第17話:英雄への特別報酬(フルコース)と、500Gの乗車拒否
翌日。
現実世界での完璧な栄養補給とタイムスケジュールをこなし、俺は昨日と寸分違わぬ時間に『FRO』へとログインした。
視界が晴れると、そこは第一の街『ベルグ』の広場。
俺の定位置である『無料の木製ベンチ』の上だ。
ステータス画面には、昨日から引き続き【疲労:スタミナ回復速度50%低下】のデバフが輝いている。
宿代をケチり続けたことによるペナルティだが、スタミナを使わない俺にとっては単なる飾りに等しい。
「よし、今日も完璧な目覚めだ」
ベンチから立ち上がると、周囲のプレイヤーたちがサッと道を開け、遠巻きにこちらをヒソヒソと指差しているのが見えた。
「おい、見ろよ……防衛戦1位のバケモノだぞ」
「ベンチから起きてきたってことは、何百万ポイントも稼いでおいて、まだ宿代の50Gをケチってるのか……?」
「最強のUR武器をトップギルドのマスターに投げつけて帰ったって噂、マジだったんだな……」
畏怖と困惑が入り混じった視線。
どうやら俺の極めて合理的なプレイスタイルは、彼らには少し高度すぎたらしい。
俺は周囲の反応を完全に無視し、タイムロスを避けるため最短ルートで冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けると、中は防衛戦の打ち上げムードで賑わっていたが、俺の姿を見た瞬間、やはり水を打ったように静まり返る。
俺は一直線に受付カウンターへと向かい、いつものエルフの受付嬢に声をかけた。
「無料の黒パンをもらいに来た」
「ひっ……!? な、ナナシ様……!」
受付嬢は俺を見るなり、かつてないほどに狼狽し、なぜかカウンターから飛び出してきて深々と頭を下げた。
「昨晩の防衛戦、誠にありがとうございました! ナナシ様が北門をたった一人で完封してくださったおかげで、この街は救われました! ギルドマスターからも、英雄であるナナシ様には『最高の待遇』を用意するようにと言付かっております!」
そう言って彼女がカウンターに並べたのは、鈍器のような黒パンではなく――湯気を立てる高級ステーキ、艶やかな香草焼き、そして輝くような果実水といった、ギルドが誇る『特別フルコース(特大バフ付き)』だった。
「さあ、どうぞ! もちろんギルドのおごりです! これを召し上がれば、スタミナ回復デバフなど一瞬で吹き飛び、丸一日は全ステータスが倍増しますよ!」
周囲のプレイヤーたちが「おおっ……」「あんな豪華な飯、ゲーム内でも見たことないぞ……」と羨望の声を漏らす。
だが、俺はそのフルコースを一瞥し、冷酷に首を横に振った。
「いらない。いつもの黒パンを出してくれ」
「…………えっ?」
受付嬢の笑顔が引きつった。
「俺はゲーム内の食事に『30分』もかけるような無駄な真似はしない。黒パンなら歩きながら1分で咀嚼できる。食べるという『作業』でタイムパフォーマンスを落とすなど、論外だ」
「た、食べるのは……作業……?」
「それに、俺はすでに黒パンを食べた前提でのスタミナ管理と戦闘のリズムを完全に最適化している。中途半端にステータスが倍増したりしたら、回避の際の『踏み込みの距離』が狂って逆に非効率になるんだ」
俺の完璧な論理を聞いた受付嬢は、両手で顔を覆い、何故か震え出した。
「英雄が……街を救った英雄が、食事の時間を削るためだけに石のように硬い黒パンをかじりながら戦い続けるなんて……! ギルドは、ギルドはなんて残酷なことを……っ!」
勝手に悲劇のヒーローとして同情されているようだが、誤解を解く時間すら惜しい。
俺はカウンターの隅にあったいつもの黒パンをひょいと掴み取った。
「で、今日は一つ聞きたいことがある。イベントも終わったし、そろそろ『次の街』へ行きたいんだが」
俺がそう尋ねると、受付嬢は涙を拭いながらハッとして答えた。
「あ、はい! 防衛戦を乗り越えたことで、第二の街『オアシス』へのルートが解放されました。ギルド前から出ている『装甲馬車』に乗れば、安全かつ数時間で次の街へ到着できます! 乗車料金は、お一人様たったの500Gとなっております!」
500G。
一般的なプレイヤーなら、昨日のイベントで稼いだ資金で余裕で払える金額だろう。
「じゃあ、歩いて行く」
俺は即答し、ギルドの出口へと背を向けた。
「ええっ!? お、お待ちください! 第二の街への道中には『死の大渓谷』というフィールドがあり、そこには絶対に倒せない環境ギミックの『暴風』と『落石』が吹き荒れています! 頑丈な装甲馬車でお金を払って通り抜けるのが、システム上の絶対の正規ルートで――」
「システムがどうであれ、移動に500Gのランニングコストを払うなんて絶対に嫌だ。歩いて(タダで)行く」
「そんなっ! 歩いていけば、暴風でスタミナを削られて谷底へ吹き飛ばされますよ! 確実な死が待っています!」
俺は受付嬢の静止の声を背中で聞き流しながら、ガリッと黒パンをかじった。
絶対に倒せない環境ギミック。
スタミナを削る暴風と落石。
「なるほど。要するに、ただの『障害物競争』ってことだな」
俺は黒パンを咀嚼しながら、ニヤリと口角を上げた。
「【マニュアル・オーバードライブ】で速度リミッターを解除した俺のアバターなら、暴風が吹く前に駆け抜け、落石を足場にして跳べる。……最高の無料の移動手段じゃないか」
俺は、一般プレイヤーがわざわざお金を払ってスキップする『死の渓谷』を、スタミナ消費ゼロで踏破するための演算を脳内で開始しながら、意気揚々と街の出口へ向けて歩き出した。




