第18話:500Gの正規ルートと、無料の空路
第一の街を出てすぐの場所に広がる『死の大渓谷』。
そこは、両側を切り立った崖に挟まれ、常にカマいたちのような暴風と、即死級の落石が降り注ぐ過酷なフィールドだった。
渓谷の入り口には、ギルドが運営する頑丈な『装甲馬車』の停留所があり、第二の街へ向かうプレイヤーたちが次々と500Gを支払って乗り込んでいく。
「いやー、500Gは痛いけど、歩いて抜けようとした奴らが全員、暴風で谷底に落とされてデスペナ食らったらしいからな」
「システムが用意した『ここはお金を払う場所ですよ』ってギミックなんだろ。大人しく乗るのが正解だ」
プレイヤーたちは装甲馬車の窓から外の暴風雨を眺め、安全な有料ルートに安堵のため息を漏らしていた。
一方、俺は停留所には目もくれず、渓谷の入り口ギリギリのラインで立ち止まり、吹き荒れる暴風と落石の軌道をじっと観察していた。
「なるほど。一見するとランダムに荒れ狂っているように見えるが、風の強弱には『1.5秒』の周期がある。落石も、風圧のベクトルに合わせて落下地点が完全に計算できるな」
俺の脳内が、すべての環境ギミックを単なる『処理可能なデータ』として逆算していく。
「馬車に乗れば安全に移動できるだろうが、到着までに数時間かかるらしい。タイパが悪すぎるし、なにより500Gが勿体ない」
視界の端で、先発の装甲馬車がゆっくりと渓谷へ向けて出発した。
システムに守られた分厚い装甲が、降り注ぐ落石をガコンガコンと弾き返しながら進んでいく。
「さて、馬車が壁になって風除けを作ってくれている間に、行かせてもらうか」
俺は黒パンの最後の一口を飲み込むと同時に、地面を蹴った。
『ヒュゴォォォォォッ!!』
渓谷に足を踏み入れた瞬間、システムが俺を『歩行者』と認識し、容赦ない暴風が身体を吹き飛ばそうと襲いかかってくる。
まともに歩けば、あっという間にスタミナゲージが削り取られていくだろう。
だが、俺は『歩かない』。
「風が一番強くなるタイミングで――跳ぶ」
俺は突風が吹き荒れる瞬間に合わせて、自ら風に乗るように高く跳躍した。
システムが『プレイヤーを後方へ吹き飛ばす』ための風圧を、俺は『前方へ加速するための推進力』として完全に利用したのだ。
空中で身体が押し流されそうになるが、そこへ都合よく頭上から巨大な岩が降ってくる。
「よっと」
俺は空中で身体を捻り、絶対に壊れない『初期の木の棒』を、降ってきた岩の側面にカチンと突き立てた。
耐久値無限の棒を支点にして、空中の岩を蹴り飛ばし、さらに前方へと三角跳びの要領で加速する。
「風に乗って、岩を蹴る。これなら移動に使うスタミナ消費は実質ゼロだ」
俺は渓谷の空中を、まるで重力を無視した鳥のように、あるいは乱数調整を極めたスピードランナーのように、ポン、ポン、ポンと軽快なパルクールで駆け抜けていった。
その頃。
渓谷の地上をゆっくりと進んでいた装甲馬車の中では、プレイヤーたちが窓の外を見て言葉を失っていた。
「……おい。いま、外の空中を『人』が飛んでいかなかったか?」
「は? お前疲れてるんだよ。こんな即死エリアを歩ける奴なんているわけ――」
プレイヤーの一人が呆れながら窓の外を見上げた、その時だった。
『ドガァァァンッ!!』
馬車の真横に落ちてきた巨大な落石を、ボロボロの『初期の布服』を着た男が、ただの『木の棒』で軽々と弾き返し、それを足場にしてさらに前方へとぶっ飛んでいく姿を、馬車内の全員がはっきりと目撃した。
「なっ……!? 初期装備!? いや、あの姿……防衛戦で1位だった『ナナシ』だ!!」
「なんで空を飛んでるんだ!? 馬車代の500Gをケチって、落石の上を跳んで移動してるっていうのか!?」
「頭がおかしい! スタミナも、装備の耐久値も、なにもかも計算が合わないぞ!!」
馬車の中はパニック状態に陥った。
自分たちが500Gという大金を払い、数時間かけてチンタラと進んでいる安全ルートの真横を。
無課金の初期装備男が、スタミナ消費ゼロの反復横跳びで、音速で追い抜いていくのだ。
「あ、あいつ……もうあんな先まで……。俺たちの500Gって、一体……」
馬車の窓にへばりつきながら、プレイヤーの一人が絶望の混じった声を漏らした。
彼らの視線の先では、ナナシの姿がすでに豆粒のように小さくなり、渓谷の出口へと消えていくところだった。
「ふう。到着、と」
渓谷の出口を抜け、俺は第二の街『オアシス』の入り口に綺麗に着地した。
ステータスを確認するが、風圧を推進力に変えたおかげで、スタミナは一切消費していない。
「馬車なら数時間かかるところを、たったの5分で踏破できた。移動時間の短縮に加えて、500Gの節約。我ながら完璧なタイムパフォーマンスだ」
俺は初期の布服についた砂埃を軽く払い、目の前に広がる新しい街の景色を見渡した。
「さて、ここにも『無料の黒パン』と『スタミナを使わない良い狩場』があるといいんだが」
後続の馬車に乗っているプレイヤーたちが、到着後に俺の姿を探して大騒ぎすることなど露知らず。
俺は極限まで最適化された歩様で、第二の街へと足を踏み入れた。




