24.秘密の会話
ラビは、オヤダマに報告する。
「宮島圭介さんは、なぜもう一度署名をするのかと、疑念を抱いておられます。最初の用紙が使えなくなった理由を正直に申し上げるのは、はばかられ、私がためらってしまったばかりに、疑念が大きくなったようです」
「上手くごまかせなかったのかね?」
ふんっ! 卑怯者のオヤダマなら、なんとでも詭弁をふるうやろな!
「申し訳ございません。いろいろ説得してみたのですが、私では、なかなか納得していただけませんでした。それで、大臣と直接話をさせてほしい、大臣から話を聞いた上で、改めて署名をするとおっしゃっています」
なんや、気が変ったというわけではないんか。
オカンが言うように、離婚届の署名は、オトンの俺らへの愛やいうことは、わかる。わかるけど、それでも、オトンが署名せんかったら、署名せんと粘っとったら、なんか突破口が開けるかもしれん。俺のあきらめの悪い心は、そんなことを思てしまうんや。
「しかたありませんね」
オヤダマは、しぶしぶという様子で立ち上がる。ラビはオヤダマに、
「それと、宮島圭介さんから、伝言をもうひとつ預かっております」
「何だね?」
「トウマとタッキーに、拉致されたときのことで確かめたいことがあるとおっしゃっていました。できれば、大臣と一緒に来てほしいと」
「それくらいは、かまわんでしょう。トウマ、タッキー、私と一緒に来なさい」
「はい」
「はい」
「ラビは、ここにいなさい」
「わかりました」
ラビが、離婚届の用紙をトウマに渡す。
オヤダマと、トウマと、タッキーが部屋を出て行った。この部屋には、俺たち三人の他は、ラビと、イトサンと、もうひとりの男だけになった。
オヤダマたちが出て行っても、重く沈んだ空気は変らない。
その空気を変えようとでも気を遣ったのか、ラビがいきなり、
「龍之介くんと百合香さんは、学校で英語を勉強しているんですよね」
声をかけてきた。
「ここしばらく、英語で話をしていないんですが、少し私と英語で会話をしてくれませんか」
オイオイ、それ、今することか。こっちは、家族が引き裂かれようとしている瀬戸際なんやで。自分では気を遣っているつもりか知らんけど、ラビって、ホンマKYなやつや。
俺と百合香が、あきれて返事をしないのも気にせず、ラビは、勝手に英語でしゃべり出した。
「I'd like to set four of you free. I will make a chance to let you leave here.」
あれっ、どういうことや? 俺がポカンとしていると、
「I'd like to set four of you free. I will make a chance to let you leave here.」
ラビは、同じことをもう一度繰り返した。
俺は、ラビに向けていた視線を百合香に移す。百合香も、目を丸くしてラビを見ていたが、俺と目が合うと、真剣な目で小さくうなずいた。
そうか、やっぱそういうことやな。ゆっくり話してくれたから、俺にもなんとなくわかった。ラビは、俺たち四人を自由にしたい――逃がしたい。ラビがここを出るチャンスを作る、そんなようなことを言うてるんや。
もし、ラビが本気やったら、これは、すごいことやぞ。俺の心臓が、バクバクし始める。
「ラビ、何を話しているのですか?」
もうひとりの男が、ラビにたずねる。
「私が、三年ほどロンドンにいたことを話していたのですよ」
ラビが、話の内容をはぐらかす。この男もイトサンも、英語はわからんはずや。自動翻訳装置かて、今つけているのは、日本語を翻訳する装置やし。これは、俺たちだけに話を聞かせる、ラビの作戦や。
百合香が、機転をきかす。
「ロンドンにいたなんて、まじでびっくりして。あたし、英語好きやから、イギリスにも行ってみたいと思ってたんです。ロンドンの話、聞かせてください」
「わかりました。それでは――」
俺と百合香は、ラビに集中する。
「 Go to the room your car is there, and wait for your father. He will go there after my boss will leave the room he is in.」
俺らの車がある、あの部屋に行って、オトンを待て。オトンは、オヤダマがオトンがいる部屋を出たあと、そこに来る、そう言うてるんやな。
さっき、ラビがオトンのところに行ったとき、オトンと打ち合わせをしたに違いない。
ラビは、ゆっくりと英語で話を続ける。
「 The machine to open the gate is ready. Start the car, then you will go back to the earth.」
ゲートを開ける装置の準備はできている。車を出せば、俺たちは地球に戻れる。そういうことか?
「 Get it ? 」
ラビは、にこやかに俺と百合香を見る。
「え、あ、はい」
「はい、わかりました。ロンドンて、いいとこですね」
ホンマは、もっと細かい作戦を聞きたいところやけど、この状況では、今ラビが言ったことを理解しただけでも上出来や。
俺は、気になって、もうひとりの男のほうに目をやる。こっちを向いてはいるけど、とくに怪しんではいないようだ。イトサンのほうを見ると、相変わらず目を伏せてじっとしている。
「ところで、ここに来てからだいぶ時間がたちますが、お手洗いは、大丈夫ですか?」
ラビが、たずねる。
そうか、そうきたか。もちろん、ここは行きたいと言わなあかん。けど、俺が答えるより先にオカンが返事をした。
「すんません、ウチ、さっきから行きたいと思てましてん」
オカンの場合、ホンマに行きたい可能性高いな。英語わかったかどうか、怪しいし。
「あたしも、トイレ行きたいです」
と、百合香。
「俺、なんか緊張の連続で、実は、さっきから、ちょっとお腹痛いんです。トイレ行けば治ると思いますけど」
俺は、トイレに時間がかかるアピールをする。もちろん、もうひとりの男を意識しての発言や。
「わかりました。では、お手洗いにご案内しましょう」
ラビの言葉に、俺たち三人が立ち上がると、
「ラビ、私も一緒に行きましょう」
と、もうひとりの男。
ちっ! 俺は、心の中で舌打ちをする。けど、すかさず、ラビが、
「いえ、私ひとりで大丈夫ですよ。それより、※〇#△%□は、イトサンと一緒にいてください。イトサンの顔色が、あまり優れないようです」
もうひとりの男と俺たちは、イトサンに目をやる。イトサンは、顔を上げて、
「私なら大丈夫です」
そう答えたが、声が微かに震えている。それに、イトサンの顔色は、思った以上に青ざめていた。とても、大丈夫とは思えない。もうひとりの男が眉をひそめる。
「私は、ここにいることにします。ラビ、案内をお願いします」
イトサンの具合が悪いのを喜んでは申し訳ないが、今の俺たちには、天の助けや。
「では、行きましょう」
ラビについて、俺たちは、部屋を後にした。
本文中の英語は、辞書を引き引き、なんとか作文したものです。
文法や用法について、お気づきの点がありましたら、教えていただけると幸いです。




