15.誘拐犯の正体
トウマは、腕の機械を確認する。そして、
「そろそろ、アナタたちを、上の者のところにご案内イタシマス」
俺たちは、顔を見合わせる。オカンと百合香の顔に、今までにない緊張の色が見える。
「ソノ前に、ワタシたちの国について、少し説明しておくようにと指示されてイマスので、もう少し、ワタシから話をさせてクダサイ」
俺たちは、また顔を見合わせる。
「まず、この国の名前デスが、※△#◎%、といいマス」
「は?」
「は?」
「は?」
トウマが、ふうっと息を吐く。
「どうぞ、ワタシたちの国に、日本語の名前をつけてクダサイ」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ? いいん?」
さっきから、そうしてきたやろ、女性陣!
「百合香、アンタつけさせてもらい」
「う、うん。ぜんぜん聞き取れへんかったけど」
「※△#◎%、デス」
「ハ、ハヌ?」
眉間にシワを寄せて聞き取ろうとがんばる百合香に、
「ぜんぜん違てもええやん」
こんな時にも、主導権を発揮するオカン。
「そ、そやな。そしたら……えーっと、サンボン……にしよかな」
「なんやそれ?」
と、思わず、俺。
「そやかて、ここ、地球やったら、日本とだいたい同じとこにあるて言うてたやろ。イッポンやと、ニホンより偉そうやから、サンボン」
はぁ、百合香、賢いようで、どこかオカンの思考回路受け継いでるな。
「そりゃええな」
と、オカン。ハイ、決定。
国名も決まり、トウマが、サンボンの説明を始める。
「え、えー、テテトトの科学技術が、地球に比べて進んでいることは、先ほども申しマシタ。ワタシたちの国、サ、サンボンは、そのテテトトの中でも、一歩進んだ技術力を持ってイマス」
そう言われても、こんな名前やと、マヌケな星のマヌケな国に聞こえるけどな。
「とくに、わが国が力を注いでいるのは、医療技術デス。ワタシの上の者というのは、そのサンボンの、医療技術大臣を務める者でございマス」
あれっ、トウマ、今、さらっと何かスゴイこと言うたぞ。
「それって、まさか……」
「えっ……」
「うそやろ……」
俺もオカンも百合香も、言葉を失う。ま、まさか、そんなやつが、オトンを拉致した大ボスや言うんか!
俺たちが、声を出せずにいると、
「医療技術大臣というのは、わが国では、国家機関の事実上ナンバー2にあたりマス」
トウマが追い討ちをかける。
俺たちは、ポカンとトウマを見つめる。
やっとのことで、
「そ、それって、総理大臣の次に偉いっていうことか?」
と、声を絞り出すオカン。
「イイエ、この国で総理大臣にあたる者は、あくまでも事実上デスが、ナンバー3デス。サンボンに限らず、テテトトでは、法を守ることを非常に重んじる風潮がアリマス。ですので、事実上のナンバー1は、日本でいうところの、法務大臣ということになるデショウか」
「ホウ? ホウって法律のことですか?」
今関係ないことかもしれんと思ったけど、俺は思わず聞き返していた。
「法律を守ることもそうデスが、ここでは、もっと広い意味にとらえられてイマス。たとえば、決まりを守るとか、約束を守るとか、そういったことに、大きな価値を置いていると言うとわかりやすいデショウか」
はあ、わかったような、わからんような。
「テテトトの多くの国は、経済や外交などの政治面では成熟してイマス。その成熟した安定を支えているのが法だと考えられていマス。ですので、法を整備し、広く国民に浸透させることは、非常に重要視され、法務大臣の役職も重視されるのデス」
黙って聞いていたオカンが、
「ちょっと!」
と声を上げる。
「なんかようわからんけどな、そんな国の、偉い大臣さんが、人を誘拐するってどういうことやねん! ここじゃ、誘拐は犯罪やないんか! 言うてることとやってることが大違いやろ!」
そ、そうや! オカンの言う通りや! 百合香もぶんぶんとうなずいている。
「も、申し訳アリマセン。で、ですが、わが国では、テテトトの外で拉致を行うこと、ならびに、異星人を拉致することに関しましては、まだ法で規制されておりマセン。ここでは、ほとんどの人民が、まだ異星人の存在すら知らないため、そこまで法の整備が進んでイナイのデス」
俺たちは、再びポカンと口をあける。
い、異星人て、俺らのことか?
俺は、いつか写真で見た、人間に捕まって連行される、銀色全身タイツの宇宙人の姿を思い出す。お、俺らは、あの宇宙人みたいなもんなんか?
