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その瞳に灯すのは_。  作者: 天之奏唄
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五章、【負感吸珠】の光

五章です。

少し難しい話もしているので、僕の文章力でうまく伝わってくれたらと思います。

 今までの空気の重さとは打って変わって、部屋の中には、心なしか呑気な空気が漂っているように感じた。

 えっと、これは一体どういう状況ですか?

「ねぇセナ?」

 ニヤリと頬を緩めて、龍騎さんはそう(うなが)した。

「今回は一体、何をやらかしたのかしら?」

 呆れたように、でも少し怒るように、龍騎(たつき)さんはそう彼女に尋ねる。

 龍騎さんは、今回私がここに訪れた訳について、セナがまた何かやらかしたのではないかと疑っているようだ。

「まぁまぁ、落ち着いてください龍騎さん‼今回の件に関してはセナはなにも…………あぁ…………」

 あぁ、そういえば。

 さっき龍騎さんにも説明したとおり、そもそも事の発端は、セナが黄金山に現れ有無を問わず私をこの世界に連れ込んだことだ。それからの事色々あったためその時の記憶が薄れていたが……そうだ、私は所謂“拉致”にあっている真っ最中の身なのだ。

「ち、違うんだよ⁉ 優華が洞窟で倒れてからなんか変な感じになって、それで心配になったからガサキさんに診てもらおうってことになってそれで……」

「どちらにせよ、優華さんはこの世界の住人じゃない。どれもこれも、セナが拉致したからいけないんでしょ?」

 そうだそうだ。もっと言っちゃえガサキさん‼

 むぅ~、と眉間に皺を寄せて難しい顔をするセナに対し、龍騎さんは呆れた様に溜め息をついた。

「全く、セナはどうしていつも要らないとをするのかしら。いつもいつもそうやって周囲を…………」

 その後も説教(文句)は長く続き、以外とその場で全て吐き捨てるタイプの人なんだなぁと、私は龍騎さんとセナを微笑ましく見ていた。

 そしてその後、龍騎さんに鋭い目で射ぬかれたとさ。





「……そう」

 一通りの話が済み、少し重たい空気の中、龍騎さんは落ち着いた声音でそう漏らした。そんなトーンで言われると、悪くない私まで怒られた気になるのだが…。

「にしても龍騎さん、この世界は私が住んでいた世界とは違うんですよね」

 答えは分かっているが、何となく龍騎さんに言われると納得できる気がしたので、聞いてみた。

「そうねぇ。あなたがどこから来たのか、あなたに聞いた程度にしか知らないから私は何とも言えないわ。まぁ、あなたに教えられる事として、一つ__」

 真剣に何かを言い出そうとする龍騎さんの雰囲気に、ゴクリと唾を飲む。その音が耳の奥で(つっか)えるようにして聞こえた。

 さっきまでやかましかったはずのセナまで黙り込み、建物がシーンとして、その場がやけに重たい空気となった。

 私は慎重な心意気で龍騎さんのことばに耳を傾けた。

 そうして、彼女は告げる。

「それはね、この世界の住人は、皆形を持っていないということ」

「………え?」

 龍騎さんの言葉に、その場が刺すように冷たくなる。

「ガサキさん、その話やめようよ。面白くない」

 いつもあれだけ明るいセナでさえも、少し不機嫌、いや、怒っているように思えた。

 …嫌な、空気だ。

 龍騎さんは、セナの言う事を無視して話を続ける。

「私達が互いを、だからもちろん自分自身も含めて、形としての存在が認識できるのは、互いの存在が見える距離、場所にあるときのみなの。近くで刺激しあい、その刺激に反応することで初めて、私たちは相手と自分の決定的存在の確認が出来るようになる。…まぁつまり、自身の存在を証明できる相手がいない限り、自身の存在はあっても、形としての存在は認識されないということよ」

 私が元いた世界で有名な例の猫の話とはまた違うのだろうか。あの、「誰かが箱の中を確認するまでその猫が生きているか死んでいるかの確率は50%ずつである」という理論とは。

