23.父のメッセージ
さすがに、オヤダマから笑顔が消える。
「みなさん、落ち着いてください。みなさんにご迷惑をおかけしているのは承知です。
しかし、私は、サンボンの、そしてテテトトの将来に、責任のある立場です。このまま、テテトトの人口が減り続けるのを、黙って見ているわけにはいかないのです。
あなた方は、この星の者ではない。申し訳ないが、異星人に迷惑をかけることを気にしている場合ではないのです」
そうか、それが本音やな。
「さあ、宮島美也子さん、署名をお願いします。あなたが取る道は、それしかないと、もうおわかりでしょう」
オカンは、黙ったまま、じっと離婚届を見下ろしている。
やがて、おもむろにペンを取る。
「オカン……」
「お母ちゃん……」
オカンの手が尋常じゃないくらい、ブルブルと震えている。なかなか、ペン先を紙につけることができない。
「オカン、やめてくれ……」
「お母ちゃん、やめて……」
俺と百合香が、オカンを止めようとすると、オカンは逆に意地になる。無理にでも書こうとして、署名欄に、ペン先を押しつける。
オカンは、休み休み、震えと戦いながら、なんとか『宮島』まで書き終えた。手汗をふいて、続きを書こうとする。
もう、見ていられない。
「オカン、やめてくれ……」
「お母ちゃん、ほんとにやめて……」
俺と百合香は、今度は、オカンの手を押さえる。
オカンは、俺らの手を振り払おうとする。
「そやかて、無駄にできんやろ」
「え……」
「え……」
オカンの目から、ポトリと涙が落ちた。
「おとうちゃんが、ウチらのために、これ書いたんやで。ウチらを地球に帰すために、自分を犠牲にしたんやで」
「オカン……」
「お母ちゃん……」
「おかあちゃんは、おとうちゃんの気持ち、ようわかる。おとうちゃんはな、自分はどうなってもいい、龍之介と百合香とウチを、無事に地球に帰したい、ただそれだけを願っているんや」
オカンの目から、ぽろぽろと涙があふれ出す。
「その願いを叶えなあかんのや。この離婚届の署名には、おとうちゃんの願いが、おとうちゃんの、ウチらへの愛がこもっているんや。それを……それを、無駄にしたらあかん……」
オカンの涙が、俺と百合香に伝染する。
「おとうちゃんな、さっき、ウチらに、愛してる、って言うてくれた」
「え?」
「え?」
「1、1、2、って、あれ、『I love you』っていうサインやねん。『 I 』が1、『love』の l が1、『you』の y がピース。昔、使ってたウチとおとうちゃんのサインや。さっきの映像、見たやろ。おとうちゃん、必死に、ウチらに、愛してるってメッセージ送ってくれた」
俺と百合香は、うんうんとうなずく。
「おとうちゃんの愛、しっかり受け取ろ。それが、おとうちゃんの望みなんやから」
俺と百合香は、もう何も言えない。
オカンは、再び離婚届に向かう。オヤダマもイトサンも、この部屋にいる者が皆、黙ってオカンを見守る。
けど、オカンの決心とは裏腹に、オカンの震えと涙は止まらない。離婚届を前にして、オカンの目から次々に涙があふれてくる。ほおに伝う涙をぬぐおうとするも間に合わず、ポトリ、ポトリと、大粒の涙が離婚届に落ちる。
「あっ……」
オカンが、小さく声を上げる。
見ると、オカンの涙で、オトンの署名がにじんでいた。
小机の近くでオカンを見守っていたラビが、それに気づく。ラビは、オカンの前に行くと、離婚届を手に取ってオヤダマに持っていく。
「これでは読めません。役所で受理されないでしょう」
「なんてことだ。予備の用紙はあるだろうね」
「はい」
「しかたない。宮島圭介さんに、もう一度書いてもらうしかないでしょう。今度は、油性のペンを使うように」
「はい。先に、宮島美也子さんに書いてもらいましょうか」
「いや、宮島圭介さんに先に書いてもらうほうがいいでしょう。ラビ、宮島圭介さんに署名してもらってきなさい」
「はい」
ラビが出て行くと、部屋に沈黙が落ちた。
イトサンは目を伏せ、オヤダマさえも、俺たちと目を合わせたくないのか、軽く目を伏せている。トウマとタッキーと、もうひとりの男も、うつむき加減だ。
とりあえず、離婚届の署名が先に延びて、オカンは、ソファに深く座りなおす。
静寂の中に、俺とオカンと百合香の鼻をすする音だけがする。
ラビはなかなか戻ってこない。
長い間、だれも話さず、動くこともしない。オヤダマだけが、たまに、イライラと軽く身じろぎして、部屋の扉に目をやる。
チリンと、鈴の音のような心地よい音がした。オヤダマたちは扉の方に目をやる。つられて俺たちも扉に目をやる。扉がすーっと開いた。
やっと、ラビがもどってきた。
ラビは、つかつかとオヤダマの前まで行く。
「申し訳ありません。宮島圭介さんに、署名をいただくことができませんでした」
えっ?
俺は、ポカンとラビを見る。オカンと百合香も、目を見開いてラビを見つめる。
オトン、気が変ったんか?




