13.頭の痛い話2
「えっ、あ、ハイ、そうデス。次元の狭間デス。無事着いてよかったデス」
トウマが、ぎこちない笑顔を俺に向ける。
「やっぱり、危ないこともあるんですか?」
俺が聞くと、
「イイエ、そんなことはアリマセン。今まで、一度も失敗したことはアリマセンし。ただ、理由はまだわかっていないのデスが、稀に、とても時間がかかることがアリマス。一度、二十時間かかったことがアリマス」
「へえ~」
俺とトウマの会話に、百合香が、横から質問を挟む。
「あの~、あたしも聞きたいことあんねんけど」
「ハ、ハイ」
「狭間を通るために、うちの車に、なんか細工したんと違う? 高周波のモーターみたいな音聞こえたけど」
その顔は、聞きたくてたまらんかった、という顔やな。
「ハイ、そうデス。申し訳アリマセンが、次元の狭間を越えるために、少し細工いたしマシタ」
百合香が怒り出さないかと、トウマは身構える。が、今は、百合香の好奇心のほうが勝っている。
「やっぱり、狭間を越えるための、エンジンみたいなもん?」
「イイエ、あれは、車内の酸素を、一定に保つための装置デス。長時間、車内に閉じ込められる可能性もアリマスので。助手席の下に取り付けマシタ。多少振動シマスが、音は聞こえないと思っていたのデスが」
「お母ちゃんだけで乗ってたら、聞こえへんかったやろな。で、ほかには? どんな細工したん?」
百合香の質問は続く。
「車体全体に、真空状態に適応スルための皮膜を施しマシタ。さらに、車体のボンネットとトランク部分に、真空になると、発光する特殊物質を施してイマス」
「あー、それで、車が光ったんやな」
思わず俺が言うと、
「ハイ。長時間になりマスと、バッテリーが上がり、ヘッドライトが使えなくこともアリマスので」
そもそも、ヘッドライトつけるの、思いつかんかったけどな、俺。
「それで、ほかには?」
百合香はしつこく質問を続ける。トウマの顔が、双子星について説明していたときの、さっきの顔にもどっている。オカンも、興味を持って話を聞いているみたいやな。今度は、そんなに頭痛い話でもないし。
「車を発進させたあとは、内側からは、ドアとウィンドウが、開かないようにシマシタ。狭間を移動中に、開けてしまってはいけマセンので」
なるほど。
「それ、いつ細工したん? あたしらが乗る直前やなかったら、誰かが、それ知らんと普通に車に乗って、たいへんなことになってたかもしれへん」
百合香の指摘に、
「一昨日の深夜に施しマシテ、今朝の6時50分から作動スルよう、セットしておりマシタ」
「ふうん」
百合香が、ちょっと考える。
「それで、狭間を通るための装置は? 車のエンジンは止まってたみたいやけど」
「狭間を通るのに、特別な装置は必要アリマセン」
「えっ?」
「えっ?」
と、俺と百合香。
「狭間に入ってしまえば、自然に反対側のゲートに流れマス」
「ゲート?」
百合香が聞きなおす。
「ハイ。狭間に出入りするためのゲートデス。かつては、入り口を開けることしかできず、出口側は、ゲート地帯のドコに出るかわからなかったのデスが、今は、出口も設定することができるようになりマシタ」
おや、話が、ややこしくなってきたぞ。オカンの左手がこめかみに向かう。
「ゲートって、どんなん? そんなん、くぐったっけ?」
百合香が、食い下がる。
「ゲートと言っても、目に見える門があるわけではアリマセン。ゲート地帯では、いくつかの周波数の超音波を組み合わせて発生させることで、空間に、狭間に入るための隙間が生まれマス。その隙間をゲートと呼んでおりマス」
「そんなん、どこにあったん?」
百合香は、さらに食い下がる。
「宮島家の、カーポートのジャバラに、狭間に入るための、超音波発生装置を設置しマシタ。ジャバラを開けると、その端から反対側の支柱に向けて、超音波が発生するようにシマシタ」
「そんなん設置してたら、知らんと車に乗ってしもて……あ、それも、時間セットしたん?」
