22.卑怯者っ!
「な、何これ……」
オカンが、口の中でつぶやく。
「離婚届ですよ。そこに署名していただければ、あとはこちらで処理いたします」
オヤダマは、最初のにこやかな笑顔に戻っている。
「ウチは……ウチは、こんなん書かへんよ。離婚なんかせえへん」
オカンが歯を食いしばる。オヤダマは、そんなオカンに、食えない笑顔を向ける。
「宮島圭介さんは、納得していただけたようですがね」
俺は思わず、叫んでいた。
「オカン、だまされたらアカンで! オトン、脅されて書いたに決まってる!」
「龍之介くん、私たちは、そのようなことはしませんよ。お願いをして、聞き入れてもらっただけです」
「お父ちゃんのこと、脅して連れて来たくせによう言うわ!」
百合香が、反撃する。
「そのことについては、部下が勝手にしたこととはいえ、申し訳なかったと思っていますよ」
トウマが、また縮こまる。
「しかし、ここはテテトトです。そのような野蛮なことは、いたしません。たとえあなた方が、法によって保護されていない異星人であっても、我々と同じ人間です。しかも、宮島圭介さんは、私の娘婿にと考えている方ですよ。脅して書かせるなど、野蛮なことをするはずがありません」
うそや! オトンが、ホンマに納得して書いたっていうんか……
俺は、イトサンに目をやる。イトサンは美人で若い。
片や、オカンは、どうひいき目に見ても、美人とは言えん。せいぜいブスではないというくらい。それに、どこからどう見ても46のオバハンや。朝、化粧する間もなく家を飛び出してきたすっぴんの顔には、シミがいくつか浮いている。体型かて、順調にオバハン化してるしな。
それに、イトサンの親父は、こんな野郎やけど、国のナンバー2や。この家を見てもわかるように、大金持ちでもある。その娘婿になれば、働くこともなく、悠々自適に暮らせるやろう。
けど、けどや、オトンが、納得して離婚届に署名なんかするはずがない! 絶対にない!
オトンは、俺らのオトンなんや。俺らを見捨てるはずがないんや……
「脅してない、言うんやったら、オトンに直接確かめさせてください!」
俺は、オヤダマに向かって、言葉をぶつける。
「それは困りましたな。そうですな、今、あなた方と宮島圭介さんを会わせるのは、お断りいたしましょう」
オヤダマは、困ったふうもなく、あっさりと答える。
「会わせへんて、それって、お父ちゃんのこと監禁してるってことですよね!」
百合香も、オヤダマに言葉をぶつける。
「監禁て、日本やったら立派な犯罪やけど、ここではそうやないんですか! 野蛮なことやないんですか!」
百合香の必死の反撃にも、オヤダマは笑顔をくずさない。
「宮島圭介さんを監禁などしていませんよ。宮島圭介さんのいる部屋には鍵などかけていませんし、見張りもいません。宮島圭介さんが部屋を出たければ、いつでも出ることはできます。ただ、私は、宮島圭介さんのところにあなた方をお連れしたり、宮島圭介さんをここにお呼びしたりするのは、お断りします、と言っているだけです」
コ、コイツ……
今度は、オカンが反撃に出る。
「そ、そしたら、ウチらがここを出て、おとうちゃんを探させてもらいます」
オヤダマが、微かに顔色を変える。百合香が、それを見逃さない。
「まさか、あたしら、監禁されてるわけないですよね。そんな野蛮なことはするわけないて、大臣さん言うてはりましたよね」
オヤダマは、一瞬で、笑顔にもどっている。
「もちろん、あなた方を監禁などしていませんよ。しかし、ここは、私のプライベートな場所です。あちこち、勝手にうろうろされるのは困りますな」
「そんなん、ウチらにはどうでもいいことですわ」
オカンの強気に、オヤダマはにこやかにこたえる。
「宮島美也子さん、ひとつお忘れではありませんか?」
「へ?」
「あなた方は今、私たちの客人ですが、どうやってお帰りになるつもりです?」
「あっ……」
まさか、コイツ、卑怯な……
「私のお願いを聞いていただけないなら、それも結構でしょう。どうぞ、この部屋を、この屋敷をご自由に出て行っていただいてかまいませんよ」
オカンと百合香の顔が真っ青になっている。たぶん、俺の顔も。
「く、車に……」
オカンのつぶやきに、オヤダマは、
「もちろん、車に乗って行っていただいてもかまいませんよ。どうやって、あの部屋から出られるのかわかりませんが。できれば、壁を壊されるのは、ご遠慮いただきたいものですな」
く、くそっ、これが、コイツのやり口かっ!
オヤダマは、俺らを監禁してないと言う。脅してないと言う。けど、そんなのただの詭弁やんか。
コイツらの助けなしに、俺らに地球に帰る手立てはない。この屋敷を出て行っても、テテトトのことなんか何にもわからん、自動翻訳装置がなければ、言葉も通じひん。異星人に過ぎない俺らは、ただ路頭に迷うだけや。
「あたしら、地球に帰られへんの?」
百合香の声が震えている。
オヤダマが、尊大に答える。
「皆さん、安心してください。私は、宮島圭介さんと約束したのです。宮島美也子さんに、離婚届に署名していただいたあとは、速やかに皆さんを地球にお送りすると」
「…………」
「…………」
「…………」
俺らが……俺ら三人が、人質やったんか……俺とオカンと百合香を人質に、オトンを脅した、オヤダマがなんと言おうと、オトンを脅した、そういうことか……
「くそお――――――――っ!」
俺は、思い切り叫ぶ。
「卑怯者っ! あんたなんか、サイテーの野蛮人やんかっ!」
百合香が、大声でののしる。
オカンは……オカンは、言葉を失って、虚ろにオヤダマを見つめている。




