第20話:無い袖は振れない(所持金ゼロ)
第二の街の門を抜け、少し歩くとすぐに目的のフィールド『黄金喰らいの砂漠』へと到着した。
ギラギラと照りつける太陽。
熱したフライパンのような砂の上を歩くだけで、通常なら『熱気によるスタミナ消費倍増』のデバフがかかる過酷なエリアだ。
だが、そもそも移動にスタミナを使わず、最小限の歩幅と骨格のバランスだけで歩く俺にとっては、風がない分だけ『死の大渓谷』よりも快適な散歩道だった。
「さて、コインドロボーとやらはどこにいるかな」
砂漠の中央付近まで進んだ、その時だった。
『シャシャシャシャッ!!』
砂丘の陰から、砂塵を巻き上げて小柄な魔物が飛び出してきた。
ボロボロの頭巾を被り、背中に大きな布袋を背負った二足歩行のトカゲ。『コインドロボー』だ。
そのスピードは、第一の街の魔物たちとは比較にならないほど速い。
前衛職なら目で追うことすら難しく、魔法使いなら詠唱する前に懐に潜り込まれるだろう。
コインドロボーは俺の足元まで一瞬で肉薄すると、ダメージを与える武器ではなく、その鋭い爪で俺の『初期の布服』のポケット(インベントリ)へと手を突っ込んできた。
『ピコン!』
《コインドロボーの【強奪】攻撃!》
《プレイヤーの所持金から10%を――》
システムメッセージが視界に表示され、通常のプレイヤーならここで悲鳴を上げて数万Gを失い、魔物は地中へと逃げ去るはずだった。
しかし、メッセージは途中で文字化けしたようにバグり、直後に赤い警告ウィンドウへと切り替わった。
《エラー:対象の所持金が【0 G】のため、システムが処理できません》
俺のポケットに手を突っ込んだコインドロボーは、その状態のままピタリと動きを止めた。
『……? ……キュ?』
魔物のAI(人工知能)が、明らかな混乱を起こしているのがわかった。
コインドロボーのAIには「お金を盗む」→「地中に逃げる」という絶対の行動プログラムが組み込まれている。
しかし、俺の所持金が完全なる『ゼロ』であるため、何度ポケットを探っても「お金を盗む」という第一条件を満たすことができないのだ。
『キ、キュルルルッ!?』
コインドロボーは逃げることもできず、俺のポケットに両手を突っ込んだまま、必死に何もない空間をガサゴソと漁り続けている。
「可哀想に。無い袖は振れないんだよ。お前がどれだけ探ろうが、俺の全財産は0Gだ」
俺は完全に硬直してサンドバッグ状態になったコインドロボーの頭に、耐久値無限の『木の棒』を無造作に振り下ろした。
『パァァァァンッッ!!!』
【ミニマリスト】の理不尽な火力が、無防備な魔物の頭部をスイカのように粉砕する。
『ピコン!』
『コインドロボーの討伐を確認しました』
『莫大な経験値を獲得しました!』
「なるほど。逃げ足が速いギミックエネミーだから、経験値の量が異常に高いな。これは美味い」
俺が満足げに頷いていると、仲間がやられた匂いを嗅ぎつけたのか、砂漠のあちこちから数十匹のコインドロボーたちが猛スピードでこちらへ殺到してきた。
「お金持ちが来たぞ!」と言わんばかりに群がってくるドロボーたち。
彼らは四方八方から俺の身体に取り付き、一斉にポケットへと手を突っ込んできた。
《エラー:対象の所持金が【0 G】のため――》
《エラー:対象の所持金が――》
《エラー:エラー:エラー――》
視界が真っ赤なエラーメッセージで埋め尽くされる。
そして俺の周囲には、お金を盗めずにAIがフリーズし、俺の服にしがみついたまま微動だにしなくなった数十匹のコインドロボーの群れが出来上がった。
「素晴らしい。これなら自分から動いて狩る必要すらないな」
回避するスタミナすら不要。
俺は一歩も動くことなく、自分に群がってフリーズしている魔物たちの頭を、もぐら叩きの要領で端から順番にポコポコと叩き割っていった。
『パァン!』『パァン!』『パァン!』
小気味良い破裂音が砂漠に響き渡り、莫大な経験値が滝のように流れ込んでくる。
「なんて効率のいいレベリングだ。一般プレイヤーが悲鳴を上げる最悪の狩場が、所持金ゼロの俺にとっては、敵が自分からやってきて完全停止する『自動経験値配布機』になるわけか」
わずか10分足らずで、砂漠にいたすべてのコインドロボーを処理し終えた。
足元には、彼らがドロップした大量の『盗賊の金袋(換金アイテム)』が落ちていたが、俺は一切拾わなかった。
「あんな重い金袋を拾ったら、所持金が増えてしまって次からこの狩場が使えなくなるからな。それに、帰りのスタミナ消費も増える」
徹底した無一文こそが、この狩場の入場パスポートなのだ。
視界の端の時計を見ると、ちょうど現実世界のお昼の時間が近づいていた。
そろそろ第二の街のギルドに戻り、無料の黒パンを貰いに行かなければ。
「よし、完璧なタイムスケジュールだ。帰ろう」
俺は天文学的な価値を持つ換金アイテムの山を砂漠に放置したまま、一切のスタミナを消費していない軽やかな足取りで、第二の街へとUターンするのだった。




