7.誘拐犯、現る!
部屋?
部屋の中におるんか? 車ごと?
四方を壁に囲まれ、天井もある。『部屋』としか言いようがない。
小学校の体育館くらいの広さで、壁も天井も白っぽい。天井に埋め込まれた照明が、部屋全体をほんのりと明るく照らしている。
ぐるっと見渡すと、左後方の部屋の隅に、白いバンが一台とまっている。
なんで、いきなり、こんな所に? もしかして、もしかすると……
「ワープや」
「ドッキリや」
「ワープや」
俺とオカンと百合香がいっせいにつぶやく。
オカンのつぶやきを無視して、百合香が俺に話しかける。
「やっぱ、あたしら、ワープしたんやんな」
「信じられへんけど、俺もそう思う」
「ちょっと、ワープて、ヤマトが、移動するときのあれやろ?」
人気アニメのおかげで、オカン世代も、ワープのことは知っているらしい。
「うん。ヤマトのワープと一緒とは限らんけど、似たような……」
俺が言い終わらないうちに、
「そんなアホな。あれはアニメ、架空の話や。これは、きっと、ドッキリやわ」
は? 俺らみんなで、ドッキリにかけられたて言うんか?
百合香もあきれて、
「なんで、あたしらがドッキリにかけられるん? まったくの一般人やで」
「素人をドッキリにかける番組があんねん。壁やら作って、ワープしたように見せかけたんかもしれんわ。そや、おとうちゃんの誘拐も、ドッキリかもしれん!」
オカンが、顔を輝かせる。
な、なるほど、テレビ番組なら、大掛かりな仕掛けも作れるかもしれんな。オカンの予想は意外に説得力をもち、俺も百合香も納得しそうになった。
思わず、周りを見回す。ドッキリの札を持った人が、どっかから出てくるかもしれん。はよ来んと、もう、ネタバレしてるで。
しばらく待ったが、だれも現れない。
やっぱり、俺らが、こんな大掛かりなドッキリにかけられるなんて、これはこれでありえへんのちゃうか。それに、いくら仕掛けでも、こんな広くてちゃんとした部屋、あんな短い間に用意できるとも思われへんし……
俺の思考は、コンコンとノックする音にさえぎられた。
「うわっ!」
「うわっ!」
「うわっ!」
俺の真横、運転席の窓から、見知らぬ男の顔がのぞいていた。ま、まさか、テレビ局の人か?
男は、ガチャと運転席のドアを開ける。あ、あれ? 俺、ド、ドア、ロックしてたはずやけど?
男は、体をかがめ、運転席から中をのぞきこむ。そして、俺たちをぐるっと見回し、にこやかに声をかけてきた。
「無事に着きマシタネ。ミナサン、ごいっしょデスネ」
こ、この声は!
オカンと百合香も、ハッと息をのむ。
「誘拐犯!」
「誘拐犯!」
「誘拐犯!」
俺たちは、あまりの驚きに、この事態がドッキリかもしれないという考えは、一気に吹き飛んでいた。オトンが誘拐されたという現実に、引き戻される。
男は、俺たちの驚きを気にするようすもなく、
「どうぞ、クルマを降りてクダサイ」
それを合図にしたかのように、また、ガチャ、ガチャと音がした。俺たちが、びくっと、音の方を振り向くと、助手席と、その後ろのドアが開いている。それぞれのドアの側に、男が一人ずつ立っていた。
男たちに促されて、俺とオカンと百合香は、それぞれのドアから車を降りる。
俺たちに電話をかけてきた男は、黒いスーツに、幅の細い黒いネクタイを締めていた。思いのほか小柄な男だ。くそっ、コイツ一人なら、どうにかなったかもしれんのに。もちろん、俺一人ではなく、オカンと百合香の三人がかりでだけど。
「コチラヘ」
と言いながら、誘拐犯は、車の後方に俺たちを導く。
俺たちは、戸惑いながらも、ゆっくりと男に従う。
ちょうど、車の後ろで、俺とオカンと百合香がそろったときだ。このタイミングを見計らっていたのか、いきなり、オカンが、
「ちょっと、アンタ! おとうちゃんを連れてった誘拐犯やろ!」
前を行く男の背中に、大声をぶつけた。
男は、立ち止まって、くるりと振り向くと、俺たちをぐるっと見回した。
そして、あいかわらず、にこやかな表情のまま、男は、いきなり話し出した。
「宮島圭介さんには、手荒なマネをシテ、申し訳ナカッタと思ってイマス」
「て、手荒て、アンタ、おとうちゃんに何したんや!」
オカンが、思わず、男のほうに一歩詰め寄る。俺は、慌ててオカンの左腕をつかむ。見ると、百合香も、オカンの右腕をつかんで、引き止めていた。
俺たちの後方にいたもう二人の男が、俺たちの背後に張り付いて、警戒する。
「おとうちゃん、ケガしてへんのか! 無事なんか!」
「ハイ、ケガはしていマセン。いや、……もしかすると、手首にカスリ傷くらいは」
て、手首に傷て……
「お前ら、オトンに手錠でもかけたんか!」
俺は、思わず、大声を出す。オカンが、ヒュッと息をのむ。
「手錠て、アンタら、おとうちゃんに、何てことするんや!」
オカンの声がブルブルと震えている。オカンの向こう側で、百合香が、誘拐犯を睨みつける。俺は、拳を握り締める。
男の顔から笑顔が消えた。代わりに、申し訳なさそうな表情が浮かぶ。
「ワタシたちも、手荒なコトは好みマセン。しかし、同意を得てお連れするのは難しいと考え、拉致という手段を取らせていただきマシタ」
な、なんや、コイツ。人を拉致しておいて、弁解する気か!
睨み続ける俺たちを前に、男は話を続ける。
「ワタシたちは、映画などを参考に、拳銃で脅し、手錠と目隠しで連れ去るという方法で、宮島圭介さんを拉致シマシタ。さるぐつわも準備シマシタが、宮島圭介さんが、おとなしくシテくださったので、使用シマセンでした」
誘拐犯の話を聞きながら、俺は、あっけに取られていた。コ、コイツ、なんで、こんなこと、ベラベラしゃべっているんや。オカンと百合香も、あんぐりと口を開けている。
拳銃で脅されたオトンの恐怖は、どれほどだったろう。だけど、こんなふうに拉致の様子を説明されると、怒りより先に戸惑いがくる。
「手荒なコトをして連れ出しマシタが、その後は一切、危ない目には遭わせてイマセン。催眠ガスで少し眠っていただきマシタが、それだけデス。宮島圭介さんは、無事デス」
男を睨み続けるオカンの頭越しに、俺と百合香は顔を見合わせる。コイツの言うてることは、ホンマやろか、俺たちは、目顔でそう言い合う。
「この服装デスが、拉致現場にふさわしいモノとして、映画を参考に、採用させていただきマシタ」
ふ、服装を、拉致に合わせて考えたって言うんか。ま、たしかに、これでサングラスでもかければ、アメリカ映画のギャングやけどな。
「なんや、喪服やなかったんか」
オカンが、ふとつぶやく。オカン、今そのボケはやめてくれ。こんなときに、吹きそうになってしもたやないか。が、オカンはいたって真剣な顔つきだ。
誘拐犯は、オカンのつぶやきをスルーする。
「郷に入ッテハ郷に従え。地球で拉致するナラ、地球のやりかたで、と考えたノデス」
ん? 地球? 日本でも、アジアでも、東洋でもなく、地球?
俺の思考は、一気に、『地球』という単語に持っていかれた。
その言い方やと、まるで…………




