28.四面楚歌
トウマは、顔を赤くし、微かに声を震わせている。勇気をふりしぼって声を上げた、そんなふうに見える。
「ラビは、大臣を裏切るようなことをしましたが、それは、本当は私がしなければいけなかったのです。いいえ、そもそも、私は、宮島圭介さんを拉致などしてはいけなかったのです。
私は、しばらく日本にいて、宮島家の皆さんのことを見てきました。宮島家のみなさんは、普通の家族です。家族そろって、日々の生活をつつがなく送ることに幸せを感じるような、日本の普通の家族です。
その幸せを奪うことは、たとえ異星人だからと言って許されることではないのです。サンボンの法が許しても、心が……私たちの心が許してはいけなかったのです。
どうか……どうか、宮島家のみなさんを、四人そろって、地球に帰してあげてください。お願いします」
俺たちは、驚いてトウマを見つめる。オヤダマも、驚いて、声もなくトウマに目をやっている。
そして、その驚きは、続く。
「わ、私からもお願いします。宮島圭介さんとご家族を、地球に帰してあげてください」
俺たちとオヤダマの、驚きの視線の先にはタッキー。
「トウマ……タッキーまで……しかし、私には、医療技術大臣としての使命が……」
ようやく声をとりもどしたオヤダマを、再び、別の声がさえぎる。
「大臣、もういいではありませんか」
そう言ったのは、もうひとりの男。男は、オヤダマをおだやかな視線で見つめる。
「人工子宮は、イトサンのことを公表しなくても、いずれ試験再開のときがきますよ。私たちは、そのときに向けて、よりよい人工子宮の開発を進めればいいのです」
「※〇#△%□……」
オヤダマが、男の名を呼ぶ。最後の砦を失う間際の、切ない呼びかけ。
男は、言葉を続ける。
「大臣の研究を受け継ぎ、人工子宮の開発を託されたとき、私は、その使命の大きさと、研究の面白さに舞い上がったものです。私は、いつかこれを世に出そうと、日々研究に打ち込んできました。
大臣は、そんななか、政治的にも、人工子宮を世に送り出すための努力を続けられました。けれど、それが一朝一夕には進まない中で、大臣の人工子宮への思いは、執念、いえ、妄執と言っていいものに変っていくのを、私は見てきました。
私は、それを知りながら止めることをしませんでした。私自身、自分の研究にとりつかれ、科学者としての使命を見失っていたのかもしれません」
「科学者としての使命……」
オヤダマがつぶやく。
「そうです。それを、今、イトサンの言葉で思い出しました。
人工子宮は、人々に幸せを与えるものであるはずです。しかし、イトサンは、人工子宮で生まれたことを重荷として背負い、自分の幸せを放棄しようとしていました。そして、おそらくですが、イトサンのお母さんも、人工子宮で生まれた娘を持つことで、なんらかの葛藤があったはずです。
大臣、私たちは人工子宮を開発する一方で、イトサンやそのお母さんの話を、きちんと聞く必要があったのです。
人工子宮は、これからのテテトトを救う救世主になる、その信念にゆるぎはありません。しかし、それがどう使われるか、どう使うのがよりよいあり方か、それをきちんと考えることもまた、私たち科学者の使命だということを、イトサンのおかげで思い出しました。
そして、そのあり方を示してこそ、倫理委員会を動かすことになるのかもしれません」
オヤダマは、呆然と男を見ている。
「私は……私は、間違っていたというのか……」
「間違いを犯そうとしていました。けれど、まだ修正することができます」
男は、変らずおだやかな目で、オヤダマを見つめる。
オヤダマは、黙り込む。
誰も声を上げようとはせず、沈黙が続く。
ようやく、オヤダマが口を開く。
「私は……私は、科学者であるときも、政治家であるときも、いつでも、その職務にまい進してきた。家族を……家族をないがしろにしたこともあったかもしれない。しかし……私は、サンボンの発展のために尽くし、実績を上げてきた。私は、間違ってなどいない……」
オヤダマは、大きく息を吸う。
「しかし、もういい。イトサンの婿に、この男はふさわしくない。この男は、イトサンを幸せになどできない。人の脅しに簡単に屈するようなやつだ」
「ちょっと、あんた、その言い方、聞き捨てならんわ。おとうちゃんは、ウチらのために……」
オヤダマの言葉に反応して熱くなるオカンを、オトンがなだめるその横で、俺と百合香は、小さくガッツポーズをする。やった! これで、オトンとオカンの離婚話は、お流れや。ていうことは、俺らみんなで……
「お父さん、それでは、宮島圭介さんとご家族みなさんで、地球に帰ってもらうということで、よろしいのですね?」
イトサンが、オヤダマに問いかける。
俺と百合香とオトンと、まだぶつぶつ言っていたオカンは、ハッとしてオヤダマに目を向ける。この部屋にいる者全員の視線を受けて、オヤダマは、
「それでよい。私はもう用はない。さっさと帰ってもらいなさい」
やった! やったで!
安堵のため息、喜びのため息が、部屋を満たす。
オヤダマは居心地が悪いのか、そのまま席を立って、部屋を出て行った。
オカンは、今日始めて、うれし涙をこぼしている。何べんも泣いたり怒ったり、今日は大変やったな。
そんなオカンに目をやって、イトサンがにっこりと笑顔を見せている。初めて見るイトサンの笑顔。キ、キレイや……
痛っ。俺の背中を百合香が、グーで小突く。
「鼻の下伸ばしてると、置いて帰るで」
百合香は、声をひそめたつもりやろうけど、大阪のオバチャンのDNAを引き継ぐ百合香の声は、部屋中に筒抜けや。
ハハハハハ、ハハハハハ……
今度は、笑いが部屋を満たす。
おいおい百合香、こっち来て恥かいたの二度目やで。
まあいいか。俺も一緒に笑っておこう。
ハハハハハハハハ……




