26.待つ家族
俺たちは車に駆け寄る。
「発車の準備して待つで」
二人に声をかけて、俺は運転席に乗りこむ。オカンは助手席に、百合香はその後ろに乗り込んで、バタンとドアを閉める。
「あっ」
百合香が、声を上げる。
「内側からは開けられへんようにしたって、トウマさん、言うてたよね」
百合香が、閉めたドアをもう一度開けてみる。
「開いたわ」
俺とオカンも、それぞれドアが開くのを確かめる。今は、その細工、作動してないみたいや。
俺たちは、オトンが来るのを今か今かと待ち受ける。座席に座ったまま、首を後ろにむけて、部屋の扉を見つめ続ける。
オトンは、なかなか来ない。
「まだかな」
「遅いな」
「まだ来へんな」
「遅いな」
俺たちの口からは、そんな言葉しか出てこない。そんな中、百合香が、
「あっ、そや」
何かを思い出したようにつぶやく。俺は気になって、
「何や? 百合香」
「えっ、まあええわ」
そう言うと、また、そわそわと後ろを向いた。
なんや、百合香、いいんなら、紛らわしいこと、言わんといてえな。それより、今は、とにかくオトンや。
俺たちは、部屋の扉を見続ける。
途中でオヤダマたちに見つかったんやないやろな。考えたくはないけど、そんな不安が、だんだんと募っていく。胸が、痛いくらいバクバクとし始める。
俺は、腕時計を見る。車に乗ったのは、日本時間で13時26分。今は、13時35分。もう少しで10分が経過する。やっぱり、遅すぎるんと違うか。
その時だ。
「お父ちゃん!」
真っ先に声をあげたのは百合香。ガラスの扉が開いて、ラビとほぼ同時に、オトンが飛びこんできた!
「オトン!」
「おとうちゃん!」
俺は、素早くエンジンをかける。
オトンが、俺の後ろの席のドアを開ける。
「おとうちゃん!」
「お父ちゃん!」
座席にすべり込むオトンを迎えながら、オカンと百合香が、もう一度歓喜の声を上げる。
「おう!」
オトンが、大声でそれに応える。
俺は、すでに発車の体勢に入っている。
ラビが運転席の窓の向こうで、大声を上げる。
「さようなら! 気をつけて!」
「ありがとう!」
「おおきに!」
「ありがとう!」
オトンとオカンと百合香が、口々に礼の言葉を叫ぶなか、俺はゆっくりとアクセルを踏んだ。
少しでも車が進めば、狭間に入る――俺は、そう思いこんでいた。
ゲートを開くための超音波がどこから出ているのかわからんけど、うちのカーポートを出発したときも、そうやった。すぐに狭間に突入して、俺たちは闇に包まれた。
けど、今は、車が進んでも何の変化もない。
目の前の壁に向かって、ただ部屋の中を、最徐行で進んでいるだけ。
もうアカン! 俺は壁にぶつかる寸前でブレーキを踏んだ。
窓の外に目をやると、ラビが窓の向こうで、驚愕の表情を見せている。そして、訳が分からないとでもいうように、首をしきりに横に振っている。
俺たちは、声も出せず、ただ呆然とする。
いったい、どうなっているんや。俺らは、地球に帰られへんのか……
その時だ。
「ラビっ! 何をしているのですかっ!」
車の中でも聞こえるような、オヤダマの大声が部屋中に響き渡る。ラビがハッと扉の方に目をやったのに続き、俺も後ろを向く。
トウマとタッキーが部屋に駆け込み、そのすぐ後ろからオヤダマがやってくるのが見えた。
オヤダマたちが車のそばまで来ると、トウマが、オトンの座る後部座席のドアを、おもむろに開けた。
「宮島圭介さん、どうぞ車を降りてください」
それから、車内をのぞきこんで、
「みなさんも、どうぞ降りてください」
俺たちは、黙って顔を見合わせる。
もう、どうにもならへんのはわかってる。けど……けど……せっかく、みんなで、うちに帰れると思ったのに……
「くそっ!」
俺は、思わずこぶしをハンドルにたたきつけた。クラクションが、『プ――――ッ』と、物悲しく響き渡る。
「龍之介、降りよ」
オトンに言われて、俺は、しぶしぶドアを開ける。座席から立ち上がって外に出ると、ラビが泣きそうな顔を俺に向けた。
「龍之介くん、申し訳ありません」
震える声で、俺に謝る。違う、ラビのせいやない。ラビだけが、俺らの味方をしてくれたんや。ラビの泣きそうな顔を見たら、俺も泣けてきそうになる。唇をかんで、涙をこらえる。
オカンと百合香も、よろよろと車を降りる。ちょうどその時、部屋の扉が開いて、さっきの部屋にいたもうひとりの男が、急ぎ足で入ってきた。
「よかった、間に合いましたね」
男は、ほっとした表情を見せる。
そして、ラビに向かって、
「トイレからなかなか戻らないので、気になって様子を見に出たのですよ。そしたら、ボックスに乗って別棟に向かう、ラビと宮島圭介さんが見えたのです。急いで母屋のリモートコントロール室に向かい、超音波発生装置の稼動を停止させました」
男の口調に責める感じはないが、ラビは、俺に見せた泣きそうな顔とは打って変わって、男をキッと見据えている。
「ラビ、とんでもないことをしてくれましたね」
男とは違い、オヤダマの口調は、ラビを強く責めている。オトンが、思わず、
「やめてください! ラビさんは、私の気持ちをくんで、助けようとしてくれたんです」
オヤダマは、オトンを冷ややかに見る。
「それが、とんでもないことだと言うんですよ。とにかく、場所を移して話をしましょう。トウマ、会議室へ」
「は、はい。では、みなさんこちらへ」
部屋の一番奥の壁際にある車から、扉のところまでは、けっこう距離がある。トウマの後ろを、オトン、俺、オカン、百合香は、重い足取りでついていく。
扉を抜けて、トウマは、ホールの左手の部屋に向かう。会議室は、最初にトウマたちと話をした部屋だった。
俺たちが部屋に入りかけたとき、向こうの階段からイトサンが足早に降りてきた。オヤダマがそれを見て、
「大丈夫なのかね? わざわざ来なくてもかまわないが」
「大丈夫です」
イトサンはきっぱりと言う。
部屋に入ると、俺たちは、再び机の左側に腰掛けた。今度は、オトンも一緒に。