 …でもまあ、似たようなものだろう。

「じゃあ、今私達三人が互いを認識できているのは、互いが互いの存在を証明できる状態にあるから、ということですか?」

 私が訊いたそれは、まさにオウム返しだ。

「…ええ、そういうことね」

 龍騎さんは濃い緑の髪を耳にかけながら、静かに、それでもしっかりとそう言った。

「ねぇ優華、もう良いよ、帰ろう」

「待って」

 急かすセナに対して、すぐにそう返した。…少し、言い方がきつかったかもしれない。

「…なんで」

 訳が分からないと言わんばかりに目を細めて、セナは私に牙をむく。

「まだ、ここに来た目的が一つしか果たされてないからよ」

 そうだ。私がここに来て分かったことはたった一つ。私が元いた世界とこの世界は違うということだけ。でもそれは、もう既に分かっていた事。

 私は龍騎さんに向き直り、訊く。

「今までの説明で、少なくとも私はこの世界の住民ではないことはわかりました。ところで、帰る方法って、分かりませんか?」

 私は正直、帰れればそれでいい。

「さあ……セナ、あなたはどうやって彼女をこっちに連れてきたの?」

 質問が、連鎖する。

「……なんか、裏山で遊んでたら光の輪を見つけて、好奇心で潜ったら変なところに出たの。何が起こったか分からなくて、辺りを探索してたる時に、優華が通りかかって、それで……」

 セナは少し俯いて、拳をギュッと握り直してから再度口を開いた。

「この人は、こっちに連れてこなきゃいけない。と、第六感が働いたの」

 途端、現場が呆気にとられた。そりゃあ発言に勇気がいるわけだ。

「そんな馬鹿みたいな理由で……」

 一応は真剣にセナの話を聞いていた龍騎さんも、こめかみを押さえて辛そうに言葉を絞りだした。

 私はというと、呆気にとられてぼーっと小さく口が開いている。

 開いた口が塞がらない、とは、このことを言うのだろう。

「勘違いとかだったらどうしようとか考えないの?現に今、優華さんは帰り方がわからずこうして困っているのに」

 龍騎さんは呆れたようにそう言って、髪を耳にかけた。しかしその髪は、重力に従ってまた耳の前を垂れる。

「私だって分からないよ!!…ただ、いつものとは、違ったの……」

 初めは言い張ったが、だんだんと萎んでいくセナの言葉に龍騎さんも私もこれはとばかりに少し同情した。

「まあ、第六感ってやつ?分からなくもないし、セナの言うことは理解したつもり。怒ってないよ、私」

 横で俯くセナの背中を手で擦り、そうかけてやった。

「……………がう」

 ごにょ、と何か言うセナ。

「…やっぱり、違う!! 優華、やっぱり最初にあった時とは違うよ!!」

 嬉しそうな、焦っているような微妙な表情で体を翻したセナに少しビクリとしたが、すぐに体制を整える。

「ねぇセナ。あなたがさっき言っていた洞窟って、まさか【負感吸珠(ふかんきゅうしゅ)】の祀られている洞窟じゃないわよね」

 少しばかり焦っているようにそう言う龍騎さん。

「ふかんきゅうしゅ……?」

「ええ。ああ、そうね。優華さんは知らないのよね」

 龍騎さんは、その表情を隠すように無理に微笑んで、私に説明してくれた。

「不感吸珠は、ある言い伝えがある拳一つ分くらいの珠なのだけれど、実はその言い伝え、デメリットを利用してあるものを釣り合わせているの」

「あるもの……?」

「そう。その珠は、人の【感情】を釣り合わせる力を持っているらしいの。セナのように、余りにも陽気な感情が多い人からは、負の感情と釣り合う量の陽気な感情だけを残して、後は全て吸収する。その逆もまたそう。別に、セナみたいに初めからどちらかが無駄に多いようなら問題ないの。むしろ、望む人にとってはいいことなんじゃないかしら。でも例えば、もともとあった陽気な感情が生活の中で少しずつ減っていき、負の感情がその量を超える。そんな状態でその洞窟に行ったら、珠は釣り合わせようとして負の感情を吸収してしまうから、必然的に元よりも感情の量が少ない状態で釣り合うわよね。陽気も負も、元より少ない状態で」

