19.誘拐の理由
「私は、イトサンに健康な子どもを産んでもらいたいのです」
オヤダマは、いきなり本題に入る。
「イトサンは、一度結婚していたことがあります。そのときには、なかなか子どもを授かりませんでした」
イトサンを見ると、また無表情に戻っている。
「そこで、詳しく検査をした結果、イトサンの持つ遺伝子が夫と合わず、妊娠が難しいことがわかったのです」
「まさか、それでイトサンは離婚したんか?」
オカンが、思わずというかんじで、口を挟む。
「まあ、きっかけはそうですな。しかし、イトサンにも夫にも異存はありませんでした」
オヤダマが、イトサンのほうを向くと、イトサンは黙ってうなずいた。
俺もオカンも百合香も、あっけにとられてオヤダマとイトサンと見比べる。ここは、ホンマに文明の進んだテテトトなんか。江戸時代の日本やないんか。
「イトサンは、決して妊娠できないわけではないが、特殊な遺伝子を持つため、妊娠できる相手というのが、かなり限られてくるのです。これまで、テテトトで、そういう相手を見つけることができませんでした」
ま、まさか……
「ところが、日本で医療技術の調査をしているときに、日本にイトサンの遺伝子と合う男がいることがわかったのです」
オヤダマが、そう言い終えたとたん、百合香が、
「まさか、それがお父ちゃん? お父ちゃんの遺伝子ってそんなに珍しいもんなん?」
オヤダマの説明を先取りして、せっかちに質問する。
「いいえ、日本では、珍しいというほどではないようです。ただ、私たちにとって、日本で多くの人の遺伝子情報を集めるのは難しいのです。集まった情報の中で、イトサンの遺伝子に合う人物を探した結果、その中で一番適当だったのが宮島圭介さんということです」
そ、そんな……
「ちょ、ちょっと、おとうちゃんかて、結婚してるんやで。適当ていうことあらへんの違います?」
オカンが、声を荒げる。
「そうですな。ですが、遺伝子が合う人の中では、一番適当だったのです。集めることができた遺伝子情報は、高齢の方のものが多く、イトサンに合うとわかった人も、高齢の人ばかりです。三十代、四十代の方が多少いましたが、ほとんどが病気をお持ちでした」
「もしかして、どっかの病院で、採血した検体盗んで遺伝子調べたんと違うか?」
俺がつぶやいたのを聞きつけて、オカンが、
「そや、おとうちゃん、人間ドック受けたあの病院違う? あそこ、なんかいい加減なかんじしたわ」
オカンは声を落としたが、向かいのオヤダマにも聞こえたらしい。
「情報の入手方法は、申し上げられません」
オヤダマが言うが、オカンは、
「もう、あの病院は二度と行かへん」
「ともかく、宮島圭介さんは、健康状態は良好で、気質の面でも、とくに問題はありませんでした」
オヤダマの、その言い方、なんかムカつくな。
「多少歳の差はありますが、許容範囲でしょう」
「歳の差て、イトサンさん何歳なんですか?」
百合香が聞くと、
「イトサンは、31歳です」
へえ、思てたよりは上やった。せいぜい25、6やと思てた。トウマたちもそうやけど、ここの人たちはみんな、若く見えるな。
オカンはと見ると、トウマたちの歳を聞いたときと違って、『若う見えるな』とは、言わんかった。何とも言えない表情で、黙ってイトサンを見ている。
俺は、オカンが気の毒になった。オカン、歳でも、見た目でも、家柄でもイトサンに負けてるもんな。オカン、大丈夫やで、オカンは何と言っても、地球人や。あれ、こんなんで慰めになるやろか。
「宮島圭介さんは、既婚ということさえ除けば、一番適当な人物だというわけです」
そんな話を聞いていて、俺はふと思いついた。オトンの遺伝子なら、俺も受け継いでいるかもしれん。
俺は、さっきとは違う目でイトサンを見てしまう。俺がイトサンと結婚するのは問題ないんと違うか? 俺、独身やし。イトサン、美人やし。かなり無愛想ではあるけどな。
いやいやいやいや、ここは、地球やないんやで。こんなとこに婿に入るのはごめんや。けど、オトンを救うには、俺が代わりになるしか……
俺が、そんなことを考えているのを知ってか知らずか、オヤダマが、
「龍之介さんの遺伝子を念のために調べさせてもらいましたが、イトサンには合いませんでした」
「えっ? い、いつの間に?」
「それは、私がお答えします」
と、トウマ。
「宮島圭介さんの遺伝子を受け継いでいる可能性を考え、龍之介さんを少し見張らせていただきました」
「えーっ!」
そんなぁ。
「大学の講義の最中、龍之介さんは居眠りをされ、かなりの量のよだれを垂らされたのです。それをこっそり拝借いたしました」
ぬおっ。こ、ここで、居眠りをバラさんといてくれ。
「お兄、よだれ取られたの気づかんかったん?」
百合香、追い討ちかけんといてくれ。
「う、うん」
「ぐっすり眠っておられたので」
トウマ、余計なことを。
「せめて、髪の毛で調べてくれたらよかったのに」
俺がブツブツ愚痴ると、
「唾液のほうが、精度がある検査ができますので」
トウマは律儀に答える。こんなとこで恥かくとは、夢にも思わんかった。トホホ。
俺が真っ赤になっている間に、百合香がさっさと話題を切り替える。
「そやけど、オヤダマさんは、なんでそんなに、イトサンさんが子どもを産むことにこだわるんですか? こんなわけのわからんことしてまで、子ども産む必要あると思えへんけど」
そ、そうや。ここまでする必要あるんか。俺も、気持ちを切り替える。
「たしかに、普通ならここまでする必要はありません。しかし、私は、この国の医療技術の発展を推進すべき医療技術大臣であり、イトサンは、この国の医療技術の発展にとって特別な存在なのです」
「?」
「?」
「どういうこと?」
「医療技術大臣になる前、私は、医療技術を開発する技術者でした。サンボンに限らず、テテトトでは、不妊症をかかえる人々は増えており、人口が減少の一途をたどっています。私はこの問題を解決するひとつの方法として、人工子宮の開発を進めていました。ここにいるイトサンは、人工子宮で生まれた唯一の成功例なのです」
なんや、ジンコウシキュウて? ポカンとする俺の顔を見て、
「人工子宮とは、受精卵から胎児を育てることができる機械です」
「それって、もしかして、お腹痛めんでも、子どもを産める機械ってことですか?」
オカンが尋ねる。
「そうです」
答えるオヤダマの顔が誇らしげだ。
「そんなら、イトサンさんは、機械から生まれたってこと?」
百合香が、驚いてイトサンを見る。俺とオカンもイトサンに目をやる。無表情だったイトサンの顔が、一瞬ゆがんだのを、俺は確かに見た。




