七章、冷たい夜光
遅れてごめんなさい!!!!!
八章書き終わるまで投稿するの控えてたんです(つまり八章書き終わったってこと)。
今回で結構伏線張りましたよ頑張ってそれらしいところ探して読んでみてくださいな♪
夢を、見ていた。
ぼんやりと広がる磨りガラス越しのような三六○度の世界に、激しい音がこもっている。
それを見ている彼女。更にその中から見ている私は、その場で立ちすくむことしかできなかった。
友人が、亡くなった。
背後から血塗れの頭が右肩に倒れてきて、ダラダラと垂れ流れる彼の血液が彼女のシャツを濡らす。
血特有のベタつきで、なんだか心地悪そうだ。
手に持っていた銃をその場に落とした。
体中が震えて、立っていられなくなる。
息が荒くなって、あまり食べていないのにもかかわらず吐瀉物が込み上げてくる感覚。
とても、苦しそうだった。
その光景を、私は彼女の中から見る。
酷い情景が視界を支配し、今や心の、いや、頭の奥にまで侵食してきていた。
怖い。
柄にもなく、そんな事を思った。
その頃だったと思う。彼女が私を切り離したのは。
私は役目を果たせなくなった。
彼女は笑わなくなり、期待もしなくなり、やがて、人を信じることも、人に期待することすらもやめてしまった。
私は、彼女の中で、彼女自身の思考によって殺された。
プツンっ、と、何かから遮断されたような、そんな、空っぽな音を感じた。
視界がだんだんフェードアウトしていき、それに伴って聴覚までもが奪われる。
私の存在は、彼女が笑っていたという記録から読み取れるデータ。ただそれだけが証拠となった。
但しそれも、記憶の中の存在でしかない。
実際にその場に表れることがなければ、聴こえることもない。
本当に、『過去』に『存在していた』だけの、もはや『空想上の何か』と化していた。
それからは、宛もなく自分の存在意義について考え続けた。
彼女に切り離されたせいで私はなんの役目も果たすことができないのに、何故かこの暗中無音の世界は私を消さない。
ただ世界からの嫌がらせを受けているだったのかもしれないが、私には、その現状が無意味なモノだとは到底思えなかった。
それは、私の性格から生まれたただの空っぽな希望だと分かっていたのに。
けれど、そんな思考を繰り返した暁、私は1つの答えに辿り着いた。
そうだ、思い出した。
今までの経緯には嘘が混じっていたんだ。
--だから私は、あの日、そこに立っていたのだ。
「…おはよう、セナ」
横で体育座りになってぼーっと空を見上げていたセナに、声をかける。
相変わらず、空は青く晴れていた。
それにしても、彼女にしては珍しい表情をしていた。何か深く考え込んでいるような、そんな重たい表情。
「どうしたの」
私は耐えきれずに尋ねた。
「ううん〜。なんかね、目覚めが微妙に悪かったから、まだその余韻が覚めないの…」
静かに、丁寧に、セナは言葉を紡ぐ。
どこか腑の抜けた、そんな空っぽな声だった。
夢、か。
「私も、向こうの世界での夢を見ていたよ。…ここは何も分からない不思議な世界だけど、今考えると、このままここにいてもいいかもって、そう思える」
さっきまで見ていた光景を思い出して、感じた事をそのまま口にする。
セナは俯いて、前に置いた爪先をパタパタと左右交互に小さく動かしている。その様子からは、なんだか重要なことでも思い出したかのような、そんな深刻さが感じられた。
そんなふうに思って見ていたが、私が言葉を零すと、セナはにやりと疲れた笑顔を見せて、
「もうさ、完全に負感吸珠にやられてるよね優華」
そんなことを言った。
なんかセナのやつ本当に疲れてない?