「そうなると、何かまずいんですか?」

「感情を失うと、私達は存在を維持できなくなるの」

 二人とも、苦い表情をしていた。

 どういうことだろうか。

「さっき、私達は形としての存在は持っていない、っていうのは話したわよね。それの続きになるんだけど、私達にとって形は後付け。私達の存在は感情そのものなの。感情の量が少なくなればなるほど、その存在は薄れていく。対象になる人の感情の量によっては、この珠は簡単に人を消してしまう力があるのよ」

 驚いた。そんな恐ろしい物が祀られている洞窟にこの身が包まれていたとは。

「にしても、私がそこに入ったことに、なにか問題が?」

 そうだ。別に、私が入ったからといって何かあるわけではないだろう。

 しかし。

「セナがはじめから言う"優華さんの様子が変"という事。私は現在の優華さんしか知らないから推測でしかないけれど、あなた、初めはもっと暗かったんじゃないかしら」

「そ、そんなことっ___!!」

 言いかけたが、セナが被せるように言い放つ。

「そうだよっ!! その通りだよガサキさんっ!! 優華は初め、ずっと気だるそうだったし、ずっと俯いてた。当たり前かもしれないけど、ずっと帰ることばかり考えてたの。だけど、洞窟で倒れてからはそんなんじゃなかった!!明るくなってた!!」

「そんなことないっ___!!」

「そんなことあるよっ!! それに、優華言ってたよね。変な夢を見たって。あの夢、そういうことなんじゃないの!?」

 言われて、思い返す。

 暗い世界、足元に広がっていた水。そして、あの小さな光。もしもあの光が光ではなく、その負感吸珠だったのだとすれば。

「…ほら、何も言い返せないじゃない。やっぱり、そうなんじゃないの?」

 セナはイライラしたようにそう言って、私を怒った。

「そういう言い方はやめなさい、セナ。優華さんが今一番状況がわかってないんだから」

 龍騎さんは大人の対応でセナを注意して、目を伏せた。

「ごめん、セナ。セナの言うとおりかもしれない」

 考え見ればそうだ。負感吸珠が人の感情を吸収するにあたって、私が夢で見たその世界は雰囲気が一致している。もしもあの光が私の陽気な感情と負の感情を釣り合わせたのだとしたら、負の感情を吸収したのだとたら、恐らくはあの暗い世界は私の負の感情だろう。

 ならばあの光はなんだ。あの小さい光は。

「あの小さい光、何だろう」

 思考が、無意識に口から零れた。

「優華が夢で言ってたやつ?あの消えそうな…って」

 池の水面に水滴が落ちた時のように、言葉の波紋が広がる。

「そうそう、それ」

「…小さいんじゃなくて、遠い、ならどうかしら。その光がとてつもなく遠い場所にあったなら、必然的に小さく見えるものでしょう」

 龍騎さんがまた新たな見方を出した。

 遠かったなら、か。

 確かにその可能性もある。

 でももしそうなら、私の負の世界はあまりにも大きすぎる。

「でもそもそも、その光がなんなのか、分からないのよね。優華さんの陽気な感情なのかしら」

 頭を悩ませていると、龍騎さんがまた意見を出した。

 それは、ついさっき私の頭に浮かんだ一つの考えだ。

「確かにね、負の感情を表しているのがその暗い世界なのだとしたら、その逆は光ってのが妥当だろうし」

 セナもそう言って、龍騎さんの、私の見解を確実なものへと近づけた。

「うん、そうかも。でもそうなれば、私の陽気な感情ってどんだけちっこいんだって話だよね」

 そうだ。どんだけちっこいんだ。

「そんなに小さかったの?」

 セナはキョトンと首を傾げて聞いた。

「…よし、術で映し出してみるか」

 龍騎さんは立ち上がって、私のこめかみあたりに両手の小指を刺すようにかざした。

「…何するんです?」

 本当に、いきなり何をするのだガサキさん。

「術よ術。優華さんが夢で見た世界、できるだけ鮮明に思い出して。これは対象人物が想像したものを映し出す術なの。鮮明でなければぼかしが入ってうまく映らないのよ」

 なるほど。それは素晴らしい術だ。

「…分かりました」

 そう言って、私は何度も思い出してきたあの夢をまた、脳内に繰り広げた。

 

 __そして、数十分前の出来事。

 セナに言われたとおりに歩いていると、途中からは何も見えない一本道へとなった洞窟。…いや、もしかするとどこかに他の道があったのかもしれないが、少なくとも私には見つけられなかった。

