第36話:システムを跨ぐ(クロスオーバー)最短距離と、バグの先にある楽園
「おい……ナナシ。あの『バグの裂け目』、ただのデータの漏出じゃないぞ」
俺とカイは、地平線を切り裂くように輝く光の断層――別のシステムへと繋がる特異点の目の前で足を止めた。
そこからは、俺たちが遊んでいた『FRO』とは全く別の法則で動く、未知のプログラムの鼓動が聞こえてくる。
「RPGのデータじゃない。これは……もっと別の、リアルタイムで物理シミュレーションが行われている『超大規模対戦型システム』の残滓だ」
カイがコードの揺らぎを見て分析する。
俺たちはためらうことなく、その裂け目の中心へ飛び込んだ。
『ブォォォォンッ!!』
凄まじい転送負荷(ロード時間)が俺たちを襲う。
普通ならここでシステムがクラッシュするはずだが、俺たちが書き換えた「最適化コード」が、転送に必要なリソースを極限まで圧縮し、0.001秒のタイムロスも許さずに別システムへと強引に接続する。
視界が開けると、そこは『FRO』とは全く異なる、無機質で極彩色のネオンに彩られたSF都市だった。
ここではプレイヤーが「キャラクター」としてではなく、高度な物理演算による「機体」を操作して戦う、対人戦特化のメタバースのようだ。
「ここもまた、運営による過剰な課金ゲーか……。移動速度を制限する壁、スタミナを消費させるための無駄なエフェクト。……効率が悪い」
俺は一瞬でこの世界の構造を解析した。
街の真ん中には、プレイヤーたちが課金で手に入れた高スペック機体でひしめき合っている。
「ナナシ、あんたまた初期装備のままかよ。ここの住民、全員が『機体』を持ってるんだぞ」
「機体? 重くて、燃費が悪くて、整備の手間がかかる移動手段なら、俺には必要ない」
俺は地面を蹴った。
『FRO』で書き換えた「スタミナ消費で加速する」というルールを、このSF世界の物理エンジンに強制適応させる。
『ドォォォォォンッ!!』
周囲のプレイヤーが驚愕の声を上げる中、俺の身体は機体以上の速度でネオンの街を駆け抜けた。
機体ではない、俺の身体そのものが「加速する演算結果」となって街を蹂躙する。
「あいつ、なんだ……!? 機体なしで、なんであんな速度が出せるんだ!?」
周囲のプレイヤーがパニックになる中、俺は街の最上層にある「管理センター」を見据えた。
そこに行けば、この世界を支配する「課金システム」を、俺たちの「最短ルート」の一部として再構築できる。
「おい、ナナシ。管理センターを守ってる防壁には、プレイヤーの課金額に応じてダメージを無効化する『重課金シールド』が張られてるぞ。俺たちの木の棒じゃ……」
「……課金額? データの値にすぎない」
俺は防壁の前に立ち、システムの奥深くへと意識をダイブした。
課金によるダメージ軽減率を決定する変数を探し出し、それを『0Gのプレイヤーに対しては、軽減率を反転させる』という命令に書き換える。
『ピコン!』
《システム:課金シールドの所有権を「所持金0Gのプレイヤー」へ移行しました》
バリアが俺の意思で溶け、道が開かれた。
「……ははっ、本当にやりやがった。あんたの前では、運営が仕組んだ『金』の論理も、ただのゴミだな」
俺たちは管理センターの最上階へと躍り出た。
そこには、この世界の創造主たる「AI運営」が、数百万人のプレイヤーの行動を制御するためのメインCPUが鎮座していた。
「この世界の移動効率(経路)をすべて修正する。これからは、課金者が遅く、無一文が最も速く走れるように書き換える」
俺とカイが同時にメインCPUを叩く。
サーバーが震え、このSF世界の物理法則が瞬時に「ナナシ仕様」へとアップデートされていく。
「これで、この世界も俺たちの道の一部だ。……さて、次はどっちだ?」
街の向こう側、このSF世界の果てにも、また別の、別の、別の……。
無数のシステムが繋がっているのが見える。
俺たちは止まらない。
この全宇宙のサーバーを、自分たちの足で走破し、最短距離で繋ぎ合わせるまで。
「次に行くぞ。……まだ、スタミナが余っている」
俺とカイは、ネオンの街を背に、次のシステム(次なる世界)の裂け目へと向かって、初期装備のまま全力で走り出した。
もはや運営も、課金も、プログラムも関係ない。
俺たちの移動は、世界が続く限り終わらないのだから。




