第7話:最弱の木の棒、装甲(システム)を粉砕する
第一の街『ベルグ』の北門を抜け、俺はさらなる上位エリア『岩石地帯』へと足を踏み入れた。
ゴツゴツとした岩肌が続くこのエリアは、チュートリアルの草原や森とは明確に空気が違う。
周囲を見渡すと、岩と同化するように巨大な魔物がうろついていた。
「あれは……『ストーンゴーレム』か」
体長3メートルを超える、純粋な岩塊で構成された人型の魔物。
俺の脳内にあるゲーマーとしての知識が、あの魔物の特性を告げている。
『圧倒的な物理防御力』『打撃武器以外は弾かれる』そして何より――『攻撃した側の武器の耐久値をゴリゴリ削る、最悪の装備クラッシャー』。
「普通の剣士なら、絶対に手を出したくない相手だろうな。武器の修理費がいくらあっても足りない」
だが、俺の持っている『初期の木の棒』は耐久値無限(破損不可)だ。
それに加えて、新たに手に入れた【最適化の悪魔】のスキルの効果を検証するには、これ以上ない硬いサンドバッグである。
俺は躊躇なく、ストーンゴーレムの索敵範囲へと足を踏み入れた。
『ゴゴォォォッ……!!』
侵入者に気づいたゴーレムが、岩が擦れ合うような重低音の咆哮を上げ、丸太のような豪腕を振り上げて突進してくる。
「まずは、【マニュアル・オーバードライブ】の速度検証からだ」
俺はあえてギリギリまで引きつけ、ゴーレムの拳が脳天に直撃するコンマ数秒前――最小限の動きで横へステップを踏もうとした。
その瞬間だった。
「――っ!?」
景色が、ブレた。
いや、違う。俺のアバターの動きが、自分の想定を遥かに超えるスピードで弾き出されたのだ。
『ズドォォォォンッ!!』と、俺が先ほどまで立っていた地面がゴーレムの拳によって粉砕され、巨大なクレーターができる。
「なるほど。これが『アバターの速度制限の完全解除』……」
システムによる「このレベル・このステータスなら、このくらいの速度で動く」というラグが一切挟まらない。
現実世界における俺の思考速度と反射神経が、100%そのまま、いや、仮想現実の軽い身体を通して200%のレスポンスで反映されている感覚。
「これなら、どんな攻撃だろうが『見てから回避』が余裕で間に合う。被弾の確率は完全にゼロになったな」
俺はクレーターから腕を引き抜こうとしているゴーレムの懐へ、文字通り『一瞬』で潜り込んだ。
そして、右手に持った初期の木の棒を軽く構える。
「次は【ミニマリスト】の火力検証だ。レアリティ最低、市場価値ゼロのこの棒が、どこまで補正されるか……」
俺は、ゴーレムの分厚い岩の胴体に向かって、木の棒をただ無造作にフルスイングした。
本来なら、カーン!と軽い音を立てて弾かれ、ダメージ『1』が出るだけの絵面。
しかし。
『ゴアァァァァァァァッッ!!!』
木の棒が岩の表面に触れた瞬間、爆発のような衝撃波が発生した。
システムが計算した『極限のダメージ補正倍率』が、ただの木の棒の物理演算に凄まじい質量を与えたのだ。
「ギ、ギゴッ……!?」
ストーンゴーレムの巨体が宙に浮き、次の瞬間、内側から弾け飛ぶように木っ端微塵に粉砕された。
『Critical !!』
『99,999 Damage !!』
空中に浮かび上がったのは、見たこともないようなオーバーキルのダメージ数値。
「おぉ……」
バラバラと降り注ぐ岩の欠片の中で、俺は木の棒をまじまじと見つめた。
傷一つない。耐久値減少もゼロ。スタミナの消費も、ただ棒を振っただけなのでほぼゼロ。
「たったの1スイングか。ボス部屋で30分もチクチク殴っていたのが馬鹿らしくなるな」
俺は歓喜に打ち震えた。
これなら、どんな硬い敵でもワンパンで沈められる。戦闘にかかる時間を極限まで短縮できるのだ。
タイム・イズ・マネー。時間は何よりも貴重なリソースである。
『ピコン!』
『ストーンゴーレムの討伐を確認しました』
『討伐報酬:【ゴーレムの核(売却額:10,000G)】【岩石の欠片×5】を獲得しました』
「よしよし。でも重いから、核も欠片も全部捨てていこう」
俺は10,000Gの価値があるレア素材を容赦なくインベントリから削除し、さらなるサンドバッグを求めて岩石地帯の奥へと足取り軽く進んでいった。
その背中を。
岩陰に隠れて震えながら見つめる『二つの影』があることに、俺はまったく気づいていなかった。




