第34話:開発者の椅子(玉座)と、終わらないデバッグ作業
「おい、ナナシ。あれを見ろ」
カイが指差したのは、サーバーの深淵――管理者権限のエリアに鎮座する、七色に輝く巨大な『開発者の椅子』だった。
このゲームのすべてのパラメータ、すべてのエリア、すべてのイベントを制御する、まさに創造主の座。
「そこに座れば、あんたはこの世界の運営すらも『NPC』として扱うことができる。……全権限だぞ」
俺は玉座の前で歩みを止め、椅子を一瞥した。
「……座れば、俺はこのゲームを『クリア』できてしまうのか?」
「ああ。クリック一つで世界を初期化することも、全員にカンストステータスを配ることも、このゲームそのものを消滅させることもできる」
俺は鼻で笑った。
「クリア? ……くだらない。俺が求めているのは、この世界の先にある『未知のエリア』と、それを最短で踏破するための『効率的な経路』だ。運営の椅子なんかに座って、設定値をいじって満足していたら、俺の移動効率は0になる」
俺は玉座を無視して、その背後に浮かぶ「未実装エリア」へのゲートをじっと見つめた。
そこには、運営が開発の途中で投げ出し、誰も足を踏み入れていない「荒廃した実験場」のデータが隠されていた。
「カイ。玉座に座って満足したいならお前が座れ。俺は、そのゲートの先にある『バグだらけの迷路』を、一番効率的なルートで踏破してくる」
カイは玉座を見て、そして俺の背中を見て、ふっと肩をすくめた。
「……あんたらしいな。座るより走る方が、あんたらしい」
カイは玉座には座らず、俺と並んでゲートの前に立った。
二人の「最強の無一文」は、運営すら立ち入りを拒んだ未実装の迷路へと飛び込んだ。
迷路の内部は、異様だった。
地面は真っ白なグリッド状で、空にはテクスチャのない巨大な「開発中のNPCの頭部」が浮いている。
そこには、運営が「テスト中」として放置していた、常識外れの敵たちがいた。
防御力無限、攻撃力無限。
本来なら、何千回テストしてもクリア不可能な「調整用モンスター」たちだ。
『ガァァァァァッッ!!!』
1体で街を滅ぼせるほどのスペックを持つモンスターが、俺たちに向かって殺到する。
カイが身構えたが、俺は木の棒を握りしめ、静かに呟いた。
「……調整用か。なら、答えは簡単だ」
俺は迷路の中央で、モンスターたちが一斉に放つ攻撃の「当たり判定」の重複を待った。
数千の攻撃が重なり、計算処理が限界を迎えた瞬間――俺はその「計算の隙間」に木の棒を叩き込んだ。
『パァァァンッ!!』
処理落ちした空間の中で、モンスターたちのHPデータが0に書き換わり、彼らは「攻撃対象」ではなく「ただの静止画」となって霧散した。
「……物理火力じゃなくて、デバッグログを叩き落としたのか」
カイが呆れたように笑う。
俺たちの前には、どこまでも続く白い道が続いていた。
「見てろ、カイ。この道がどこまで続いているか、俺が測ってやる」
俺は誰よりも速く、誰よりも無駄なく、未実装のエリアを駆け抜けた。
運営が一生かけても完成させられないはずの迷路を、俺たちはわずか数分で攻略していく。
その姿を、サーバーの外の運営チームがモニター越しに見ていた。
「……あいつら、開発中のステージを攻略してるぞ! なんだあの速度は!?」
「デバッグログを棒で叩くなんて、聞いたことがない……!」
運営たちは、俺たちの攻略を止める術を持たない。
俺たちはもう、プレイヤーですらない。
このゲームそのものを「攻略対象」として、徹底的に分解し、踏破していく「最強のデバッガー」になったのだから。
「ナナシ、出口だ! ……あの先に、何があるんだ?」
出口の先には、真っ白な空間にポツンと置かれた「スタート地点の初期村」のデータがあった。
そこは、すべてのプレイヤーが最初にスポーンする場所。
だが、その村には誰もいない。
データが壊れ、空っぽになった「世界の始まり」だった。
「……ここが、このゲームの全データの墓場か」
俺は静かに村の中心に立ち、木の棒を地面に突き立てた。
「ここから先へは、誰も行けない。……だが、俺たちが通った道が、世界で最も効率的な『ルート』になる」
俺たちの旅は、まだ終わらない。
運営が作った世界を、俺たちがより効率の良い世界へと作り替える。
それが、最強の初期装備プレイヤーたちの、終わりなきデバッグ作業なのだから。




