25.走る家族
部屋の扉が後ろで閉まると、俺と百合香は足を速める。
「大丈夫です。宮島圭介さんには、20分ほど、大臣を引き止めるようにお願いしていますので、まだ時間はあります」
そう言いながらも、ラビも足を速める。オカンもついてきて、俺たちは、ほぼ小走りになる。
「ちょっと、あんたらそんなにトイレ行きたかったんか?」
と、オカン。やっぱ、オカンわかってなかったな。
「違う、オカン。ラビが、オトンも一緒に、俺らを地球に帰してくれるんや。さっきの英語、そういう話やったんやで。今から、車のとこ行って、オトンが来るの待っとくんや」
俺が、早口に説明する。一瞬の間をおいて、オカンは、
「ええーっ!」
驚きの声をあげる。
「しーっ!」
「しーっ!」
思わず、俺と百合香は、オカンを黙らせる。さっきのラビの英語、オカンは理解できんでよかった。もしわかっていたときの、オカンの反応を想像すると……ごまかしきれたか、自信がない。
「ほ、ほんまか?」
オカンは、声をひそめる。
「そうや」
ロビーに下りる階段のところに着く。階段を下りながら、
「ちょ、ちょっと、トイレは?」
オカンが、言にくそうに言う。そうか、オカン、ホンマに、トイレ行きたかったんやったな。ラビは、腕の時計を見ながら、
「大丈夫です。時間はあります」
階段を下りきったロビーの、少し奥に、トイレがあった。オカンが、トイレに駆け込む。
「二つありますので、よかったら、百合香さんもどうぞ。龍之介くんも、隣に男性用がありますので」
「は、はい」
百合香も、急いでトイレに入り、俺も、隣の男子トイレに駆け込む。次、いつトイレ行けるかわからんしな。
男性用のトイレも二つあったが、二つとも個室になっていた。洋式トイレのような形やけど、便器が斜めになっていて、高さが高い。大のときは、こんな高いの、やりにくいやろな。便座みたいなものもないし。俺は疑問に思いながらも、とりあえず、用を足す。
水を流すボタンのようなものが、壁についていて、俺は、ためらいながらも、それを押す。すると、お、おおっ、便器が丸ごと下がって、水平になっていく。それに、便座が、くるりと後ろから現れた。そ、そういうボタンか、これは。
感心してる場合やない。はよ、せな。見ると、もうひとつボタンがある。もう、ためらわずそれを押す。やった、水が流れた。
急いで、トイレを出て、さっと手を洗って廊下にもどると、オカンも百合香もまだいなかった。女子は、時間かかるもんやしな。
オカンと百合香を待ちながら、俺は、ラビに気になっていたことを聞く。
「あの、なんで、俺らを助けてくれるんですか?」
ラビが、ちょっと微笑む。
「人として、そうすべきだと思ったからですよ。私は、ロンドンにいたとき、絆の強いイギリスの家族を、いくつも見てきました。あなたたちも、その人たちと同じです。深い愛で結ばれた家族です。この人たちを引き裂いてはいけないと思いました」
「テテトトの家族は違うんですか?」
「ここでも、もちろん家族を大切に思う心はあります。ですが、なんというか、もう少し、ドライな愛と言っていいでしょうか。テテトトと地球と、二つを比べると、なんとなくそう感じます」
ふうん、ここと地球と、ふたつの星で暮らしたことがあるラビやからこそ、感じることがあるんやな。
「あの、こんなことして、ラビさん、まずいことになりませんか?」
ラビは、相変わらずにっこりと、
「大丈夫です。私のことは心配しないでください」
そう言っている最中に、オカンと百合香がトイレから出てきた。
「ここのトイレ、使い方、ようわからんわ」
オカンが言っている。
オカン、ちゃんと流したやろな……ま、いっか、そんなこと気にする必要もないな。
「さあ、行きましょう」
俺たちは、こっちに来るときにも乗った、エレベーターのような箱の、扉の前に行く。
ラビが、壁のボタンを押すと、扉はすぐに開いた。
「私は、こちらでスタンバイして、宮島圭介さんを案内しますので、先に行って準備をしてください。場所はわかりますね」
「はい」
そうこたえながら、箱に乗り込む。オカンと百合香も続く。
「別棟には、今日はだれもいないはずですので、安心してください。それでは、グッドラック!」
「ありがとう!」
「おおきに!」
「ありがとう!」
扉が閉まって、ラビの笑顔が見えなくなった。箱がすーっと動き出す。
さっきは、少しは外の景色を眺める余裕があったが、今は、そんな余裕はまったくない。箱の動きが、往きよりも遅く感じる。俺もオカンも百合香も、行き着く先の、別棟の建物ばかり見ている。
やっと、別棟に着く。扉が開くのも、もどかしく、俺たちは箱を降りる。
エレベーターホールから右手に、さっきの廊下を逆に行く。
オトンが来るまで、まだ時間があるはずやけど、俺らは小走りに走る。
廊下の先の階段を駆け下りる。右手に、トウマたちと話をした部屋の扉を見ながら、先に進む。
突き当たりに、大きなすりガラスの扉。
その横に、ボタンがついている。俺は、そのボタンを勢いよく押す。
扉が、音もなくすーっと開く。
俺の目に、シルバーのカローラが飛び込んできた。