「そうだね、やられたかも」
私も腐った笑みを浮かべて皮肉にそう言った。
うんしょっと気合をこぼしてセナが立ち上がる。眼前で、今までセナがお尻で敷いていた芝生がミキミキと音を立てるようにぎごちなく背伸びをした。体を起こして、セナの背中を眺めると、お尻の辺りがじんわり湿っているのが分かった。
「んね、お漏らしした?」
私はからかうようにそう言った。
「え、どゆこと」
セナは訝しげに私の問に応答し、自分のお尻を撫でた。ショートパンツから出ているすべすべの太ももが太陽の光を反射して白光する。中指が色っぽく、つーっと裏ももをなぞった。
布に辿り着いた指が何度が生地を抓って、湿り具合を確認する。
「冗談だよ、芝生で湿ってるだけ」
私は苦笑しながら立ち上がった。
「なにそれ、ちょっと心配したじゃん」
セナは不満を絞り出すように笑った。
あはは、と笑い返してセナの横に立つ。
「それじゃ、鬼ごっこする?」
私はセナの横に立って、顔をのぞき込んだ。
楽しそうな表情をしているのかなと期待していたのだが、私が目にしたのは、何処か悲しそうな、寂しそうな、それでも必死に明るい自分を繕っているような、そんな複雑そうな『笑顔』だった。
「…やっぱり、夢見が悪かったせいでそんな気分になれないや」
セナはぼそぼそと掠れそうな声で必死にそう呟いて、
「どこか、散歩にでも行こう?」
最後にそう言って、寂しく微笑んだ。
「…そうだね、そうしよう」
私はそう返して、手を握る。
眠る前はセナから握ってきていた手を、今度は私から。
そして、静かに述べた。
「無理して笑う必要なんてないよ、セナ。泣いていい、泣いていいんだよ」
私は握った手にぎゅっと力を込めた。
セナが肩を震わせる。
彼女が過去に体験したことを私は知らないけれど、あの明るいセナがこんなになるほどのものだと考えると、なんだか重たい、無責任な同情心が芽生えた。
「分かってるけどさ、出来ないんだ。泣けない、泣けないんだよ私は。そんな風に、作られてたんだ、きっと」
乾いた笑みと重たい笑顔、その口から出たのは、そんな意味深な台詞だった。
『そんな風に作られていた』
まるで自分は機械だとでも言うような口振りだ。
本来ならば泣いている場面であろうこんな時も、セナは顔に力を入れて、ぎこちなく微笑んで、実は、泣けない自分に悲哀した。
「もういいや、この話は」
こぼれていない雫を袖で拭って、セナは空を仰ぐ。
「どうせ泣けないし、私は私らしくニコニコしとくよ。笑うことが、笑わせることが、私の仕事だからさ」
パチン、と一度自分の頬を叩いて、セナは深く息を吐いた。
それからは特に目立ったこともなく、いつものセナが横にいた。ずっとニコニコしてるし、無理に笑っている様子もない。今までの気持ちを振り切って、また新たな自分を建て直したような、そんな、爽やかな何かがセナの形としての存在となっていた。
…だけどそれでも、セナは絶対に、自分から思いっきりはしゃげる遊びを提案したことも、私のそういう提案を受け入れたこともなかった。
だから、昼寝前に楽しみにしていた『鬼ごっこ』は出来ていない。
いい夢だって、見られていない。
そうして、一体どのくらい経ったのだろうか。
学校のグラウンドくらいの大きさの広場が森で仕切られているような構造になっていたため、私はセナの後に続いていくつもの広場を歩いて回った。どれも似たようなものだったが、池があったりなかったり、花畑があったりなかったり、樹が生えていたり生えていなかったりなど、やはりそれくらいの違いはあった。でもまぁ、どこがどんな広場だったかなんて聞かれたら答えられる自信はない。それ程目立った違いもなかったから。
途中で花を摘んだ。
池で水切りをした。
木登りをして甘酸っぱい木の実を採った。
最初は落ち着いていたセナも私も、少しずつだが身を踊らせるようになって、気がついた頃には、もう辺りは赤く焼けていた。
