9.名前をめぐる攻防
自動ドアをくぐると、ちょっとしたホールがあった。ホールの向かい側には階段、右側と左側にはドアがひとつずつ。
男はその左側のドアに向かう。ドアの横のボタンを押すと、扉がすーっと横に開いた。男が中に入ると、センサーが反応してパッと明かりがつく。俺たちも、男のあとに続いて中に入る。
中は、奥行きの長い、細長い部屋になっていた。部屋の真ん中に、大きなテーブルがある。
「どうぞ、お掛けクダサイ」
俺たちは、男に促されて、テーブルの左側に三人並んで腰掛けた。オカンを真ん中に、左に俺、右に百合香。オカンの向かいにヤツが、その向かって左、俺の前にもうひとりの黒スーツが腰掛ける。
「遅くなりマシタが、まず、自己紹介をさせていただきマス」
じ、自己紹介? 誘拐犯が自己紹介て!
俺たちは、再度あっけにとられる。百合香が、
「ちょ、ちょっと待って」
と言いながら、急いで、リュックのポケットから、メモ帳とペンを取り出す。たしかに、こっちとしては、少しでもコイツらの情報を集めといたほうがいいな。警察に、通報することが、絶対ないとは言い切れへんし。
百合香の準備ができたのを確かめて、男は話し出す。
「ワタシは、※△%□&◎#%△、と申しマス」
「は?」
「は?」
「は?」
俺たちの反応に、今度は、ゆっくりと、
「ワタシは、※△%□&◎#%△、と申しマス」
「は?」
「は?」
「は?」
ゆっくりしゃべっても、まったく聞き取れない。
自分の名前だけは、コイツの母国語で、発音しているんやな。
オカンが、ひとりでうなずきながら、
「アンタ、やっぱ、外国人やったんやな」
外国人どころか、コイツ地球人でもないかもな、と、俺は、心の中でツッコミを入れる。が、声には出さない。ここでこんなツッコミ入れたら、ヤツらの説明の流れ、おかしなるもんな。俺は、話の流れを読める男や。
そやけど、オカンは、平気でその流れを無視する。
「顔だけ見てたら、日本人やのにな」
そうや。それが、俺の中でも引っかかっていた。多少濃い目の顔立ちではあるが、目の前の男ふたりは、黙っていたら、完全に日本人。もし、コイツらが地球人やないとしたら、こんなに日本人面しているなんてことあるか? 俺かて、宇宙人が、銀色の全身タイツ野郎やとは思てないけど、ここまで、俺らと変わらへんというのもな。
男は、即座に、流れを戻す。
「そのコトについては、アトで、お話しシマス。まずは、自己紹介を続けマス」
「あの~、トマなんとか、ですよね」
男の名前を、なんとかカタカナ表記しようと、百合香が問いかける。
「いえ、違いマス。※△%□&◎#%△、デス」
「トゥマなんとか?」
「いいえ、※△%□&◎#%△、デス」
しびれを切らしたオカンが、
「もういいやんか、トウマで。トウマにしとき」
「し、しかし、ワタシは、※△%□&◎#%△……」
「そんなん、何べん聞いても、聞き取れへんし、言われへんわ。なんたらとうまっていう、めっちゃ男前の俳優おるで。たしか、ジャニーズの。それと一緒の名前や。文句ないやろ」
オ、オカン……
男は、あきらかに不満の表情をしていたが、やがて、あきらめたように、
「わ、わかりマシタ」
トウマの声に力がない。
オカン、すごいな。コイツらの命名権は、もはやオカンが握っている。
「そんで、そっちの人は?」
オカンに視線を向けられて、もうひとりの黒スーツが、気のせいか、ギクッとしたように見えた。
「ワタシは、◎#%△※&%□#、といいマス」
これ以上ないっていうくらい、ゆっくりしゃべったのに、
「は?」
「は?」
「は? タ、タキ?」
「いえ、違いマス。◎#%△※&%□#、デス」
「タッキなんとか?」
百合香の問い返しに、
「いえ、ワタシは……」
男が、もう一度名乗る前に、オカンが、ポンと手を打った。
「そや、タッキーや。アンタは、タッキーにしとき。めちゃくちゃ男前のアイドルと一緒やで」
「は、ハイ」
タッキーは、早々に白旗を揚げる。
「さて、では、次に……」
トウマが、話を進めようとすると、
「待って、もう一人は? あと一人いてたやろ?」
と、百合香。
おい、百合香、もう一人の名前聞いてどうする? どうせ、オカンが、呼び名つけるだけやで。そう言ってやろうかと、一瞬迷っている隙に、トウマが、
「彼は、※ビといいマス」
「レビ?」
「ロビ?」
「ラビ?」
三人三様ではあるが、なんとか聞き取った。名前、短いしな。
「ラビって、短い名前やね」
百合香が、そう言いながらメモをとる。
前言訂正。コイツらの命名権は、我が女性陣が握っている。
「※ビは、愛称デス。彼の名前は、非常に長いので、※ビと呼んでいるノデス」
結局、呼び名やったけどな。
「さて……」
トウマが、話し始めると、
「ほな、歳、聞こか」
と、オカン。オ、オカン、合コンじゃあるまいし。
「自己紹介いうたら、名前と歳ぐらいは言うもんやで」
「はあ。ワタシは40才、コチラの◎#%△※&%□#は33才、※ビは28才デス」
トウマは、素直に答える。百合香は、すかさずメモをとる。
「ほんま? アンタら、若う見えるな。うらやましいわ」
オカンかて、若く見えるで、45才ぐらいには。と、心の中でボケる俺。オカンもオカンなら、俺も俺やな。反省。
「さて……」
今度こそ、トウマは、話を先に進める。
「この星の名前デスが、%△※□◎、と言いマス」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
俺のはもちろん、『この星』に、反応しての『えっ』やけど……
「テ、テト?」
と、百合香。
「%△※□◎、デス」
「テ、テテトゥトゥ?」
「違いマス。%△※□◎、デス」
「ウチも、テテトトに聞こえたで。百合香、テテトトって書いとき」
「うん」
「ち、違いマスッ。%△※□◎、デス」
トウマは、必死に否定するが、一度、テテトトだと思って聞くと、もうそうとしか聞こえない。もちろん、トウマが発音すると、テテトトなんて、可愛らしい感じのものではないが。
「それより、アンタ、今、この星って言うたけど、ここ地球やないんか?」
オ、オカン……オカンも、ここが地球やないってこと、認めるんか?
「ハイ」
「そうか、アンタらの名前、英語でも、中国語や韓国語でもなさそうな、けったいな名前やもんな」
オカン? 世界には、英語、中国語、韓国語以外にも、山ほど、いろんな言語があるで。そっちやとは思わんかったん?
オカンの思考回路には、時々ついていかれへん。けど、オカンもとうとう、コイツらが、地球人やないと認めるんやな。
「それで、ここは、どの辺なん? イスカンダルより遠いんか?」
イスカンダルて、それこそ架空の星やないか。そもそも、もし、そこより遠いって言われたって、それがどれほどの遠さかわかるんか。
俺は、満を持して、気になることを、トウマに確かめる。
「ここは、俺たちの宇宙のどこかの星、ってことでいいんですか?」
トウマは、俺のほうを向く。
「イイエ、ここは、アナタたちの住む宇宙では、アリマセン」




