第29話:物流の断絶と無一文が招くシステム崩壊
機巧都市ギアのメインダンジョンを「ゴミ箱」と化した翌日。
俺がログインすると、そこは異様な空気に包まれていた。
街の至る所から機械音が響き渡り、蒸気の配管からは不協和音が漏れ出している。
どうやら昨日の「ダンジョン構造の破壊」がシステム全体に致命的なエラーを伝播させてしまったらしい。
俺がいつものようにギルドへ向かおうと、路面電車のレールに沿って歩いていると、自動人形たちが一斉に停止し、真っ赤な警告を点滅させた。
『緊急警告。全物流システム、停止。動力源の再計算ニ失敗シマシタ。全プレイヤーハ、街カラ退去シテクダサイ』
街中を走っていた蒸気式エレベーターや路面電車がすべてストップし、困り果てたプレイヤーたちが右往左往している。
移動手段をすべて「無料の徒歩」に依存している俺にとっては、何の影響もないことだ。
「……なるほど。ダンジョンの動力源と、街の物流システムが同じ配管を共有していたわけか。運営の設計ミスだな」
俺は気にせず、淡々と歩いてギルドへと向かった。
しかし、ギルドの配給機の前には、昨日までと違って数千人のプレイヤーたちが長蛇の列を作っていた。
「おい、食料配給機も止まってるぞ!」「自動販売機もエラーで動かない!」「課金アイテムのショップすら開かないんだ!」
どうやら、システムが「経済の正常な循環(売買)」が不可能と判断し、すべての自動販売機能をシャットダウンしたらしい。
おまけに、ダンジョンのゴミ箱にアイテムを捨てすぎたせいで、システムのインベントリ容量が溢れ、ログイン制限すら発生し始めている。
「チッ、飯が出ないのか。これは少し計算が狂うな」
俺は行列の最後尾に並ぶという、人生で最も非効率な時間を過ごさなければならない事実に顔をしかめた。
すると、俺の姿に気づいたプレイヤーたちが、鬼の形相で詰め寄ってきた。
「おい! お前がダンジョンの配管をぶっ壊したせいで、街全体が経済崩壊したんだぞ!」
「お前のせいでアイテムが売れない! 課金もできない! 責任取ってログアウトしろ!」
彼らは俺をこの大惨事の元凶として糾弾し、あわよくば運営からの「詫び石」を寄越せと詰め寄る。
「経済が崩壊……? 街が止まった? ……何を言っているんだ。俺には関係ない話だ」
俺は冷ややかに言い放ち、誰よりも早く配給機の前へと割り込んだ。
「俺は所持金0Gの『絶対貧困層』だ。アイテムも売らなければ、課金もしない。俺という存在が、この街の経済システムに負荷をかけることはあり得ないんだよ」
俺は手慣れた動作で、故障した配給機の側面にある『緊急メンテナンスハッチ』を木の棒でこじ開けた。
「システムが止まっているなら、手動で回路を繋ぐまでだ。……配給ラインのA-4。出力電圧を最小に固定すれば、俺の分くらいは吐き出せるはずだ」
配給機の中の精密回路を棒で器用に弄り、0.5秒で回路をバイパスする。
ガコン、と音を立てて、俺の分だけの灰色のカロリーブロックが排出された。
「さて、昼食も確保した。あとは効率の問題だ」
周囲のプレイヤーたちが呆然と立ち尽くす中、俺は噛み砕いたブロックを飲み込み、即座に次のエリアへのルート計算を開始した。
「この街は詰んだ。これ以上ここにいても、飯も出ないし、狩場もメンテ中だ。タイパが悪い」
俺は街の出口へと向かった。
しかし、ゲートは『全エリア封鎖中』の電光掲示板を掲げ、通行を拒否している。
『入市許可証ノ再発行ガ不可ノタメ、退去モ不可。全プレイヤーハ、街内ニテ待機セヨ』
「ほう。退去もさせてくれないのか。だが、システムが管理していない『物理的な壁の裏側』を通れば、ゲートを通る必要すらないな」
俺は近くのビルの壁を、反復跳びを駆使して垂直に駆け上がった。
屋上から、街を囲む巨大な防壁の最上部を見下ろす。
そこには、プレイヤーが触れれば即死する『システム境界線』が張り巡らされていた。
「境界線……。要するに、エリア外判定に触れさえしなければいい」
俺は壁の縁に立ち、次の街へと続く遥か彼方の荒野を見つめた。
所持金ゼロの無一文。
アイテムも装備も、移動手段も、街の機能も、すべてが俺を拒絶している。
「……最高だ。俺一人なら、システムに頼らずに生きていける」
俺は、重力と風のベクトルを計算し、加速を始めた。
システムが停止し、機能不全に陥った機巧都市を背にして。
俺は、この世界で最も自由な「一文無し」として、無許可の荒野へと飛び出していくのだった。




