11.決心
ラビは、大きな箱をかかえて部屋に入ってくると、その箱をテーブルの上にドンと置いた。
ラビが一人なのを見て、
「ちょっと、おとうちゃんは?」
オカンが大きな声を出す。ラビがオトンを連れてくるかもと、期待していたんや。
「おとうちゃんに会わせてくれるんやなかったんか!」
オカンの声がさらに大きくなる。
「おとうちゃんは、どこやねん!」
そう言って、椅子から立ち上がろうとする。
そのとき、俺たちの耳に、思いがけない言葉が飛び込んできた。
「Just a moment, please.」
声の主は、ラビ。きょとんとして、オカンが中腰のまま静かになる。百合香の顔にもハテナが書いてある。
俺かて、それが『ちょっとお待ちください』っていう英語やいうことぐらいわかる。けど、それは、普通の状態での話。今、こんなところで英語を聞くとは思いもよらず、それが英語やてわかるまで、一時の間があった。
固まっている俺たちを見て、トウマが、
「ラビは、英語を話せるのデス。日本語を話すことはデキマセンが」
「はあ」
オカンが、拍子抜けしたように腰を椅子にもどす。
「ワタシと、コチラの、えー、タ、タッキーは、日本語を話しマスが、英語は話せマセン」
それを受けて、
「ワタシは、トウマほど上手く話せマセン。カタコトデス」
と、タッキー。
「地球の言葉は難しく、一ヶ国語を覚えるのがやっとデス」
トウマが言うと、
「そやけど、アンタ、めちゃくちゃ日本語上手いで。こんな星の人やのに、立派なもんやわ」
オカンは、心から感心している。同感。俺らが、ここの言葉覚えるようなもんやし。
「ちょっと、それで、おとうちゃんに会わせてくれる話は、どうなったん?」
今度は、落ち着いてたずねるオカン。
「ちょっとお待ちクダサイ」
トウマはそう言うと、立ち上がって、ラビとタッキーと三人で、なにやら話し始めた。たぶん、ラビがボスに確認してきたことを、トウマとタッキーに報告しているんだろう。ラビが話して、トウマが何か言い、タッキーが相槌を打つ、そんなふうな様子で話している。
トウマたちの話は、なかなか終わらない。何を言っているのか、さっぱりだが、トウマたちの表情から何かを読み取ろうと、俺たち三人は、黙ってじっと、その様子をうかがう。
ようやく話を終えて、トウマとタッキーが椅子に腰を下ろす。ラビは、立ったままだ。
「申し訳アリマセンが、今は、宮島圭介さんに、会わせることはデキマセン」
トウマが言い終わるや、
「何でやねん! おとうちゃんが無事や言うんやったら……」
オカンの反撃を予想していたのか、今度は、トウマが、すかざず両手を前に突き出して、オカンを制する。
「しかし、無事な姿をお見せすることはデキマス」
「見せる?」
「見せる?」
「見せる?」
「ハイ、宮島圭介さんの無事な様子を、映像でお見せするのデス」
「ちょっと、そんなんやなしに、直接会わせてえな!」
「そうや、映像なんて、どうにでもごまかせるやろ!」
俺も、オカンに加勢する。
「龍之介、百合香、行くで! おとうちゃん、探しに行こ」
オカンが、そう言いながら、今度こそ、本当に立ち上がった。
「ちょっと待ってクダサイ!」
トウマが、大声を上げて立ち上がる。
オカンは、かまわず行こうとする。
トウマが叫ぶ。
「宮島美也子さん! 龍之介くん! 百合香さん! 今、アナタたち三人も、宮島圭介さん同様、我が※△#◎%の客人であることを、お忘れナク!」
その言葉の意味を理解するまで、俺たち三人の時が止まる。
オカンが、ぺたんと、椅子に座り込んだのを合図に、ふたたび時が動き出した。
「も、申し訳アリマセン。し、しかし、上の者が、アナタたちに、このように伝えろと申しておりマス」
あわててトウマが、そう言い足す。
そうや……俺たちもわかってはいた。
けど、ここに着いてからずっと、誘拐犯であるはずのトウマに対して、口では対等に、いや、優位に渡り合っていた。まるで学校の講義のように話を聞いたりもした。
だから、俺たちも、今、オトンと同じように囚われの身だという実感がなかった。
それを、今、思い知らされた。
オカンが、青い顔をして、じっと机の一点を見つめている。
しばらくして、顔を上げると、トウマを見つめて言葉を絞り出した。
「ちょ、ちょっと、トウマさん、お、お願いや」
オカンの声が震えている。
「ハ、ハイ……」
「龍之介と、百合香は、助けてやって……」
オ、オカン……
「ウチは……ウチは……どうなってもかまへん。けど、龍之介と百合香だけは助けてやって。この子らは、ウチについてきただけや。ウチと一緒に車に乗ってしもたけど、来んかてよかったんやろ。お願いです。この子らは……龍之介と百合香は、うちに帰してやって。お願いや……お願いや……」
それ以上は、言葉にならない。
百合香がオカンの震える肩を抱く。俺は、静かに口を開く。
「オカン、大丈夫や。俺も百合香も、きっと大丈夫や」
俺は、百合香も連れてきたことを、モーレツに後悔する。けど、それを口にしたら、オカンを余計心配させるだけや。今は、大丈夫やと言うしかない。
「俺らみんなで、うちに帰ろ。オトンもみんなで、うちに帰ろ」
「そ、そやかて……あんたらに、も、もしものことが……」
「大丈夫や、オカン。そうですよね」
後の半分は、トウマに向ける。
「え、あ、あの……」
トウマは、はっきり答えない。切なそうな表情で俺たちを見ている。タッキーもラビも、同じように、ただ切ない顔を俺たちに向けるだけだ。
俺は拳を握りしめる。
絶対に、四人そろって地球に帰る。
オトンとオカンと百合香と俺、みんなそろって、大阪のうちに帰る。
俺は心に決めた。




