第21話:トップランカーの没落(勘違い)
『黄金喰らいの砂漠』での効率的なレベリングを終え、俺は第二の街『オアシス』の冒険者ギルドへと帰還した。
時刻は完璧に計算通り。現実世界のお昼休みに合わせた、最高のタイムスケジュールだ。
「無料の黒パンをもらいに来た。あと水も頼む」
俺がカウンターに立つと、獣耳の受付嬢は幽霊でも見たかのように飛び上がった。
「な、ナナシ様!? もう帰ってこられたんですか!? あ、あの凶悪な『黄金喰らいの砂漠』から、無傷で……!?」
「ああ。敵が自分から寄ってきてサンドバッグになってくれる、最高の狩場だったぞ。ほら、早く黒パンを出してくれ。俺のリアル胃袋が食事を要求しているんだ」
俺が急かすと、受付嬢は震える手でいつもの硬い黒パンと木の実のコップを出してくれた。
俺はすぐさまベンチに腰掛け、咀嚼回数25回という完璧なペースで黒パンの消化作業を開始する。
するとその時、ギルドの扉が重々しい音を立てて開いた。
「ぜぇ……ぜぇ……やっと着いたぞ……」
「馬車代500Gも払ったのに、落石の音がうるさくて一睡もできなかった……」
「スタミナ回復アイテムも底を突いた……早く宿屋で休ませてくれ……」
第一の街から『装甲馬車』に乗ってやってきた一般プレイヤーたちの第一陣だった。
彼らはボロボロになりながらギルドへと雪崩れ込み、そのまま床にへたり込む。
その中の一人が、ベンチで黒パンをかじっている俺の姿に気がついた。
「あ、あれ……? 防衛戦1位の『ナナシ』じゃないか!?」
その声に、ギルド内のプレイヤーたちが一斉にこちらへ視線を向ける。
「本当だ! なんで馬車に乗ってない奴が俺たちより先に着いてるんだ!?」
「それに……おい、見ろよ。なんであんなボロボロの初期装備で、ギルドの無料黒パンなんてかじってるんだ……?」
彼らのヒソヒソ声が広がる中、事情を知る受付嬢が、悲痛な顔をしてプレイヤーたちに告げた。
「皆様、どうかナナシ様を笑わないであげてください……。ナナシ様はつい先ほど、あの『黄金喰らいの砂漠』へ向かわれて……その、無一文(0G)になられて帰ってこられたのです……」
「「「…………っ!!?」」」
ギルド内が、水を打ったように静まり返った。
(ん? 何の話だ?)
俺が黒パンを咀嚼しながら小首を傾げていると、プレイヤーたちが顔を青ざめさせ、口々に叫び始めた。
「ば、馬鹿な! あの防衛戦でトップだったナナシが、コインドロボーに全財産をスられたって言うのか!?」
「何百万ポイントも稼いだはずなのに、全部奪われて……今は無料の黒パンをすするしかできないなんて……!」
「あ、ああ……だからUR武器も素材も全部置いていったのか! 全財産を失ったショックで、正気を……!」
どうやら、とんでもない勘違いが連鎖爆発を起こしているらしい。
俺は防衛戦の素材も武器も『重いから(スタミナ効率が落ちるから)』捨てただけだし、砂漠でも『所持金ゼロの無敵状態』を利用して荒稼ぎしてきただけだ。
だが、訂正するのも面倒なので放置して黒パンをかじり続けていると。
群衆の中から、一人の重戦士プレイヤーが涙を浮かべながら歩み出てきた。
「ナナシ……あんたには防衛戦で助けられた。全財産を失ったあんたに、こんなことを言うのはおこがましいが……これ、少ないが受け取ってくれ」
重戦士はそう言って、トレードウィンドウを開き、俺に『10,000G』の寄付を申し出てきた。
周囲のプレイヤーたちも「俺も出すぜ!」「英雄に黒パンなんか食わせられねえ!」と次々にゴールドを差し出そうとしてくる。
俺はそれを見た瞬間、今日一番の焦りを感じてベンチから立ち上がった。
「ふざけるなッ!!」
「えっ……?」
「誰がそんなデバフ(金)を受け取るか! 俺に1Gでも渡してみろ、即座にPKするぞ!!」
俺は木の棒を構え、本気の殺気を放ちながら重戦士を威嚇した。
冗談ではない。
もしここで1Gでも受け取ってしまえば、俺の所持金が『ゼロ』ではなくなってしまう。
そうなれば、重量が増えてスタミナ消費が悪化するだけでなく、『黄金喰らいの砂漠』での【コインドロボーAIフリーズ無限狩り】が二度とできなくなってしまうのだ。
そんな致命的なデバフ(寄付金)を押し付けようとするなど、悪質な嫌がらせ以外の何物でもない。
「絶対に渡すなよ! 俺はお金なんて1Gもいらないんだ! ずっと無一文でいい!」
俺が血走った目でそう叫ぶと、重戦士はトレードウィンドウをそっと閉じ……ボロボロと大粒の涙をこぼした。
「……ナナシ……っ! 自分の油断で全財産を失ったとはいえ……他人の情けは絶対に受けないと言うのか……!」
「なんという気高いプライドなんだ……! 俺たちは、なんて恥ずかしい真似を……っ!」
「英雄の誇りを傷つけるな! ナナシは、己の力だけで再び這い上がるつもりなんだ!!」
(いや、這い上がるも何も、ずっとこのスタイルなんだが)
勝手に美談にされて全員が号泣し始めたため、いよいよこの空間にいるのがタイムパフォーマンスの無駄に思えてきた。
「……まあいい。俺はリアルで飯を食う時間だから、ログアウトする。お前ら、絶対に俺のポケットに金をねじ込むなよ」
最後に念を押し、俺はギルドの隅にある無料の椅子に座って、ログアウトボタンを押した。
「(今日も一円も使わず、スタミナも完璧に管理できた。最高のゲームライフだ)」
俺の意識が現実世界へと戻っていく直前。
ギルドの扉がバンッ! と勢いよく開き、砂漠の方から帰ってきたらしきプレイヤーが、目を剥いて絶叫する声が聞こえた。
「た、大変だァァッ!! 『黄金喰らいの砂漠』に、コインドロボーの死体の山と……数億G分の金袋がポイ捨てされてるぞォォォッ!!!」
「「「…………は?」」」
俺のログアウト直後、第二の街のギルドがかつてない大パニックとインフレの波に飲まれたことは言うまでもないが……。
現実世界で炊飯器のスイッチを入れた俺にとって、それは完全にどうでもいいことだった。




