第12話:酸の主(エリアボス)と持ち帰るのが面倒な宝箱
アシッドスライムたちをビリヤードの要領で的確に串刺しにし続け、俺はあっという間に『溶解の酸洞窟』の最深部へと到達した。
本来なら、強酸による装備の耐久値減少に怯えながら、ポーションをガブ飲みして進むべき過酷な道程。
だが、絶対に壊れない『初期装備』で歩く俺にとって、ここはただの散歩コースに過ぎなかった。
「そろそろか」
最深部の開けたドーム状の空間。
その中央に鎮座していたのは、周囲の酸の沼をすべてかき集めたような、見上げるほど巨大な緑色の粘体だった。
『ゴボッ……ゴボボボボォォォッ!!』
洞窟全体を揺らすような低い震動音と共に、巨大な粘体が立ち上がる。
エリアボス『マザー・アシッドスライム』。
通常のスライムとは比較にならない濃度の強酸をまとい、その身体の中心にはスイカほどもある巨大な赤い『核』が脈打っているのが見えた。
「なるほど、デカいな。あの巨体に丸飲みされたら、さすがの俺もHPが削られてアウトだろう」
装備の耐久値が減らないとはいえ、俺自身のHPが酸のダメージを受けないわけではない。
ノーダメージ攻略を身上とする俺にとって、あの強酸の塊に触れることは絶対に避けなければならないリスクだ。
『シャァァァァァッ!!』
マザースライムが咆哮を上げ、その巨体を大きく波立たせた。
次の瞬間、部屋全体を埋め尽くすほどの『強酸の津波』が、こちらに向かって一気に押し寄せてきた。
広範囲の全体攻撃。
通常のプレイヤーなら、ここで防御スキルを使うか、壁に張り付く魔法アイテムなどを使って回避するしかないギミックだろう。
「だが、アイテムを買う金も、スキルを使うスタミナも勿体ない」
俺は向かってくる酸の津波を前にしても、焦ることなく冷静に足元の岩盤を見つめた。
そして、【マニュアル・オーバードライブ】による極限の速度で、右手に持った『初期の木の棒』を、床の岩盤の隙間へと勢いよく突き刺した。
ガキィッ!! と木の棒が岩にしっかりと食い込む。
絶対に折れない(耐久値無限の)棒だからこそできる芸当だ。
「よっと」
俺はその木の棒を支点にして、棒高跳びの要領で身体を大きく宙へと跳ね上げた。
直後、俺の足元すれすれを、凶悪な強酸の津波が通り過ぎていく。
ノーコストでの完全回避。
「そして、ここからが一番効率のいい攻撃方法だ」
俺は宙に舞い上がった頂点で、岩盤から引き抜いた木の棒を両手で構えた。
真下には、津波を放ち終えて隙だらけになったマザースライムの巨体と、その中心にある巨大な赤い『核』。
俺は自らのスタミナを一切使うことなく、ただ『重力』に従って自由落下しながら、木の棒の先端をマザースライムの核へと真っ直ぐに向けた。
「落下エネルギーを利用すれば、スタミナ消費はゼロだ」
【ミニマリスト】による理不尽な攻撃力補正が乗った木の棒が、隕石のような速度でマザースライムの脳天へと突き刺さる。
分厚い強酸のゼリーをすり抜け、スイカほどの巨大な核の中心点へ、寸分の狂いもなく直撃した。
『――ッッ!!!??』
音すらなかった。
極大の物理エネルギーを内部に直接流し込まれたマザースライムは、断末魔を上げる間もなく、風船が弾けるように一瞬で霧散した。
『Critical !!』
『99,999 Damage !!』
「ふう、着地も完璧だ」
俺は酸の飛沫を一切浴びることなく、綺麗に床へと着地した。
『ピコン!』
『エリアボス【マザー・アシッドスライム】の単独討伐を確認しました』
『溶解の酸洞窟をクリアしました』
軽快なファンファーレと共に、マザースライムが消滅した跡地に、豪奢な装飾が施された黄金の宝箱がドスッと出現した。
エリアボスの初回討伐報酬が入った、確定のレア宝箱だ。
「さて、何が入ってるかな」
俺が宝箱の蓋を開けると、そこには眩い光を放つ緑色の宝石が鎮座していた。
【アイテム:酸女王の涙(UR)】
市場価値:150,000G / 重量:15.0kg
「…………」
俺は宝石と、そのステータス画面を数秒見つめ。
パタン、と静かに宝箱の蓋を閉じた。
「15キロて。そんな米俵みたいな重さの石ころをインベントリに入れたら、重量オーバーで移動時のスタミナ消費が激増するじゃないか」
売れば15万Gの大金になる激レアアイテム。
だが、今の俺にとって『初期装備以上の有用な装備』は存在しないため、そもそもお金を稼ぐ必要がない。
使わないお金のために、移動時のスタミナ効率を悪化させるなど、愚の骨頂である。
「よし、帰ろう」
俺は黄金の宝箱とURアイテムを未練ゼロで放置し、来た道を軽やかな足取りで引き返し始めた。
誰もいない静かなダンジョンで、今日も俺のタイムパフォーマンスとリソース管理は完璧に最適化されていた。
ただ一つ。
この数時間後、クエストを受注して酸の洞窟に挑みに来た他のプレイヤーたちが、「最深部に手付かずのまま放置されたボス宝箱」を発見し、掲示板がかつてないほどの大パニックに陥ることになるのだが……。
もちろん、そんなことなど俺の知る由もなかった。




