27.父の驚き、娘の願い
テーブルの左側中ほどに、奥から、オトン、オカン、俺、百合香の順に座る。オトンの向かいにオヤダマが腰を下ろす。
他の人たちが立っていると、
「あなたたちも、座りなさい」
オヤダマの指示に、オヤダマの奥にイトサン、オヤダマの手前に、ひとつ空けて男、トウマ、タッキーの順に座る。ラビは、机の端に立ったままだ。オヤダマは、ラビを一瞥したが何も言わなかった。
オヤダマは、俺たちをずいっと見て、オトンに視線をもどす。
「宮島圭介さん、私は、あなたが私の頼みを聞いてくだされば、宮島美也子さん、龍之介くん、百合香さんが、無事地球に戻ることを保証する、と申し上げた。こんなことを企てると、その保証ができなくなってしまいます」
オトンより先にラビが、
「しかし、それは、私が」
「ラビ、黙りなさい!」
口を挟むラビを、オヤダマが容赦なく制する。
「しかし、私とて、事をこれ以上荒立てたくはないのです」
オヤダマが促すと、トウマが、スーツの胸ポケットから離婚届を取り出して、オカンの目の前に広げた。そこには、オトンのサインが書かれている。オトンが二度目に書いたものだ。
オヤダマは、今度はオカンに目をやる。
「宮島美也子さんが、ここでおとなしくサインをしてくだされば、このまま、三人を、地球に送り届けましょう」
「そ、そんな……」
オカンが、俺の隣で、小刻みに体を震わす。
「宮島圭介さんも、それをお望みですよね」
オヤダマが、オトンをまっすぐに見据える。オトンは、オヤダマを見返して、ゴクリと息を呑む。そして、おもむろに口を開く。
「は……はい。お母ちゃんを……龍之介を……百合香を……地球に……大阪の家に……帰してやってください」
「オトン……」
そんな……そんなこと、いいわけないやろ……いいわけあるはずがないんや!
俺は、思わず声を上げていた。
「あかん! そんなんあかん! オトン、俺ら一緒に帰ろ。オトンも一緒にうちに帰ろ。俺らは家族や。一緒に帰らなあかんのや」
「龍之介……」
オトンが、切ない目を俺に向ける。オカンと百合香が、俺の隣で鼻をすすり始める。
オヤダマが、俺たちを見て、イライラと声を上げる。
「みなさん! みなさんは、今、自分たちが置かれている状況をおわかりですか! これ以上引き伸ばすのなら……」
その時だ。
「やめて! お父さん、やめてください!」
オヤダマの言葉をさえぎったのは、イトサンだった。
オヤダマは、ハッとしてイトサンに目を向ける。
「私は……私は、この方とは、結婚したくありません」
オヤダマの顔に驚愕の表情が浮かぶ。俺たちも、驚いてイトサンに目をやる。
「えっ、イトサン、しかし、おまえは……」
「はい、私は、宮島圭介さんと結婚することに、納得をしていました……していたつもりです」
「だったら、なぜ今さら……」
「今さらこんなことを言い出して、ごめんなさい。だけど……だけど、この方たちの幸せを、こんなふうに奪う必要があるのか、私にはわからなくなったのです」
「しかし、それは、テテトトの未来の……」
「私は、もちろん、この国の医療技術の発展を望んでいます。お父さんがそれを進めることに、私も、娘として誇りに思ってきました。だからこそ、今回のことも納得したのです。
しかし、このように愛で結ばれた家族を引き裂いてまで、私が、この方と結婚する必要はあるのでしょうか」
「もちろん、あるとも」
そう言い切るオヤダマを、イトサンは、ひたと見据える。
「もし、それで、私が不幸になったとしても?」
「イ、イトサン……」
「もし次に結婚することがあるなら、本当の愛で結ばれた家族を作りたい、この方たちを見て、私は、そう思いました。この方たちを見て、今までの私には、望むべくものではなかった思いにかられたのです」
「イトサン、それはどういう……」
イトサンは、オヤダマを切なげに見やる。
「お父さん、私は、お父さんにもお母さんにも、大切に育てられてきました。けれど、お父さんもお母さんも、私を本当に愛してくれていたでしょうか。私が、人工子宮で生まれた特別な存在だから大切にしてきた、そうなのではありませんか」
オヤダマは、驚きの表情を隠そうともせず、イトサンを見つめる。
「決して、そんなことはない。私は、おまえを、娘として心から愛している」
イトサンは、ふうと息を吐く。
「私は幼い頃、よく熱を出し、お母さんに親身になって看病をしてもらいました。お姉さんからは、自分より私のほうが、お父さんとお母さんに可愛がられていると、よく焼きもちを焼かれたものです。
けれど、あるとき気がついたのです。お母さんは、お父さんに何か言われるのが嫌で、私の体のことを、必要以上に気遣っていたのだと。
そして、お父さんについて行くのが難しくなったと、お母さんが離婚を切り出したとき、お母さんは、お姉さんだけを連れて行き、私をおいていきました。
お母さんは、私を……自分のお腹ではなく、機械から生まれた私を、ただ腫れ物にさわるように育てていただけなのです」
イトサンは、つと目を伏せる。けれど、ひとつ大きく息を吸うと、また顔を上げて話を続ける。
「そして、いつしか私自身、私は人工子宮から生まれてきた唯一の存在なのだから、その存在意義を全うしなければならない、そう考えて、だれかに愛されること、だれかを愛することは、望むべきものではないと、考えるようになりました。今思うと、そう考えることで、孤独から逃げていたのかもしれません」
じっと聞いていたオヤダマが、声を振り絞る。
「そんな、孤独だなんて……お母さんは、イトサンを心から大事に思っていた。それに、私だって……」
イトサンは、ふるふると首を振る。
「口では、何とでも言えます」
オヤダマは、口をつぐむ。
「ともかく、私は、このような状態で宮島圭介さんと結婚しても、とても幸せにはなれません。ただただ、罪の意識に苦しむことになるでしょう。
私は、たとえ子どもができなくても、幸せな結婚をしたい、そう望んではいけませんか、お父さん」
「イトサン……」
オヤダマが言葉を失い、沈黙が落ちる。
しばらくして、
「大臣、どうかイトサンの望みを聞いてあげてください。私からもお願いします」
沈黙を破って声を上げたのは、トウマだった。




