2.ウソかマコトか
俺はすかさず、そのまま、オカンのケータイで、オトンのケータイにかけ直す。
プッ、プッ、プッ、プッ、プッ…………
オカンのケータイは、オトンのケータイの電波を探し続ける。俺は辛抱強く待つ。その間、オカンが、俺の隣で、じっと黙って待っていたのは奇跡に近い。
電話が、留守電に切り替わった。
うっ、どうしよ。けど、このまま切るわけにはいかへん。
「あ、あのー、宮島龍之介です。さっきの電話ですけど、最後のほう、聞き逃してしまって。要求、何やったんですか。身代金いくらとかの話ですよね」
身代金と聞いて、オカンが、ヒュッと息をのむ。
「それで、あの、すみませんが、もう一回、電話かけ直してください」
誘拐犯相手に、我ながら、間抜けな留守録やな。
電話を切ると同時に、オカンの大声が復活した。
「ちょっと、身代金て、いったい何やの! おとうちゃん、どないしたん!」
「今から説明するて。さっきの電話な……」
その時、
「何してんの?」
百合香が、騒ぎを聞きつけて起きてきた。
三才下の妹、百合香は、高校二年生。俺が、二流の大学にやっとこさ受かったのに引きかえ、百合香は、優秀だ。府内でも有数の進学校に通っている。
ボサボサの寝癖頭で起きてきた百合香とオカンに、俺は、
「落ち着いて聞いてや」
と前置きして、さっきの電話のことを説明した。オトンのケータイを使って、知らない男から電話がかかってきたこと。オトンを拉致したと告げられたこと。
「それ、ホンマか?」
とオカン。
「マジで。うそやろ」
と百合香。
俺の忠告に従ったわけではないだろうが、オカンも百合香も、リアクションが薄い。
おそらく、ふたりとも、話にピンときていないのだ。直接電話で話した俺だって、まだ信じ切ったわけじゃない。俺から又聞きで聞いている二人が、半信半疑なのも無理はない。
「それ、ほんまに、お父ちゃんの電話やったん?」
と百合香。
「そうや。ディスプレイに名前出てたし」
「そやけど、ケータイ、盗まれたとか、落としたのを勝手に使われたとか、そういうこともあり得るんちゃう?」
「うん。俺も、イタズラの可能性もあるとは思たんやけど……」
オカンが、腕を組んで、ちょっと考え込む。
「龍之介は、おとうちゃんと、直接話してないんやな?」
「うん」
「そやったら、イタズラかもしれへんな。おとうちゃんが誘拐される理由があらへんもん。大の大人が誘拐されるんやったら、どこぞの大企業の社長とか、大金持ちとか、相場が決まってるし」
「そうやで。うちみたいな貧乏人が、誘拐されるなんて、ありえへん」
百合香の言葉に、オカンが、反応する。
「ちょっと百合香、うちは、金持ちではないけど、貧乏ではあらへんで。貧乏やったら、銀行さん、住宅ローン貸してくれへんねんで」
「そやけど、貧乏やからて、いつも欲しいもん我慢させられてるやんか」
ちょ、ちょっと待て。俺も百合香に賛成やけど、それは今する話やない。
俺は、声を張る。
「それでな、オトンを助けたかったら、要求がある、って言うてた。たぶん、身代金やと思うけど」
「み、身代金て、いくら?」
さっきもそうだけど、オカンは、身代金という言葉への反応は強い。
「それ聞こうとしたら、オカンが大声出して、聞こえへんかったんや。そのあと、電話切れてもて」
「それで、さっき、電話かけてたんか。そやけど、身代金て、いくらやろな? 百万、いや、かき集めたら、二百万くらいはなんとかなると思うけど、それで足りるやろか」
絶対、足りん気がする。ていうか、オカン、誘拐の話、信じるんか?
「ちょっと、お兄、それで、電話かけてどうしたん? つながらへんかったん?」
「うん。留守電には、かけ直して、って入れといたんやけどな」
「かけ直してって、イタズラ電話かもしれへんのに?」
百合香が、信じられへん、という顔つきで俺を見る。し、仕方ないやろ。ほかに、どうすればよかったんや。
「と、とにかく……」
俺は、気を取り直して、話をもとにもどそうと試みる。
「イタズラやったら、まあ問題ないけど、万が一ホンマやったら、オトンが危ないことになるやろ?」
そう言った瞬間、オカンと百合香が、ハッと息をのんだ。二人とも、真剣な顔つきになる。
そして、俺自身、今、自分が言った言葉にハッとする。話の流れで、つい口走った自分の言葉に。
俺もオカンも百合香も、オトンが誘拐されるなんてありえへん、なんかの間違いやって言っていた。けど、心の隅で、万が一ってことがないわけじゃないとわかってはいた。でも、それを認めるのが怖かった。だから、俺たちは、オトンが誘拐されるなんてありえへん、そう思い込もうとしていた。言わば、現実逃避。
けど、図らずも俺が言った言葉に、三人とも、万が一を見過ごすと、大変なことになる、と気づいた。ホンマはイタズラかもしれんけど、俺らは、万が一のために、全力を尽くさなアカンのや。
「なあ、オカン。オトン、今日何時に帰る予定やったん?」
これを皮切りに、俺とオカンと百合香は、事態への対処に動き始めた。
「えっ、8時半ごろやと思う。前に、夜行バスで帰ってきたときは、それくらいやったから」
三人が、一斉に時計を見る。6時15分。オトンが帰る予定時間までには、まだだいぶある。
オトンのケータイがつながらなければ、こちらからオトンに連絡するすべはない。
オトンの無事を、どうやったら確かめられる?
このまま、オトンの帰りを待つしかないのか。オトンから、あるいは、さっきの電話の主からの連絡を、待つしかないのか。
しばらくして、百合香が、
「バス会社に、お父ちゃんが乗っているか、確かめてもらったら?」
「そうや、オカン。オトン、どこのバスで帰るん?」
「えっ、し、知らん。そんなん、聞いてへんもん」
「えーっ! バス会社に片っ端から聞くしかないんか!」
俺は、頭をかかえこむ。
「ケーサツ……」
「えっ?」
「もう、警察に頼むしかないんちゃう?」
そうや、百合香の言う通りや。俺らだけで、ちまちま、バス会社調べても、埒が明かへん。
「オカン、警察に電話しよ。もしイタズラやったとしても、こんなタチの悪いイタズラ、立派な犯罪や」
「そ、そやな」
オカンは、ふらふらと電話台に向かう。
「警察て、たしか、110番やったな」
「そやで。俺が電話しよか?」
「いい、おかあちゃんがする。110番するの、初めてやわ。なんか、緊張するな」
オカンが、電話の前に立つ。顔がひきつっている。俺と百合香は、オカンを両脇で見守る。
オカンが、受話器を手に取ろうとしたときだ。
電話器のディスプレイが光って、一瞬のち、トゥルルル、トゥルルル……と鳴り出した。
俺たち三人は、びくっと体を震わせる。
ディスプレイの表示は『コウシュウデンワ』。
「オトンや!」
「おとうちゃんや!」
「お父ちゃんや!」
俺もオカンも百合香も、ケータイを失くしたオトンが、公衆電話から連絡してきたと疑わなかった。




