14.カメラの向こう
しばらく沈黙が続く。
「あのう、ま、まだですかね。ラビさん、遅いですよね」
俺が、ぼそっと沈黙を破る。俺は、つくづく沈黙が苦手な男や。
「もう、そろそろだと思うのデスが。上の者への連絡が、手間取ってイルのかもしれマセン」
「ま、まさか、ウチがメモリーカード渡さへんかったから、アンタの親玉が怒ってはるんちゃうやろね?」
オカンが、青い顔をトウマに向ける。
「イイエ、それはアリマセン。大丈夫デス。もう少しお待ちクダサイ」
そう言って、トウマが腕時計のようなものに目をやる。
ちょうどそのとき、ピピ、ピピ、と、トウマの腕の機械から小さな電子音が鳴った。トウマは、腕の機械に目をやって、指先でなにやら操作する。
「今、連絡がキマシタ。準備ができたようデス」
トウマはそう言って、俺たちの目の前のモニターを指し示す。俺とオカンと百合香は、ごくんとつばを飲み、モニターに集中する。
次の瞬間、俺たちの視線の先の黒い画面が、パッと明るくなり、映像が映し出された。
「オトン!」
「おとうちゃん!」
「お父ちゃん!」
画面の真ん中あたりに、椅子にすわったオトンの姿が小さく見える。ジャケットに綿パンの、いつも仕事に行くときの姿。オトンは、顔を上げ、カメラに顔を向けている。
おそらく、ラビだろう。薄ピンクのシャツの腕が画面を横切り、カメラを指差すような仕草が、何度か映り込む。オトンに、カメラで撮影していることを説明しているような、そんな仕草に見える。
オトンが、立ち上がって、カメラのほうにやってくる。カメラを覗き込んで、オトンの顔が一瞬どアップになる。
「オトン!」
「おとうちゃん!」
「お父ちゃん!」
俺たちは、もう一度叫ぶ。
オトンの姿が、今度は、上半身が映るくらいの距離にまで引く。口を動かして、何か話している。
「ちょ、ちょっと、聞こえへん! 音、大きくして! はよ!」
オカンが、画面に釘付けになりながら、叫ぶ。
「も、申し訳アリマセン。音声は、消させていただいておりマス」
「なんやて!」
オカンは、顔を上げてトウマに目をむく。
「ス、スミマセン」
「お母ちゃん、見て!」
百合香の声に、あわてて画面に視線をもどすオカン。
オカンの診察券を手に持った、ラビの腕が映っている。オトンが前に一歩踏み出して、それを手にとる。そして、何度もひっくり返しながら、診察券を見つめる。
オトンが、おもむろにカメラの方を向く。そして、カメラに向かって、口を動かす。
『すまん』、『すまん』、『すまん』、『すまん』、『すまん』……
何度も、何度も、そう言っているように見える。
オカンを、俺たちを、こんなところに連れてきたと思って、謝っているんやな。オトン、そんな……そんなこと、言わんといてくれ……
オカンが、画面に向かって叫ぶ。
「かまへん! そんなん、ちっともかまへん!」
ラビの手がもう一度映り込む。手の平には、オカンが託したあめ玉。
オトンが、それを手に取る。何とも言えない表情で、しばらく、じっとあめ玉を見つめる。そして、オトンは、ぎゅっとあめ玉を握りしめる。
オトンの目から、ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙があふれ出す……ぽろぽろ、ぽろぽろ……
画面の向こうで、オトンは泣き続ける。ジャケットの袖で、ときどき涙をぬぐう。
俺もオカンも百合香も、黙って画面の中のオトンを見つめ続ける。無言の部屋に、ただ、ヒクヒクとしゃくり上げる音と、鼻をすする音だけがする。
やがて、オトンが、カメラに向かって、あめ玉を握ったまま、右手の人差し指を突きつけた。一度、二度。それから、今度は指を二本たててピースサインをする。それを何度も繰り返す。1、1、2、1、1、2、……と繰り返しているように見える。オトンは、俺たちに何か伝えたいのか?
ラビが腕をあげて、オトンを制するような仕草をした。
オトンが、カメラに向かって何かひとこと叫ぶ。
そして、画面は、ぷちっと消えた。
しゃくり上げる音、鼻をすする音以外、音を失った部屋。トウマとタッキーさえも、切ない沈黙に浸っている。
しばらくして、百合香が、ぼそりと沈黙を破る。
「お父ちゃん、何してたんやろ。指で、1、1、2みたいな」
「そうや、何やったんやろな。何か、伝えたかったのかもしれん」
俺も、疑問を口にする。と、オカンが、
「わかってる」
「えっ?」
「えっ?」
「おかあちゃんには、わかってる」
「え、そしたら、お父ちゃん、何伝えようとしてたん?」
百合香がせっつくように聞く。オカンは、答える代わりに、顔を上げて、ちらっと、トウマとタッキーを見た。
もしかして、トウマたちには、知られたくないことなのか? 百合香も、オカンの様子を見て、口をつぐんだ。
トウマは、俺たちの様子に苦笑いを浮かべる。
そのとき、トウマの腕の機械が、再び、ピピ、ピピ、と鳴った。




