29.別れの時
俺たちは、車のある部屋へと移動する。
「よかった。今ならまだ、宮島家のカーポートに着くことができますね」
トウマが、腕の機械を見ながら言う。
「えっ、どういうことですか?」
俺が聞くと、
「狭間を通ったとき、出口用のゲートを設定しておかなければ、ゲート地帯のどこに出るかわからないと申し上げましたよね」
「うん、言うてた」
と、俺より先に百合香がこたえる。トウマは、出来のいい教え子を見るように、百合香ににっこりと笑いかける。
「しかし、狭間を通ったあと、おおよそ八時間以内であれば、同じゲートを使えば、新たに出口用のゲートを設定していない限り、元のゲートがあったところに戻ることができるのです」
それを聞いて百合香は、
「へえ、そうやったんですか。さっき、ラビさんに地球に帰してもらうってなったとき、実は、ちょっと心配やったんです」
「えっ、百合香、気づいてたんか?」
俺が聞くと、
「うん。海にあるゲート地帯に出てしもたら、まずいなって」
ラビが、申し訳なさそうに、
「すみません。言うのを忘れていましたね」
「いえいえ」
「いえいえ」
俺と百合香が、同時にこたえる。あの状況じゃ、言い忘れるのも無理はない。俺も、ぜんぜん頭になかったし。それにしても、百合香、気づいてたら先に言えよ。
「そやけど、お父ちゃんがちゃんと来るか、そっちの方が心配で。とにかくここを出たら、なんとかなるような気もしてたし」
結局、なんとかなってたってことやけどな。そやけど、百合香、しっかりしてるんか、そうでないんか、ようわからんやつや。
トウマが説明する。
「地球とこちらは、直接行き来する以外、連絡を取る手段がありません。ですので、日本とイギリスの、ある地点で、向こうにいる仲間が、予め決めていた時間にゲートを稼動させているのです。私たちは、その時間に、地球に向かうようにしています。日本で、次のゲートを稼動させるまで、まだ十日ほどありますので、今を逃すと、それまでお待ちいただかなくてはいけません」
それを聞いて、オカンが慌てる。
「そら、あかん。ウチら、一家行方不明で、大騒ぎになってしまいます。時間、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。こちらに着いたのが、日本時間で7時20分ほどでしたので、まだ三十分以上あります」
「そうですか」
ホッとするオカン。
「あの~」
オカンが、イトサンの方を見る。
「ウチ、イトサンさんに、言うておきたいことがありますねん」
な、なんやオカン。
「イトサンさんは、お父さんにもお母さんにも、愛されてないて言うてはったけど、ウチはそんなことあらへんと思います。お母さん、病気のイトサンさんを親身に看病してはったんですよね?」
「は、はい」
「自分の子ども、かわいなかったら、そんなことできひんと思います。そりゃあ、人工子宮で生まれた特別な子どもやし、それを育てる責任も感じてはったと思います。けど、それだけやあらへん。赤ん坊のときからずーっと育ててきて、うわべだけで可愛がるなんてこと、そんなことできひんと思いますよ」
「はい……」
イトサンの目がうるんでくる。
「離婚するとき置いてかれたと思てはるけど、そら、あのオヤダマさんからイトサンさんを引きはがすなんて、お母さんでのうても、だあれもできません。そんなことしたら、えらいことになりますもん」
「は、はい」
イトサンが泣き笑いする。周りのみんなも、軽くうなずきながら同意の笑顔を見せる。
「今回のことかて、好きにしたらいい、言うてはったそうやけど、本心では反対やったと思いますよ。けど、オヤダマさんが決めて、イトサンさんが決心してはったこと、反対して、色々こじらせたら余計かわいそうやと思わはったように思いますわ」
イトサンは、うんうんとうなずく。
「オヤダマさんかて、相当ひねくれてはりますけど、イトサンさんのこと、愛してる言うのは、うそやあらへんのと違いますか」
「はい」
「もういっぺん、お父さんとも、それとお母さんとも、腹割って、よう話しはったらどうですか」
イトサンは、涙をそっとぬぐう。
「はい、そうしてみます。ありがとうございます」
イトサンは、オカンに笑顔を向ける。
「そしたら、そろそろ行こか」
車のほうに歩き出そうとして、百合香が、ふとイトサンに話しかける。
「イトサンさん、いい人見つけて、きっと幸せになってくださいね」
イトサンは、百合香ににっこりと笑いかける。
「ありがとう。でも、こんな私を愛してくださる物好き、そうそういないかもしれません」
「そんなことないですよ」
と、百合香。その百合香の声に重なって、
「そんなことありません」
「そんなことないです」
と、二つの声。俺たちは、二つの声がしたほうに目をやる。
声の主は、タッキーとラビ。俺たちの視線に、ふたりとも、顔が真っ赤になっている。
えっ、えーっ、もしかして、タッキーとラビは、イトサンのこと……
百合香は、にやりとして、訳知り顔になる。
「きっと、幸せって、自分でも気づかないくらい、ものすごく近くにあるものですよ」
オイオイ百合香、それは、16の高校生が言うことか。
ま、俺としても、タッキーとラビ、どっちがイトサンのハートを射止めるか、気になるところではあるけどな。
今度こそ、俺たちは、車に向かう。
車に乗る前に自動翻訳装置をはずして、トウマに渡す。トウマは、俺たちに頭を下げて、
「ミナサン、この度は、本当に、ご迷惑をおかけしマシタ」
そうやな、ホンマ、迷惑をかけられた。けど、こうして、無事我が家に戻れるとなると、不思議と、水に流してやろうという、寛大な気持ちになる。地球の、それどころか、宇宙の外に来るなんて、珍しい体験させてもろたしな。オトンも、
「無事帰ることができるんやから、これ以上気にせんといてください。えーっと、トウマさん……でいいんですよね。トウマさんには、最後は助けてもらったし」
「イイエ、そんな、私は、調子に乗っていろいろと……」
トウマは、また赤くなっている。
俺たちは、車に乗る。来るとき俺が運転したということで、オトンではなく、また俺が運転席に座ることになった。助手席にオトン、後部座席にオカンと百合香。
俺は、壁際からバックで、トウマが指示する元の位置まで車をもどす。
トウマが、運転席のドアを開けて、
「今、超音波発生装置を稼動しマシタ」
後ろを振り返ってみると、部屋の扉の横にある、スイッチボックスのようなものをタッキーが開けて、こちらにOKサインを送っている。
「ドアのロックをして、途中で開けないように気をつけてクダサイ」
「はい」
「それデハ、どうかお気をつけて」
そう言って、トウマは、ドアをバタンと閉めた。
窓の向こうでは、トウマとイトサン、ラビ、タッキー、それに呼び名をつけそこねたもうひとりの男が、そろって、俺たちに手を振っている。
なんでだろう、目頭が熱くなる。
俺は、涙をこらえて、心を落ち着かせる。
「それじゃ、行くで」
そう声をかけて、オトン、オカン、百合香が窓の外に手を振り返しているなか、俺は、静かにアクセルを踏んだ。
たちまち、俺たちは闇に包まれる。わかってはいても、
「うわっ」
「うわっ」
「うわっ」
オトンとオカンと百合香が、つい驚きの声をあげる。俺は、素早くヘッドライトを点灯させる。二筋の光が、闇の中で明るく前方を照らし出す。
明るい光の先を見つめながら、喜びがこみあげてくる。
よかった、ほんまによかった。
俺たちは、地球に帰るんや。
オトンと、オカンと、百合香と、俺の四人で――宮島家一家そろって、大阪のうちに帰るんや。




