4.犯人の要求
「では、ワタシたちの要求を言いマス」
俺たちは、息をのんで、子機に集中する。
「リビングの本棚に、ヒキダシのツイタ小物入れがアリマスネ?」
「えっ、あー、はい」
「ソノ、ヒキダシの中に、メモリーカードがあるハズデス。青いケースに入ってイマス」
オカンがハッとしたように、すぐさま本棚に向かう。そして、ものの十秒もたたないうちに、青いケースを手にして戻ってきた。
「これやわ」
「そのメモリーカードを持って来てモライマス」
俺たちは、顔を見合わせた。
そうか、誘拐犯の目的は、金じゃなく、このメモリーカードに入った情報やったんや。どんな情報か知らんけど、一応オトンはエンジニアやし、仕事がらみの機密情報かもしれんな。そやけど……
俺は、浮かんできた疑問を押しとどめて、スピーカーホンから流れる声に集中した。
「では、受け渡しの方法を言いマス。そのメモリーカードは、宮島美也子さんが持ってきてクダサイ」
オカンを見ると、顔が強張っている。それでも、オカンは、うなずきながら返事をした。
「わかりました」
俺は、手の中にある子機を、オカンのほうに向ける。
「ソレを持って、クルマに乗ってクダサイ」
「く、車?」
「宮島家には、自家用車がアリマスネ。ソレに、乗ってクダサイ」
く、車て……オカンの顔がさらに強張る。
「どうしても車でないとあかんのですか?」
「ハイ、こちらの指示に従ってクダサイ」
「そやけど、オカンは……」
口を挟もうとした俺を、オカンが手で制する。
「わかりました。で、どこに行けばいいんですか?」
「ソレは、今は言えマセン」
もしかしたら、行く先々で指示を出す、そういう方式か? 俺らが、警察に通報していると見越して、警戒しているのかもしれん。オカンもそう思ったのか、
「ウチら、警察には、まだ、何も言うてませんけど」
と口走る。
「ケーサツ? ああ、警察のことデスネ。もし、これからアナタたちが、警察に通報しようとしているナラ、ソレは、まったくの無駄になりマス。どうしても通報したいのナラ仕方ありマセンが、後々のことを考えマスと、デキレバ、避けてもらったほうがいいデショウ」
な、なんや、この余裕のある言い方は? 俺は、背筋がヒヤリとした。
オカンと百合香も、顔に恐怖の色が混じっている。ハッタリや作戦じゃなかったら、この余裕はただ者じゃない。
「そ、そしたら、ウチは、ど、どうしたらいいんですかね?」
「とりあえず、クルマで、テキトウに移動してクダサイ」
「て、適当て……」
オカンの肩が、プルプルと小刻みに震え始める。
そして、次の瞬間、オカンの怒りに火が点いた。
「そんなこと言われても、ウチ、適当になんか運転できひんわ! うちの前の道、右に行くんか! 左に行くんか! 適当なんて言うんやったら、まっすぐ行って、お向かいの山田さんの家に突っ込むで!」
オカンの剣幕に、俺も百合香も唖然とする。
だけど、青ざめたオカンの顔を見て、俺は、なんとなくオカンの気持ちを理解した。
オカンは、怖いんや。怖い気持ちを、声を張り上げることで、押さえ込もうとしているんや。今のオカンは、キャンキャン吠えて、虚勢を張る小犬と同じ。まあ、そんな可愛いもんではないけどな。
オカンの剣幕に、誘拐犯もさすがに戸惑っている。
「デ、デハ、まず右に行ってクダサイ」
「右行ったらすぐ丁字路やで!」
「デハ、ソコを左に」
「左にまっすぐでいいんか!」
「ハイ、左にまっすぐ」
「国道に突き当たるで!」
「デハ、次は右にまっすぐ」
「右にまっすぐやな! ほんで……」
「次に突き当たったら、左にまっすぐ。また突き当たったら、次は右にまっすぐ。次は左にまっすぐ、というふうに行ってクダサイ」
「よっしゃ、わかった」
納得するんか~い! こんないい加減な指示、適当に行け、と言うてるのと同じやないか!
まあいいけど、オカンが納得したんなら。
「デハ、次に重要なコトを言いマス」
俺は、気を取り直して、子機に集中する。
「カナラズ、7時マデに出発してクダサイ。もっと正確に言うと、7時マデにクルマを発進させてクダサイ」
7時までに? 俺たちは、一斉に時計を見る。あと二十分もないやないか!
「7時を一秒でも過ぎると、宮島圭介サンの無事は、保証デキマセン」
俺たちは、顔を見合わせる。
「時間がアリマセンので、イソイデ準備をしてクダサイ。デハ、後ホド」
プツッ。
「ちょ、ちょ、次の連絡は……」
プー、プー、プー……
俺の声が届く前に、電話は切れた。




