第35話:初期装備の創造主(クリエイター)と、世界という名の砂場
『スタート地点』の空っぽの村。
そこはプレイヤーたちにとっての「始まりの地」だが、今の俺たちにとっては「再構築の起点」でしかなかった。
「……で、これからどうする? ナナシ」
カイが村の真ん中で転がっている、テクスチャが欠落した木箱を蹴りながら尋ねる。
玉座を放棄し、管理者のゲートをくぐり、未実装エリアをデバッグし尽くした俺たちには、もう「運営が用意した目標」など欠片も残っていない。
俺は地面に突き立てていた『初期の木の棒』を引き抜き、空中に浮かぶコードの束――この世界の構造データ――を軽く叩いた。
「この世界は、プレイヤーが『報酬』を求めて走る場所じゃない。俺たちが『走るため』に最適化された、ただの砂場だ」
俺は木の棒で空中に数式を描く。
それは、重力演算を簡略化し、空気抵抗をカットし、すべての地形を『最短距離で結ばれる滑らかなスロープ』に書き換えるコードだった。
『ピコン!』
《システム:地形データの再構成を開始します》
《世界全体が「タイムアタック用コース」へと書き換えられました》
「ははっ、いいぜ。世界を丸ごとサーキットに変える気か!」
カイも笑いながら、空中に浮かぶ別のコードを操作する。
彼が弄ったのは、プレイヤーのスタミナ消費に関するルールだ。
『スタミナを消費すればするほど、加速度が増す』という矛盾した、しかし俺たちには最高のルールへと書き換えた。
「これで、走れば走るほど加速する。止まる必要なんてどこにもないな」
俺たちは村を出て、地平線へと向かって走り出した。
書き換えられた世界は、もはやかつての殺伐としたMMORPGではない。
山は滑り台のように傾斜し、谷は音速で渡るためのジャンプ台と化している。
俺たちが一歩踏み出すたびに、足元の地面が「俺たちが最も速く走れる形」に自動生成されていく。
「……最高だ。これなら、移動にかかる時間はゼロだ」
俺たちは音速を超えて走った。
かつて苦労して越えた砂漠も、数秒で駆け抜ける。
運営が何ヶ月もかけて調整したはずのダンジョンも、今や俺たちの前では「ただの通過点」に過ぎない。
運営管理室のモニターには、かつて見たこともない異常数値が並んでいた。
「ディレクター! 全サーバーのデータが……! マップがすべて一直線のラインに書き換えられています! プレイヤーの移動速度が……測定不能です!」
「……もう放置しろ。あいつらは、このゲームを『ゲーム』として遊んでいるんじゃない。自分たちのための『宇宙』を構築しているんだ」
ディレクターは、もはや呆れを通り越して、どこか安堵したような表情でモニターから目を逸らした。
俺たちは走る。
ただ、より速く、より効率的に、このシステムの果てまで。
その時だった。
遥か彼方の地平線に、まだ見たことのない「小さな点」が見えた。
それは俺たちの書き換えによって生成された、未知のエリアの先にある『バグの裂け目』。
そこから、別のサーバーから漏れ出したような、未知のデータの光が溢れ出していた。
「ナナシ、あれは……?」
「……他のゲームの世界、あるいは別のサーバーの心臓部か。この世界を突き抜けて、別のシステムへ直結している座標だな」
俺は足を止めず、さらに加速した。
「行こう、カイ。このゲームだけじゃ、俺のスタミナは余りすぎる。……次は、別の世界も、俺たちの『最短ルート』に組み込んでやる」
二人の初期装備プレイヤーは、光の速度で世界を駆け抜け、システムという枠組みを軽々と飛び越えていく。
俺たちの旅に、終わりはない。
存在するすべての世界が「最短距離」で結ばれるその日まで、俺たちの木の棒と、最短を求める足取りは止まらないのだ。