 それから、やがて見つけた小さな光の粒。本当に小さな、いや、もしかすると、物凄く遠くで浮遊する光。

 頭上から不定期に滴る水滴、足元に溜まった水。とにかく、湿気た空間に包まれている心地の悪さ。

 …私は、気がついたらまたその世界の中に立っていた。まるで過去の記憶に引き込まれるように。

 想像しているんじゃない。記憶の中の世界に、私は無意識に足を踏み入れてしまっていたのだ。

 また遠くで浮遊する光。私はそれを、今度ははっきりと、集中して見つめた。相変わらず湿気た空気で、心無しか背中に汗が滲んできている気がする。

 そして…

「優華!?」

「優華さん!」

「はいっ!?」

 目を覚ました。

「はいっ!?じゃないの!!分かったよ!あの光が何か!」

「え?」

 肩を揺らしてそう言うと、セナは映し出された世界を指さした。

「これ、優華さんが意識を失った頃に拡大できるようになったの。恐らく、また、その夢に…この世界に、入ったんじゃないかしら」

 ああ、そういうことか。

 鮮明に思い出せば思い出すほど映像は綺麗に映し出すことができるようになる。つまり、私が実際にあの空間に入り込んだことで、その実際の光景を思い出した時以上に綺麗に、映し出すことができたのだ。

 なんだか皮肉な話だなあ。

「それで、あの光が何か、分かったんですよね」

「ええ、あれは小さな光でなければ優華さんの陽気な感情でもなかったわ」

「…それじゃあ、一体…」

「驚きだよ、優華!」

 セナはわくわくしたように、私の目をガンと見つめた。

 私はただただ不安で、セナのその表情が信用できなかった。

 でも、そんな信用性の無さを龍騎さんが補った。ごめんね、セナ。

「優華さん、あれはリングよ。優華さんの負の感情が、あのリングをくぐって吸収されているのよ」

「リング…?」

「リング!それも、あの時私達がくぐったゲートそっくりの!」 

 瞳をキラキラさせるセナ。

 あの時、とは恐らく、私がこの世界に入れられるときにくぐらされたアレのことだろう。

 にしても、どうしてその穴が私の見た夢の中に……。

 いいや、それより。それが見つかったとして、一体私は、

「どうやって帰ればいいの?」

 今までの興奮していた空気が、瞬時に冷めた。

 …いや、その、なんか本当ごめんなさいね。

 龍騎さんはコホン、と咳払いをして、改めて口にした。

「優華さんが元いた世界に帰る方法はまだ分からないの、ごめんなさい。でも、今回見つけたこのことは、少なからずどこかで関係していると思うわ。重要な部分を占めてるかもしれないし、その逆もまたしかり。もちろん、私の勘だけどね」

 何故だろう。全く確証のない話をされたのにも関わらず、この人が言うとそれっぽく聞こえてしまう。

 まあ、一つ何かが解決したからって、そう簡単に解決する問題ではないのだろう。

「分かりました。もう少しだけ、この世界にお世話になりそうです」

 私は座っていた座布団から腰を上げて、再度口を開いた。

「色々ありがとうございました、龍騎さん。話ができて良かったです」

 龍騎さんもまた腰を上げて、自分の座っていた座布団を謎の力で棚の中へとしまう。同時に、私のも。

「ええ、こちらこそ、セナが迷惑をかけて本当に申し訳ないわ。気をつけてね」

 まるで親みたいに事を言う龍騎さんにペコリと頭を下げて、セナと共に部屋を出た。

 帰りの道は、行きほど長く感じなかった。いや、間違いなく帰りのほうが距離が短い。これもまた、龍騎さんの力で伸縮させられていたのかな、なんて、そんな偏見を抱きながら、私は屋敷を後にした。

 

 …正直、思う。

 私は本当に、元いた世界に帰りたいのだろうか。

 この世界にいては、いけないのだろうか。

 変な迷いが少しずつ、私の心を侵食していっているような気がした。

最後まで読んで下さり、誠にありがとうございました。

負感吸珠の説明が分かりにくかったという方は、【シュレディンガーの猫】と調べてみてください。似たような内容なので。

それでは、また次回お会いしましょう。

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