16.俺の心配
トウマを先頭に、タッキーをしんがりに部屋を出て、俺たちは、左手の階段を上る。階段を上った先は、長い廊下になっていた。
廊下の左側は、部屋が並んでいるらしく、ほぼ等間隔にドアがある。右側は、窓になっていて、窓からは庭園が見える。美術館とかにあるような、花壇や芝生がある、きれいで手入れされた庭園。
庭園の見え方からすると、この廊下のあるところが一階のようだ。さっきの部屋があったところは、地下になっていたのかもしれない。
今は、昼ごろなんだろうか。明るい日差しが、庭園に降りそそいでいる。
物珍しいはずのテテトトの光景が、地球とそう変らなかったせいもあるが、俺には、周りの様子より、もっと気になることがあった。さっき生まれたその心配の種は、こうしてトウマについて歩きながら、少しずつ膨らんでいく。
トウマは、ボスが、医療技術の大臣やと言うた。それに、テテトトについて説明をしたときに、俺らは、遺伝子レベルでテテトトの人たちと同じ生命体やとも言うた。
そこから、俺は、『人体実験』という、恐ろしいワードを導いてしもたんや。俺たち異星人には、人権を守ってくれる法もないということやし。
オトンは、なんかの医療技術の実験台にされるために、拉致されたんと違うか? もしかしたら、俺たちも、実験台にされるために、オトンを囮におびき出されたんと違うか?
そんな恐ろしい考えが、頭の中で膨らんで、心臓がドクドクと音をたて始める。
前を行くオカンと百合香は、沈んだ様子で歩いてはいるが、そこまでは考えていないらしい。『こんな庭、日本にもあるな』とか、『あの花、見たことあるわ』とか、小声で話しながら歩いている。俺が抱える不安と恐怖は、とりあえず、この胸に収めておこう。
廊下の中ほど左手に、エレベーターホールがあった。俺たちはそこで立ち止まる。正面にふたつ、エレベーターの扉が並んでいる。トウマが、ふたつのエレベーターの間にあるボタンを押す。
「今から母屋に移動いたします」
「母屋?」
と、百合香。
「はい、ここは、別棟ですので」
「えっ? 何の別棟で、何の母屋なん?」
と、オカン。
「あっ、申し遅れました。ここは、オヤダマ大臣の屋敷です」
「えーっ」
「えーっ」
「えーっ」
どんだけデカい屋敷なんや!
俺たちの驚きは、さらに続く。
俺たちが待っていたエレベーターは、正確にはエレベーターではなかった。左側のエレベーター(のようなもの)が到着し、扉が開くと、そこには人が乗る透明な箱があった。
透明なエレベーターなら日本にもあるが、その箱は、垂直には移動しない。ゆるい傾斜の坂を登るように、建物から外へと延びる、透明なトンネルの中を移動していく。透明なトンネルは、四、五十メートルほど先にある、大きな建物につながっていた。
俺たちは、箱に乗って移動しながら、広大な庭園の景色を楽しむことができる。さっきの庭園も広かったが、ここはもっと広い。手入れされた芝生と、色とりどりの花、青々とした木立が、降りそそぐ日差しをあびて、輝いている。
見ると、ところどころで、丸っこいロボットのようなものが、ちょこまかと動いていた。
「あれは、庭の管理をするロボットです。水やりや、草刈りなどをしてくれます」
「はあ~」
「はあ~」
「はあ~」
俺たちの口からは、ため息しか出ない。ここに、遊びに来たんやったら、どんだけ楽しかったやろな。さすがに俺も、この箱での移動中は、さっきの不安のことをすっかり忘れていた。
母屋に着いて箱を降りると、そこは、ちょっとしたロビーのようになっていた。正面にある幅の広い階段を上り、左右に分かれている廊下を、トウマについて右に進む。
別棟の建物がシンプルな造りだったのに対し、こちらは洒落た雰囲気だ。廊下の壁には、腰板があしらわれ、床は絨毯敷きになっている。たとえるなら、別棟が学校で、こちらが高級ホテルといった感じ。
母屋に着くと同時に復活した、『人体実験』という俺の不安は、廊下を進むにつれ、さらに強まる。大ボスとの対面の時が、もう、すぐそこまできているという緊張感も加わって、心臓の鼓動が半端無い。
オカンと百合香も、さすがに一言も発しない。オカンは、カバンをぎゅっと胸に抱え、百合香は、背負ったリュックの肩ひもを握りしめて、まっすぐ前を向いて、トウマのあとをついていく。
廊下の突き当たり、大きな扉の前で立ち止まる。すでにロビーの階段を上りきったところから見えていた、大きな扉。おそらく向かう先はここだろうと予想できた、立派な扉。
トウマがボタンを押す。カメラか何かで、俺たちのことを確認しているのか、そのまま数秒の時が過ぎる。
そして、扉は、静かに左右に開かれた。




