が先に向かって響いていくのがわかる。
壁は所々窪んでいて、そのくぼみには松明代わりであろうろうそくが立てられていた。私達が通ると揺れる炎は、辺りに怪しげな影を映し出しては私達をからかっているようだった。
「まだかな」
「多分もうちょっとだよ」
変わらない景色の中をただ黙々と登って、階段を濡らす足跡が少しずつ薄くなっていくのを視界の隅に置く。
じんわりと、足の裏が痛くなってきた。
「上に出たらさ、例えば、どんなことが出来るの?」
もう少しで着く、ということに少しばかり興奮気味なのを抑えながら、私は前を歩くセナに声をかけた。
「そうだね、鬼ごっことか?あとかくれんぼなんかも出来るかも」
「どっちも似たようなもんじゃん!何、今これだけ歩いてきたにもかかわらず今度は走るの?そろそろ足が限界だよ」
「ならかくれんぼにしようか。仕方ないから、一戦目は私から鬼になってあげる」
「セナが鬼なら、きっと私はすぐに捕まっちゃうね」
「うん、私もそんな気がする」
「分かっていてそうしようなんて、セナは意地悪だ」
「そうかもね」
にひひ、といたずらっぽく笑うセナに苦笑する。
にしても、心なしかセナが落ち着いた性格に思える。まあ、これだけ歩いていれば疲れて元気をなくすのも当たり前なのだけれど。
私はどこかで、セナは常に明るくて活気のある性格なのだと決めつけていたのかもしれないな。
なんて考えていると、螺旋階段の軸の柱、つまり私達からすると左手に当たる壁に、薄く光が漏れていた。
そろそろ、着くのかもしれない。
段を踏む度に光は眩しくなっていって、薄暗い空間に慣れていた私達の瞳をじんわりと刺激した。
目の奥が微かにジンとする。
ふと視線を落とした階段には、もう私達の濡れた足跡は残っていなかった。
「そろそろだね、セナ」
「やっと遊べるね」
「もう遊んだ後の気分なんだけど?」
「きっと気のせいだよ」
やめろ、そんな頭の悪そうな笑みでこっちを見るんじゃない。
そんなやり取りを交わすと、私たちはとうとう出口を迎えた。
久しく日光を浴びる。
じんわりと肌が温まって、疲れた体を癒やしてくれた。いっそこのまま、芝生の上で昼寝でもしたい気分だ。
横にあった大きな岩にセナが登り始めたので、私も岩の凹凸に手をかけた。
上に乗ると、少しだけ周りが見渡せた。
芝生、池、木。
ここはどこに行っても自然しかないことが今わかった。
そりゃあ鬼ごっこや隠れんぼくらいしか出来ないわけだ。
ケイドロなんかも出来るだろうが、二人でやるにはただの鬼ごっこになってしまうので、実質出来ることは限られてくる。
「ね、何して遊ぶ?」
隣でわくわくしながらそういうセナ。
なぜ私に聞く。
「…セナの言う通り、鬼ごっこか隠れんぼくらいしかすることないね」
私は疲れた自分の足を愛でた。
「そんな事ないよ!昼寝しよっ!」
「うんそうだねそうしようか」
もう何でもいいや。
別に昼寝が嫌なわけではないし、むしろそうしたいくらい。
けれども、セナが遊ぼうと言い出したからここまで来たのに、呑気にお昼寝だなんて言い出されると同意見の私もなんだか複雑な気分だ。
ま、いいか。
私がジャンプして岩から飛ぶと、セナも後に続いて隣に着地した。
どうせなら広々寝たいよね、というセナの意見に乗っかって、芝生の真ん中まで行って横になる。
芝生も、その下の土も、既に日に暖められていて床暖みたいなぬくもりを感じさせた。空からの日差しはまるで布団だ。
目を閉じる。
隣でセナの寝息が聞こえるから、もうすでにセナは眠ったのだろう。
風が草木を揺らす音。
何かが池に飛び込む音。
木の葉が岩を撫でる音。
鳥が幸せを謳う声。
何処かで落ち葉を踏む小さなものの音。
その空間のすべての音が、耳を、心を暖かくくすぐった。
セナが握った私の右手が、少しだけ湿っている。
遊ぶのは、また起きてから。
意識がなくなる最後の瞬間まで、彼らは私を包み込んでくれている。
「おやすみ、セナ」
これから、良い夢が見られそうだ。
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
如何でしたでしょか。
この世界の温もりがじんわりと伝わってくださってることを期待してます…!!
感想、指摘等御座いましたら、是非コメント頂けると幸いです。
それでは、また次回お会いしましょう。




