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20.ボスの身勝手

「そしたら、オヤダマさんも、不妊症みたいなことに、なってたんですね?」

オイオイ百合香、そういうことは聞かへんのがエチケットやで。

「いいえ、私たち夫婦は、そういうことはありませんでした。上の娘は、自然妊娠で生まれています」

オヤダマは、気にするふうもなく、答える。

「えっ、そしたら何で?」

百合香の質問は続く。百合香は、いつの間にか、メモとペンを手にしている。

「私が、手塩にかけて開発した人工子宮です。私の子どもに使うのは当然でしょう」

 当然て……俺は、さっきまで、オトンや俺らの人体実験を心配してたけど、これは、そういうのと違うんか。


 オヤダマの誇らしげな表情が、ここで曇る。

「人工子宮の初めての試験で、無事イトサンは誕生しました。しかし、その後が続かなかったのです。その後、五組の夫婦が試験に参加したのですが、いずれも、ある程度までは育つものの、誕生するまでには至りませんでした」

「全員、途中で死んだってことですか?」

百合香の好奇心は遠慮ない。

「はい」

「いったいどうして?」

「それは、はっきりとは、わからないのです。人工子宮は、イトサンのときと全く同じように作動していたのですが、他の胎児は、途中で心不全などの異常を発症したのです。今となっては、イトサンの生命力が、特に強かったとしか言いようがありません」

 オヤダマは、さっきとは打って変わって悲しげな表情を見せる。

「そして、胎児の死が続いたことで、人工子宮の試験使用は倫理上問題とされ、医療技術省の倫理委員会で、中止が決定したのです」


 オヤダマの話は、熱を帯びてくる。

「私は、人工子宮の開発をあきらめませんでした。その後も、研究を続け、改良を重ねたのです。しかし、実際の人での試験については、なかなか倫理委員会の許可が下りませんでした。業を煮やした私は、自ら、政治的影響力を持つべきだと考え、政治家へと転身したのです」

 はあ、執念やな。

「そしたら、もう、試験、再開できるようになったんですか?」

 百合香の好奇心は続く。

「倫理委員会での承認まで、あと一歩というところまでは行きました。しかし、ここで問題が起きたのです」

 オヤダマの顔が苦々しげにゆがむ。

「私とは別の人工子宮の研究者が、無許可で試験を行い、胎児が死亡していたことがわかったのです。このことは非常に問題視され、私の開発した人工子宮も、試験使用の承認は見送りとなりました」

 そらまた、とんだトバッチリやな。

「まったく、無許可で試験を行うなど、ありえない愚行です。たとえ、試験に成功したとしても、無許可で行ったことがわかれば、厳しい罰則があるばかりか、その人工子宮は、永遠に日の目を見ることはないのです」

 オヤダマの顔、すごい形相になってるぞ。


「その後も、私は、地道に人工子宮の有用性を説いてきました。医療技術大臣にもなり、今また、試験再開まで、もう少しというところまできています。ここで私は、試験再開を確実なものとすべく、人工子宮で誕生した実例を、世間に公表しようと考えているのです」

 えっ、それって、もしかして……

「まさか、アンタ、イトサンさんを世間のさらし者にする気か?」

オカンが、思わず、声を上げる。イトサンが、わずかに驚きを見せて、オカンのほうに顔を向ける。

「人工子宮で生まれたということは、世間の賞賛に値することです。さらし者という言い方は適当ではないと思いますが」

 オヤダマの考え方は、俺たちとはだいぶズレてるな。サンボンの人たちがそうなのか、人工子宮バカのオヤダマだからそうなのか。たぶん、後者やな。


「イトサンが誕生した当時は、人工子宮の試験は非公表だったため、イトサンの存在を世間は知りません。今、私は、医療技術大臣の権限で、公表に踏み切ろうと考えています。人工子宮で誕生しても、健康に立派に成長することがわかれば、試験再開に向けて、大きな説得力を持つでしょう」

 そりゃそうやろけど。

「ただ、ひとつ気がかりなのは、イトサンが子どもを産めないと誤解されるということです。イトサンの特殊な遺伝子は、人工子宮によるものではありません。しかし、イトサンが子どもを産めないとなると、人工子宮で生まれたせいだという誤解を招く恐れが大いにあります」

 そうか、それが答か。


「そんな……勝手すぎるわ。そんなことで、子ども産ませるなんて。イトサンさん、かわいそう」

百合香がつぶやいて、イトサンに目をやる。俺とオカンも、イトサンを見る。

 イトサンは、百合香の言葉に、一瞬目を伏せた。

 が、すぐにまた顔を上げた。無表情だった顔つきが、決意の表情に変っている。イトサンは、俺たちを見据える。

「私は、テテトトの医療技術の発展のために生まれてきたのです。それが、私の使命なのです」

 俺たちがこの部屋に来てから、イトサンが初めてしゃべった。初めてイトサンの口から聞く言葉は、なんとも切ないものやった。


「お母さんは? お母さんは、このことについて、なんて言うてはるんですか?」

オカンが、イトサンにたずねる。自分やったら認めへん、オカンの口調はそう言っている。

 イトサンより先にオヤダマが、

「妻とは離婚しているのですよ」

「えっ」

 オカンは、軽い驚きの声を漏らしたけど、すぐに、納得したように、うんうんとうなずく。俺にかて、オヤダマが離婚した理由は、容易に想像がつく。人工子宮のために家族をないがしろにする自己中夫に、奥さんは、ついていかれへんかったんやろな。

 イトサンは、

「私が16の時に両親は離婚したのです。母は姉を連れて出て行きました」

表情からは、何の感情も読み取れない。

「16て、今のあたしの歳やね」

百合香がつぶやく。イトサンが、ハッとしたように百合香に目をやった。が、すぐに元の無表情に戻って、

「母とは、たまに会うことはあります。私の思うようにしたらいいと、言ってくれています」

 なんとなく切ない空気が流れて、ちょっとした沈黙が落ちた。


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