第8話:神木(初期装備)と就寝時間
岩石地帯での検証は順調だった。
【マニュアル・オーバードライブ】の圧倒的な速度と、【ミニマリスト】による理不尽な火力の補正。
この二つが組み合わさった結果、俺の『初期の木の棒』は、触れた岩の魔物を次々と粉砕する大量破壊兵器と化していた。
「よしよし。耐久値の減少ゼロ。完全無課金でこの効率……控えめに言って最高だな」
ドロップした重いレア素材を片っ端からポイ捨てしながら、俺が満足げにうなずいていると。
「――お、お待ちくだされ! そこの御仁!!」
不意に、背後の岩陰から野太い声が響いた。
振り返ると、立派な髭を蓄えた小柄な老人と、その弟子らしき屈強な青年が立っていた。服装や雰囲気からしてプレイヤーではない。この世界の住人だ。
「ワシはドナン。各地を巡り、武具の素材を探しているしがない鍛冶師じゃ。先ほどの戦い、岩陰から見させてもろうた!」
ドナンと名乗ったドワーフ風の老人は、興奮した様子で鼻息を荒くして俺に詰め寄ってきた。
「一撃! あの硬固なストーンゴーレムを、その『木の棒』ただの一振りで粉砕するとは……! 御仁、その棒は一体どのような神木から削り出されたアーティファクトなんじゃ!? 頼む、ワシに一目鑑定させてくれ!」
老人は目をキラキラさせて俺の木の棒を見つめている。
NPCの鍛冶屋か。装備の強化などを担う重要NPCなのだろうが、生憎と俺には縁のない存在だ。
「鑑定するのは構わないが、金は払わないぞ」
「も、もちろん無料で構わん! ささ、見せてくだされ!」
俺が木の棒を差し出すと、ドナンは震える手でそれを受け取り、懐から取り出した単眼鏡のようなアイテムで覗き込んだ。
「ふむふむ、ほう! ……ん? いや、これは……?」
数秒後。ドナンの顔からスッと血の気が引いた。
「な、なんじゃこれは!? 攻撃力1!? スキル付与なし!? まさか、本当にただの『その辺の木から削り出しただけの棒』じゃと……!?」
「だからそう言っている。一番コスパがいいんだ」
ドナンは信じられないものを見る目で俺と木の棒を交互に見つめ、やがて弟子と顔を見合わせてブルブルと震え出した。
「お、恐ろしい……。この御仁は、武器の性能など一切頼らず、己の純粋な『武』のみでゴーレムを粉砕したというのか……! なんという境地! 完全に世界の理を超えておる……!」
勝手に凄い勘違いをしてくれているが、訂正するのも面倒だ。俺は木の棒をドナンからひょいと取り返した。
「じゃあ、俺はこれで」
「ま、待たれよ御仁! ワシの鍛冶師としての血が騒いでおる! どうかその棒をワシに鍛えさせてくれ! 最高の鋼で包み、伝説の剣へと打ち直して進ぜよう! もちろん代金はいらん!」
鍛冶師としてのプライドなのだろう。ドナンは土下座せんばかりの勢いで申し出てきた。
だが、俺は冷酷に首を横に振った。
「断る。鋼なんかにしたら、耐久値が発生してしまう。絶対に嫌だ」
「なっ……!?」
「それに鋼は重いからな。スタミナ消費が増える非効率な真似はしたくない。この棒は『絶対に壊れない』からこそ至高なんだ」
ドナンは雷に打たれたように固まった。
「武器の威力よりも……『己の力だけで戦い抜く』ことを優先する……。なんという求道者! ワシは、ワシはとんでもない達人に声をかけてしまったんじゃな……!」
「そういうことだから。じゃあな」
俺は完全に勘違いをこじらせたドナンを放置して、視界の端にあるシステム時計を確認した。
時刻は、現実世界の23時30分を指している。
「おっと、いけない。もうすぐ寝る時間だ」
成長ホルモンの分泌を最大化し、翌日の学校での消費エネルギーを最適化するためには、23時45分には完全に脳を休め、深い睡眠に移行していなければならない。
ゲームに熱中してリアルでの体調を崩すなど、本末転倒の極みだ。
俺は即座に【マニュアル・オーバードライブ】の速度リミッター解除を足に集中させた。
「なっ、御仁!? 急に足元に凄まじい力が……どこへ行かれるおつもりで!?」
「寝る時間だから、無料のベンチに帰る」
「は……? べんち……?」
ドナンが間の抜けた声を上げた瞬間、俺は地面を蹴った。
ドゴォォン!! という爆発音と共に岩肌が砕け、俺の身体は弾丸のように第一の街『ベルグ』へと向かって射出された。
「……あ、あそこまで極めると、一瞬で姿を消すことすらできるのか……」
後に残された老鍛冶師と弟子が、土煙を見つめながら深く深く拝跪していたことなど、音速で街の広場にある無料ベンチへと駆け込んで即座にログアウトボタンを押した俺には、知る由もなかった。
「ふう」
VRヘッドセットを外し、俺は自室のベッドの上で静かに息を吐いた。
時計を見ると、23時35分。ベッドに入り、目を閉じて入眠するまでの時間を考慮すれば、完璧に計算されたスケジュールだ。
「ゲームの中でも一切お金を使わなかったし、時間配分も完璧だったな」
俺は今日の自分の徹底したリソース管理に満足し、静かに目を閉じた。