「い、異星人て……」
オカンの一言が、戸惑いの余韻を残して、沈黙が落ちる。俺たちは、否定する言葉を持たない。
これ以上何か話せば、事をさらに荒立てると思ったのか、トウマも口をつぐむ。
無言の時が流れる。
そのまま、どれくらいそうしていただろう。トウマの腕の機械が、また、ピピ、ピピと鳴った。腕の機械を確認したトウマが、
「そ、それでは、そろそろ皆さんをお連れいたしマス」
そう言って立ち上がる。すると、
「トウマ、自動翻訳装置を」
と、タッキー。
「あっ、そ、そうデシタ」
トウマは、ラビが持ってきた箱から、ラビがつけていたものと同じイヤホンを、三組取り出した。
「コレは、ラビがつけていたものと逆で、サンボン語を拾うと、自動的に日本語に翻訳シマス。これから、大臣に会っていただくにあたって、コレをつけていただきマス」
イヤホンを俺たちに渡しかけて、トウマは、
「そうだ、少しお待ちクダサイ」
そう言って、イヤホンをテーブルに置く。そして、スーツの上着のポケットから、小さな機械を取り出した。俺が使っている電子辞書のような形の、二つ折りの機械。
トウマは、その機械をせわしなく操作する。そして、
「これでいいデショウ。自動翻訳装置を通しても、固有名詞は、そのままの発音で聞こえマスので、今、この星はテテトト、この国はサンボン、ワタシはトウマ、タッキーはタッキー、ラビはラビ、と聞こえるように、自動翻訳装置の更新をいたしマシタ」
そう言って、イヤホンを俺たちに渡しかけて、再び、
「あっ、もう少しお待ちクダサイ」
トウマは、さっきの機械をもう一度操作する。今度は、少し思案している様子。
やがて、
「ハイ、これでいいデショウ。このあと、大臣と話をされるとき、大臣の名前が出るコトがあるかもしれマセン。大臣は、※%◎#△※□%#、といいマスが、聞き取りにくいと思いマシタので、『オヤダマ』と聞こえるように設定いたシマシタ。
さらに、大臣のご息女の名前があがるかもしれマセンので、ご息女は、『イトサン』と聞こえるように、設定しておりマス。その他の名前があがりマシタラ、固有名詞はサンボン語の発音のママ聞こえマスことを、ご了承クダサイ」
「は、はい」
「はあ」
「はい。けど、オヤダマはわかるけど、なんでイトサン?」
百合香の問いに、トウマの代わりにオカンが答える。
「お嬢さんのこと、関西では、『いとはん』とか『いとさん』て言うんや。今の若い子は、知らんのやなあ。トウマさんのほうがよう知ってはるわ」
オカンがちょっと微笑んで、こんな時でも、ほんの少し空気が和んだ。それにしても、大臣にオヤダマなんてつけて、トウマ、怒られへんのやろか。ま、バレへんやろけど。
俺たちは、渡されたイヤホンを、トウマの説明通りに両耳につける。
「なんか、ちょっとサンボン語でしゃべってみて」
と百合香。
「は、はい。よく聞こえますか」
「そやから、サンボン語でって」
「今サンボン語で話しています」
「えーっ」
「えーっ」
「えーっ」
ほんまにようできた機械や。トウマの声質そのままに、はっきりと日本語が聞こえてくる。
「それでは、参ります」
「ちょっと待って」
百合香が、待ったをかける。
「水、もう一回飲ませて」
百合香は、リュックからさっきのペットボトルを取り出す。今度はさっきより多めに水を飲んで、それをオカンに手渡した。
オカンが水を飲んでいる間に、百合香がトウマに尋ねる。
「トウマさん、言語学者やのに、なんで医療技術とかの大臣の手下なん?」
て、手下て。まあ、間違ってないけどな。
「医療技術省では、地球の医療技術の調査をしています。そのために、現地の言葉を習得したり、翻訳装置を開発する必要があるのです」
「そっか。誘拐のために雇われたんとは違うんやね」
「も、もちろんです」
トウマは、真っ赤になって否定する。
水を飲み終えたオカンから、ペットボトルがまわってきた。俺は、ゴクゴクと、水の潤いをのどいっぱいにしみわたらせる。そして、しっかりふたをして百合香にペットボトルを返す。百合香はまた、それを大事にリュックにしまい、ファスナーをきっちりとしめた。
俺たちは、姿勢を正して立ち上がる。
臨戦態勢は整った。
いざ、大臣のもとへ。




