21.母の反撃
「あのう……」
百合香が、沈黙を破る。
「ひとつ気になることあるんですけど」
「なんでしょう」
と、オヤダマ。
「オヤダマさんが、うちのお父ちゃんとイトサンさんを結婚させようとしている理由はわかったんですけど、何で、そのためにお母ちゃんをここに連れて来たんですか? 離婚してもらうためって言うてはったけど、ここは地球やないんやし、離婚とか関係なく結婚できるんと違うんですか? それに、地球やったら、結婚しなくても子ども産んではる人、いっぱいいてますよ」
オイ、百合香、なんてこと聞くんや。ホンマに、こっちに関係なく勝手に結婚されたら困るやろ。まあ、確かに気になることではあるけどな。
オヤダマは、答える。
「結婚せずに子どもを産むことは、ここでもあるにはあります。ただ、サンボンでは、父母ともに等しく責任を持って子どもの養育を行うという考えが浸透しており、最初からその責任を放り出す父親というのは、非常に稀です。私の孫の父親が、その稀な存在というのは、よろしくないでしょう」
要するに世間体てやつやな。サンボンは、決まりや約束を守ることに価値を置いているって、トウマが言うてたけど、そんな国のナンバー2の娘が、シングルマザーではかっこつかへん、そういうことやな。
「それに、正式に離婚しないままでは、サンボンの法に違反することになるのです」
「えっ、でも、トウマさんは、あたしら異星人のことは、まだ法が整備されてないて」
「そうなのですが、わが国の婚姻規定を厳守しようとすれば、引っかかってしまうのです」
どういうことや?
「わが国は、重婚を禁止しています。そのため、婚姻の規定に、『婚姻関係を結ぼうとする者は、婚姻届を提出する時点において、サンボン、並びに、その他のいかなる国においても、公的に認められた婚姻関係を結んでいてはならない』という条文があるのです」
それって、日本で結婚してたらあかんていうことか?
「その他の国というのは、おそらくは、テテトトの国々を想定したものでしょう。しかし、条文には、そのことは明記されていません。法の私的解釈は禁物です。イトサンの結婚に一点の曇りもないようにするためには、宮島圭介さんに、正式に離婚していただく必要があるのです」
はあ、人工子宮のためやったら、徹底的にやる、そういうことやな。
「そやけど、そんなきっちりした法のある国で、よその星から来た人間と結婚なんかできるんですか?」
百合香の質問は、さらに続く。
「テテトトにも、戸籍のない人というのは、稀にいます。そういう人を救済し、市民権を与える法も、サンボンには存在します。宮島圭介さんにも、サンボンの市民権を持ってもらうことはできます。宮島圭介さんが公に出る必要はないよう、手立ても考えておりますし、法的にも社会的にも、とくに問題はないでしょう」
「ちょっと、オヤダマさん!」
黙って聞いていたオカンが、ここにきて声を上げる。オカンを見ると、多少青ざめてはいるものの、顔をまっすぐにオヤダマに向けて、しっかりと見据えていた。
「それでいいんですか!」
オカンは、声を張り上げる。
「なんぼ医療の発展のため言うても、娘の結婚相手に、この星の人間でない、アンタらにしたら、どこの馬の骨ともわからん四十男を選ぶなんて、それでいいんですか!」
オ、オカン……
「そりゃあ、おとうちゃんは、いい人やで。家族のためにまじめに働いて、ウチやら龍之介やら百合香のことを一番に考えてくれて。優しくて、頼りになるいいおとうちゃんや。見た目かて、けっこう男前やし、45には見えへんし」
オ、オカン……後の方は、ひいき目……ではない、よな。うん、ない。
「けど、イトサンさんの相手でいいんですか! イトサンさんは、それで幸せになると思てるんですか!」
オカンの剣幕に、さすがのオヤダマも引いている。
イトサンは、驚きの表情を再び見せる。
けど、オカンの糾弾を遮ったのは、イトサンやった。
「やめてください! 私が納得しているのです。私が納得して、医療の発展に尽くしたいと考えているのです。それでいいではありませんか!」
イ、イトサン……その言い方は、納得してるけど、幸せではない、そう答えているのと一緒やで。
イトサンの言葉に、オヤダマも声を取り戻す。
「イトサンの幸せは、もちろん、私も願っています。宮島圭介さんとなら、イトサンは自分の子どもを持てるのです。宮島美也子さん、あなたも、龍之介くん、百合香さんがいてくれて幸せでしょう」
方便か本気か知らんけど、オヤダマは、自分の都合のいいように問題をすりかえる。
「そ、そやけど、ウチは……」
一瞬、オカンの言葉が詰まったすきに、
「十分、説明は尽くしたようですな。それでは、離婚の手続きに入りましょう。ラビ、用紙をこちらへ」
オヤダマの声が部屋中に響き、オカンの反撃の機会は、とりあげられた。オ、オイ、俺らは、納得しとらんぞ!
「は、はい」
ラビが答える。ラビの横にいた男が、さっと動いて、部屋の隅にあった小机をオカンの前に置く。その机の上に、ラビが、一枚の紙切れとペンを置いた。
俺とオカンと百合香は、あっけにとられてその様子を見ている。そして、ラビが小机から離れると、俺たちは、その紙切れに目をやった。
実物を見たことはないけど、ドラマでは何度も見たことがある、おなじみのその紙切れ。
いわゆる、離婚届というやつ。
そこには、すでに、オトンの署名があった。右上がりでくせのある、オトンの筆跡で。