池の辺りを歩く私達の影が細長くなりながら水面で揺らいでいる。
「割と出来ることあったし、楽しかったね」
満足げにセナがそう言って、私は夕暮れ時の憂鬱さからスッと我に引き戻された。
「うん、そうだね。無理して鬼ごっこなんてしなくて正解だった」
ニヘラと笑って左側を歩くセナを見る。
セナはそれに気づかず、まっすぐと大樹の頭に消えていく夕日を眺めていた。
顔の前半分だけ照らされたセナが、いつもより少し大人っぽく、色っぽく、私の瞳に映っている。
セナにしては、大人しい雰囲気だった。
もうすぐ、日が沈む。
赤く焼けていた空が、熱を失いながら藍色へと景色を変えるのだ。
「ねえセナ、夜はどうするの?」
私はセナの方を見たままそう訪ねて-。
「-セナ?」
違和感を覚えた。
沈む夕陽は彼女の目の先にあるため、彼女の後ろ髪は日に当たらず暗いはず。しかし、そのはずの髪はほのかに陽に照らされ、細い糸状の光を無数に反射していた。
そっと吹いた風になびいて、光が反射の具合を変える。
なんだかよく分からない焦燥感が思考を混乱させた。
--セナが、透けている。
「うん、なに」
先ほどの私の問に対し、少し遅れてセナが反応する。
「--よく聞き取れなかったや、もう一回言って」
セナはそう言いながら、私の方を向いた。
ゴクリ、とつばを飲み込む。
焦りでそのつばでさえも喉に引っ掛けそうになった。飲み込みきれなかったつばがゆっくりと喉の奥を流れていく嫌な感覚が癪に触る。
これは嘘だ、と言い聞かせるようにして、私はぎゅっと力を込めて瞬きをした。
「ねえ、もう一回言ってってば」
セナが不満そうに繰り返す音と共に、私も目を開ける。
…いつも通りのセナの姿が、そこにはあった。
ふう、と胸を撫で下ろす。
そうだ、体が透けるなんてありえるはずがない。
今日は1日で色々なことがあった。きっと疲れているんだろう。
この世界に入り込んで、セナとぶつかって、洞窟で倒れて、夢を見て、龍騎さんの所に行って話を聞いて、ゲートを使って森に来て、昼寝して、また夢を見て、起きたらセナが辛そうで、ゆっくり散歩して、いつしか騒ぎ出して。
…そりゃあ、疲れも貯まるだろう。
「ねぇ優華、ねぇってば」
今度ばかりは少し苛立ったようにセナが訴えかける。
私はつい先程ののやけにリアルな光景を気のせいだという事にして、思考から振り切った。
「あ、ごめんごめん。今晩はどこで寝るの?って話だよ」
私は、ぷっくりと膨らんだセナの頬を人差し指で押しつぶしながら、そう言って苦笑する。
「寝るところ?ここだよ」
尖らせた唇から空気を抜いて、セナは一呼吸おいてからそう口にした。
今晩はここで寝るようだ。
…今晩はここで寝るようだ…?…ここで?
「セナ、ここは外だよ。ちゃんと布団に入らないと」
私はセナの右肩に右手をおいて、諭すようにそう言った。
するとセナは、人差し指を高く空に突き上げて、
「何言ってるの、優華。ほら、空を見上げてごらんよ。こんなにも素晴らしい星空が広がっているっていうのにさ、これを眺めながら寝ないなんてことある!?おかしくない!?」
そう反論してきた。
私は確かめるように赤やけの空を仰ぐ。
まだ空は赤く焼けている。
星なんてまだ見えていない。
あ、嘘ついたかも。陽と反対側の藍の空の方には小さなのがいくつか見えた。
いくつか、ね。
「ねぇセナ、素晴らしい星空って何か、知ってる?」
私は余った左手もセナの左肩において、真正面から彼女を見つめた。
「やっ、やめてよ優華。星空くらいもちろん知ってるわよ、ただ指を指すのが早かっただけだし!!今に見てなさい、空一面が星になるから!優華だって乙女。そんな素晴らしい空を眺めながら眠りたい年頃でしょ!?」
セナは耳をほのかに赤らめて、一生懸命にそう叫ぶ。
空一面が星。それはそれで困るなぁ。
