第28話:運営の最終防衛線
機巧都市ギアの地下、廃棄スクラップ工場。
俺が「自動経験値供給ライン」と化しているその場所は、今や運営側にとって、サーバーの処理負荷を爆発させる「バグの巣窟」として認識されていた。
「ディレクター! ナナシが地下第4層の制御室に到達しました! あそこは『全方位からの物理干渉無効』という仕様のボス……『無限増殖する鋼鉄の回廊』が控えています。あれを突破することは物理的に不可能です!」
管理室のモニター越しに、運営陣は祈るような眼差しで状況を見守っていた。
『無限増殖する鋼鉄の回廊』。
それは、どれだけ攻撃しても、倒した場所から即座に2倍の数の機械兵が湧き出してくる、いわゆる「詰み」を前提とした運営の最終防衛線だった。
攻撃を当てれば当てるほど、敵が増えて耐久値が削られる。誰も攻略できない、理不尽の極致。
「よし、これでようやくあいつの『初期の木の棒』も限界を迎えるはずだ。どれだけ物理火力が異常でも、無数の敵に囲まれては、スタミナ切れでリタイアするしかない!」
ディレクターが確信を持ってそう言った、その時だった。
画面の中のナナシは、制御室の扉を開け、増殖し続ける機械兵の群れを前にして、ひどく退屈そうなため息をついた。
「なるほど。殴れば殴るほど増えるのか。……これは随分と『親切な』システムだな」
俺は木の棒を構え、眼前に群がる機械兵たちを見渡した。
彼らは俺の存在を認識すると同時に、装甲をガチャガチャと鳴らしながら押し寄せてくる。
「普通なら『倒す』ことに固執して詰むところだろうな。だが、俺は最初からこの部屋のシステムを理解している」
俺は、部屋の床の隅に配置された、古びた『蒸気放出バルブ』に目を付けた。
増殖する機械兵たちは、必ず『蒸気排出口』を踏んで出現するようになっている。
つまり、彼らはこの部屋の動力源を共有しているということだ。
「倒して個体数を増やす必要はない。動力源を叩けば、増殖の計算式ごと崩壊する」
俺は機械兵たちと正面から殴り合うという非効率な真似をせず、その脇をスタミナ消費ゼロの反復横跳びでスルスルとすり抜けた。
どれだけ数を増やそうが、彼らは俺の『座標』を捕まえることができない。
そして、部屋の角にある巨大なメインバルブの根元に、木の棒を突き立てた。
『パァァァァンッッ!!!』
木の棒がバルブの『接合部のネジ』一点にジャストミートし、その衝撃が配管全体へ連鎖反応を起こす。
増殖のための動力となっていた蒸気圧が、部屋中の機械兵の内部へ逆流した。
『ギ……ギギギ……パァァン! パァァン!』
部屋中を埋め尽くしていた機械兵たちが、全員同時に「ショート」し、自滅していく。
倒したから消えたのではない。システムの根底を絶たれた結果、存在自体が停止したのだ。
「……あ」
運営管理室のディレクターが、椅子から崩れ落ちた。
「敵の数が増える……? いや、敵を倒そうとしていたのは、俺たちが勝手にそう定義していただけだ……。あいつは最初から……ボスを倒すことなんて考えていなかった……」
ただのバグ利用でも、チートでもない。
ただ、徹底的なまでの『観察』と『最適化』。
運営が用意した何重もの複雑なギミックを、彼はただの「配管のネジ」として処理したのだ。
その頃、制御室のど真ん中で、俺は山のように積もったクズ鉄を眺めていた。
「よし、これでボスの排除完了。……と、おっと。もうすぐ俺の昼飯か」
時刻を確認し、俺はすかさずログアウトの準備を始めた。
足元には、システムを崩壊させたことでドロップした『機巧都市のマスターキー』や、数百万G相当のレアパーツが山のように転がっている。
だが、俺はそれらを一瞥もしなかった。
「重い。インベントリに入れたら次の街への移動効率が落ちる。これらは全部、部屋の隅のゴミ箱に捨てておく」
俺はゴミ箱にレアパーツの山を放り込むと、無料の灰色のカロリーブロックを口に放り込み、咀嚼1回で飲み込み、即座にログアウトボタンを叩いた。
ログアウト直前の俺の視界の端に、運営管理室から送られてきた『システムの自動修正メッセージ』が流れた。
『警告:特定のプレイヤーにより、機巧都市ギアのメインダンジョンが構造的な欠陥と判定されました。至急、管理者によるメンテナンスを実施します』
「……メンテナンス? そんなもの、俺の昼食時間には関係ない。後は勝手に修正しておけ」
俺はそう言い捨てて意識を切り離し、現実世界の昼食へと向かった。
後に残されたのは、マスターキーごと捨てられたレアアイテムの山と、頭を抱えて崩れ落ちる運営チームのスタッフたちだけだった。
「……これ、来週のアップデートまでに、あいつが次の街で何をするか……予想がつかないぞ……」
ディレクターの悲痛な声がモニター越しに響いていた。




