12.診察券とあめ玉
沈黙が部屋を支配する。それを破って、俺は静かに口を開く。
「オトンのこと、映像なら見せてくれるんですよね?」
「ハイ」
トウマの返事を確認して、うつむくオカンに声をかける。
「オカン、どんな映像かわからんけど、とりあえず見せてもらお」
オカンが、黙ってうなずく。
「それでは、宮島美也子さん、メモリーカードを出してクダサイ」
トウマが、そう言いながら右手を差し出す。
「えっ?」
オカンが、顔を上げてトウマを見る。
「なんで? これは、おとうちゃんの身代金代わりやろ?」
そう言いながら、膝の上のカバンを持ち上げて、ぎゅっと胸にだく。
「アナタたちがココに来ていることを、宮島圭介さんにわかってもらうために、持って行くのデス」
オカンが、疑わしそうにトウマを見る。
「こ、これは、おとうちゃんと引き換えや。今渡すわけにはいかへん」
トウマが、困った顔をする。
「しかし、ソレは……」
トウマは言いかけた言葉を切って、タッキーとひとこと、ふたこと言葉をかわす。
「いいデショウ。では、何かほかのものを貸してクダサイ」
オカンは、カバンの中をごそごそとかき回す。
「お母ちゃん、手紙は? あたしらがここにいること、メモ書いて持ってってもらったらいいやん」
百合香の提案に、
「そうやな、それはいい考えや」
オカンの声が明るくなる。が、
「ス、スミマセン。手紙は、許可デキマセン」
トウマの顔が、本当に申し訳なさそうに曇っている。
「なんで? 余計なこと書かへんよ。あたしらが、ここにいてるって、それだけやん」
百合香が食い下がるのを、オカンが止める。
「いいよ、百合香。そや、これにしよ」
オカンが、財布から歯医者の診察券を取り出した。
「これ、おかあちゃんの名前書いてあるし。中山先生には、おとうちゃんもお世話になってるしな」
な、なんか理由はナゾやけど、たしかに、オカンのもんやてわかるな。
オカンが診察券を差し出すと、ラビがそれを受け取った。
ラビが、さっき持ってきた箱から、四角いケースを取り出す。さらに、そのケースから、タブレット型のパソコンのようなものを取り出した。
「ここにも、パソコンあるんやな」
俺が思わずつぶやくと、
「It isn't a personal computer.」
パソコンやないんか。あれ? ラビ、日本語わからんのやなかったっけ?
百合香も思わず、
「日本語わかるん?」
「ラビは、自動翻訳装置をつけてイマス」
トウマが代わりに答えて、ラビがまず左耳を、次に右耳を俺たちの方に向ける。ラビは、両耳に、イヤホンのようなものをつけていた。
「日本語以外の言葉は、そのまま聞こえマスが、日本語を拾うと、自動的にコチラの言葉に翻訳シマス」
はぁ~、すごいな。そんなもんが、あるんやな。ほんなら、ラビも、ちゃんと俺らの話わかってたわけや。
「コレは、映像を映すだけのモニターデス」
トウマが説明し、ラビが、俺たちが見えるように、モニターをテーブルの上に立てた。
「今から、ラビが、宮島圭介さんのところへ行って撮影シマス。ソレをこのモニターに映しマス」
それから、トウマとラビは少し言葉をかわし、ラビはオカンの診察券を持って出て行く。
「あっ、ちょっと待って!」
ドアを出ようとしたラビを、オカンが呼び止める。オカンは、カバンの中から、あめ玉をひとつ取り出した。
「これ、持ってって。おとうちゃんの好きな黒あめや」
「O.K.」
ラビは、オカンにニッコリ笑いかけて、あめ玉を受け取ると、部屋を出て行った。
ラビが出て行くと、部屋に再び沈黙が落ちた。
少しして、
「あっ、そうデシタ!」
トウマが、何かを思い出したように、さっきラビが持ってきた箱をのぞき込む。
「準備がデキルまで、だいぶ時間がかかりマスので、のどを潤してお待ちクダサイ」
そう言いながら、箱から透明な液体が入ったボトルとコップを取り出す。
「コレは水デス。味のあるものは、好みもアリマスので。おなかが空いていマシタら、よろしければコチラもどうぞ」
トウマが取り出した箱には、ベーグルのような形の、小さなパンのようなものが、いくつも入っていた。
俺たち三人は、黙って顔を見合わせる。それから、俺は腕時計を見る。日本時間は9時17分。車で出発してから、二時間ちょっとたっている。
朝起きてからずっと、何も食べてはいないが、おなかはまったく空いていない。けど、正直、のどはカラカラや。朝、顔を洗ったとき、ついでに二口か三口、水道水を飲んだけど、それ以外、何も飲んでいない。その後、何度もびっくりしたり怒ったりで、俺ののどは、今、限界に近いくらい干からびている。
たぶん、オカンもそうなんやろ。水の入ったボトルにそそがれている目が、物欲しそうや。何度も大声出してたしな。
けど、けどや。どんなにのどが渇いていようとも、コイツらが持ってきた水を、おいそれと飲めるか?
「アンタらが持ってきたもんなんか、信用でけへんわ!」
オカンが、トウマを睨みつけて虚勢を張る。百合香も、トウマに厳しい視線を向けている。
「そうや、そんなもんいらんわ! 水やったら、持って来てるし」
えっ。
えっ。
俺とオカンがびっくりして、百合香を見る。百合香は、リュックから、二リットル入りの、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、テーブルの上にデンと置いた。いつも、うちに常備してあるやつや。
「どんだけ時間かかるかわからへんかったから、とりあえず持ってきた」
でかした、百合香! 出発時間ギリギリまで待たせたことは、帳消しや!
百合香は、ペットボトルのふたをあけて、何口か飲むと、オカンに渡した。オカンも何口か飲んで、俺に渡す。
俺は、重いペットボトルを持ち上げて、慎重に口に運ぶ。ゴクリと一口飲む。潤いがのどいっぱいに広がる。フウー、生き返った気分や。
思う存分飲みたかったけど、せっかく百合香が持ってきてくれた虎の子の水。俺は、何口か飲んで、ふたをきっちり閉めると、百合香に渡す。百合香は、それをまた、大事そうにリュックにしまった。
俺たちが、水を回し飲みしているのを、トウマとタッキーが、複雑な表情で見ている。たぶんやけど、トウマたちが用意した水を信用せえへんかったから、ショックを受けている、俺にはそんな表情に見えた。
そんな表情を見ていると、トウマもタッキーも、そしてラビも、ほんまは悪いヤツやあらへんのやないか、そう思えてきてしまう。
トウマたちは、もちろん、オトンを拳銃で脅して拉致した誘拐犯やし、俺たちをこんなところに連れてきたヤツらでもある。
けど、ここに着いてからの、俺たちに対する態度は丁寧で、誠実なかんじさえする。オトンに手荒なマネをしたことを、一応謝ってもくれた。もちろん、謝って済むことではないし、まだ何も解決してへんのやけど。
再び沈黙が落ちる中で、冴えない表情のままのトウマとタッキー。
ホンマにアホやと思うけど、俺は、つい、そんなトウマたちに、なんか話しかけたくなった。
「えーっと、あのう……あ、俺らが通ってきたの、あれ、次元の狭間やったんですか?」