夜は暗いもの。そんな事は誰だって知っているし想像できる。しかし、星にしても月にしても、雲にかぶらず浮かんでいれば、地上は思ったよりも明るくなる。昼間に見るようなあんな明るさではないが、白い光が見えない明るさで世界を包む。そんな感じ。
夜、外は暗いはずなのに、部屋の電気を消すと窓の外から部屋の中が照らされていて、カーテンを閉めれば部屋は本来の暗さに戻った。そんな経験はないだろうか。
と、話がずれてしまった。
要は、星がたくさんあったらあったで、眩しくて眠れないのではないかとという事が言いたいのである。
…でもまあ。
「そうだね。時にはそんなわくわくするような眠り方もいいかも」
私は微笑みながらセナの肩から手をおろして、ふと空を見上げた。
つい数分前までは赤く焼けていた空も、向こう側から追い上げてきた藍色に呑まれようとしている。
そろそろ、陽の熱も冷めそうだ。
「じゃあさ、花畑に戻ろ」
私はセナの手を引いて、花摘みをした花畑へ向かおうと歩を進める。
「うん、別にいいけど、どうして?」
セナは私の横に並んで、そう尋ねた。
「だってさ、ここは池の辺りじゃん。地面が湿ってるよ、寝心地悪いと思わない?」
私は靴で足元の草をかき分け、水分を多く含んだ腐葉土を顕にした。かき分けられた草の茎の根本に、泥がへばり付いている。
「ああ、確かにね。それは賢明な判断だ」
少し感心したように、セナはそう口にした。
後ろを振り返り、沈み込んでいた夕日を探す。
さっきまでは大樹のシルエットが浮かんでいた場所。そこは既に、光を失っている。
だから多分、もうオレンジ色の空は藍色に呑まれたのだと思った。
暗い森を抜けて、花畑のある広場へと出た。
セナが言った通りの満天の星が輝いている。
こんな空を見たのは生まれて初めてだった。
辺りは花畑から香る静かな優しい華の香りに包み込まれていて、いくら夜空が明るくても、疲れた体はその香りによって睡眠欲を煽られる。
私達は花畑の真ん中を通るレンガ道を歩いて中央辺りまで来た。風が吹いて、辺りの華が一枚の絨毯が靡くように同じ方向へ頭を傾けた。
右隣で、セナが腰を下ろす。
「楽しかったね、優華」
手を繋いでいたため、私も必然的にセナに続いて腰を下ろした。
「うん、そうだね。楽しかった」
私は、腰を下ろしたついでにセナより先にその場に横になった。硬いレンガに、頭を押し付ける。
「じゃ、私も横になろうかな」
セナは静かにそう呟いてから、横になった。
淡いクリーム色の髪が風に吹かれて、地面の上でさらさらと踊る。
「眠るまで、少し話そうよ」
目を瞑ったセナが、そう言って私の手を握った。
スラリと長いセナの指が私の指と絡まって、密着した手のひらにじんわりと温かさが宿る。
冷たい鉄と合成樹脂の感触とは、かけ離れていた。
「うん、いいよ」
何について話すの、と尋ねて、私も空を仰いだ。
ゴリゴリ、と、後頭部が少し痛む。やはり枕が欲しいものだ。
私は仕方なくポケットから白いハンカチを取り出して四つ折りにし、頭と地面の間に挟んだ。
「何について、とかは考えてないや。思いついたことでも話そうよ」
「そんな曖昧な…。でもまあ、セナらしいっちゃセナらしいけど」
「えへへ、そうかなぁ?」
「別に褒めてないよ」
「じゃあ怒ってるの!?」
「面倒臭いわねあんた」
二人の笑い声が、夜の静寂に吸い込まれる。
こんなにも私達は楽しいのに、この満天の星がいくらか冷たく光っているように見えるのは何故だろうか。
いつしか、そんなふうに冷たく輝く星を眺めながら私達の話は幕を閉じていて、辺りはしんと静かな、夜らしい空気に成り果てていったのだった。
最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。
如何でしたでしょうか。
感想など頂けると幸いです。
それでは、また次の作品でお会いしましょう。