「ハイ。今朝の6時50分から7時までの間だけ、作動するようセットシマシタ。さらに、宮島家の車のフロント部分に、超音波を一時的に増幅する装置をつけており、車を発進させた瞬間に作動するようになってイマシタ」
なるほど、それで合点がいく。
「だから、車を出したとたん、真っ暗になったんですね」
俺は、今朝の出来事を思い出して口を挟む。そやけど、
「それやったら、なんでちゃんと6時50分から7時の間に出発するように言わへんかったんですか? 7時までに出発しろ、とは言うてたけど。6時50分前に出てしもたかもしれへんのに」
俺の質問に、
「アノ時点では、6時50分前に出発できるとは、到底思えなかったのデス。ケータイの充電が切れて、時間をロスしてシマイ、むしろ、7時に間に合うかどうかのほうが心配デシタ」
たしかに、そやな。実際、時間ギリギリやったし。
「も一個気になるねんけど、いい?」
百合香の質問は、終わらない。オカンは、とうとう両方のこめかみを押さえる。
「ハイ」
「さっき言うてた、ゲート地帯って何?」
「狭間を出入りするためのゲートを発生させるコトができる地域を、ゲート地帯と呼んでイマス。半径100キロメートルから200キロメートルほどの地域で、日本にあるものは、今、岐阜県あたりを中心にした範囲になりマス」
「今て?」
百合香は、細かいところを気にする。
「ゲート地帯は、少しずつ移動してイマス。20年前は、岡山県に中心がありマシタ」
「日本のほかには?」
百合香は、しつこい。
「地球には、日本のも含め、今、五ヶ所、確認されてイマス。ひとつは、イギリス、あとの三つは、海の上にありマス」
「それで、あたしらは、日本のゲートから入って、こっちのゲートに出てきたっていうことやね?」
「ハイ。コチラ、テテトトのゲート地帯は、地球のゲート地帯に、ほぼ対応した位置にアリマス。今アナタたちがいるこの場所は、地球でいうと、日本のある場所デス」
「へえ」
「へえ」
「へえ」
オカンまで、驚いている。
「そやけど、どうやって、ゲートの出口、間違えへんようにするん?」
おい、おい、百合香。
「出口も、やはりいくつかの周波数の超音波を組み合わせて作りマス。出口を作っておけば、自然とそこに着きマス。先ほどの部屋に、出口用のゲートを用意しておりマシタ。ちなみに、同じ時間に出口をふたつ設定してしまうと、どちらに着くかワカリマセン。出口を設定しないと、ゲート地帯のどこに着くかワカリマセン」
「ふうん」
百合香が一息ついたので、俺が気になることを聞く。
「トウマさん、いつここに帰ってきたんですか? うちに電話したの、日本で、ですよね」
「ハイ。静岡からかけマシタ。あのあとすぐ、ワタシたちは、一足先に出発し、アナタたちよりも、二十分ほど先にコチラに到着しマシタ。宮島圭介さんも一緒デス」
「もしかして、あの部屋の白いバンですか。名古屋ナンバーの」
「ハイ、そうデス。日本に行くときは、あの車を利用してイマスので」
はあ、そうやったんやな。
俺が質問し終わると、オカンがポツリと、
「なんか、トウマさんは、学校の先生みたいやな」
トウマが、微笑む。
「ワタシは、教師ではアリマセン。地球で言うところの、言語学者デス」
「言語学者?」
「言語学者?」
「言語学者?」
「ハイ。タッキーとワタシは日本語、ラビは英語の研究をしてイマス」
「ワタシは、トウマの助手デス」
と、タッキー。
「ラビがつけていた、日本語の自動翻訳装置デスが、ソフトの部分は、ワタシとタッキーが開発シマシタ」
「はあ~」
オカンが、感心したようなため息をつく。そして、ふとつぶやく。
「なんで、そんな人が、おとうちゃんを誘拐したんや……」
トウマが、ちょっと下を向く。
「申し訳アリマセン。ワタシは、日本語を話せるノデ」
力なくそう答える。
そうか、そういうことか。日本語を話せるという理由で、ボスに実行犯を命じられた、そういうことやな。
トウマの講義が終わり、沈んだ空気がもどってきて、俺たちは、また黙り込んでしまった。




