第10話:コスパ最悪の不人気ダンジョンは、無課金(俺)のための天国でした
ギルドに到着すると、そこは昨日とは打って変わって大勢のプレイヤーでごった返していた。
だが、俺が入り口の扉を開けた瞬間、周囲が水を打ったように静まり返る。
「……おい、来たぞ」「あの変態ドケチだ」「目を合わせるな」
モーセの十戒のごとく、俺の歩く道だけがサーッと開けていく。
人混みを避ける手間が省けて非常に効率がいい。
俺は真っ直ぐに受付カウンターへ向かった。
そこには、昨日俺の異常なプレイデータを見てドン引きしていたエルフの受付嬢がいた。
彼女は俺の顔を見るなり、ビクッと肩を震わせ、引きつった営業スマイルを浮かべる。
「い、いらっしゃいませ……! 冒険者様。本日はどのようなご用件で……?」
「無料の黒パンをもらいに来た」
「……っ!」
受付嬢は息を呑み、そして震える手でカウンターの下から鈍器のように硬い黒パンを取り出した。
俺はそれを受け取り、その場でガリッと一口かじる。
昨日の反省を活かして咀嚼回数を25回に増やすと、段ボールの風味がほんの少しだけマイルドになった気がした。
もそもそと黒パンを消化しながら、俺はギルド内のクエストボードに目を向けた。
他のプレイヤーたちが、ある一枚の張り紙の前で頭を抱えている。
「おいおい、なんだよこの新着クエスト。『溶解の酸洞窟』って……」
「『警告:内部は酸性のガスが充満しており、滞在しているだけで装備の耐久値が削れます。予備の武器と大量の修理キットが必須』……ふざけんな! そんなの修理費だけで大赤字だろ!」
「ただでさえボス戦で金欠なのに、こんなクソダンジョン誰が行くかよ!」
プレイヤーたちの悲鳴を聞いて、俺はピタリと咀嚼を止めた。
……装備の耐久値が削れる?
修理キットが必須?
俺は背中に背負っている『初期の木の棒』と、身にまとっている『初期の布服』を見た。
これらは、ゲーム開始時からすべてのプレイヤーに与えられている『絶対に壊れない(耐久値無限・破損不可)』というシステム上の保護がかかった、最強の無料装備である。
「つまり……俺にとっては、何のデメリットもないただの洞窟ってことか?」
しかも、他のプレイヤーが「修理費が赤字になる」と敬遠しているということは、あの洞窟には現在『誰もいない』ということだ。
狩場を独占でき、横殴りされることもなく、マイペースに効率よく素材を集められる。
「なんてことだ。あんな美味しい貸し切り空間が放置されているなんて」
俺は歓喜に打ち震えながら、プレイヤーたちの人だかりを掻き分け、その不人気クエストの張り紙をベリッと剥がし取った。
「えっ……?」「お、おい。ナナシの奴、酸の洞窟のクエスト受けたぞ……!?」
周囲のプレイヤーたちが驚愕の声を上げる中、俺は受付嬢のカウンターに張り紙を叩きつけた。
「これを受注する」
「そ、そのクエストはっ! 装備がドロドロに溶かされる過酷な試練ですよ!? 冒険者様のような布の軽装で挑むなど、自殺行為――」
「問題ない。」
「…………っ!?」
もはや会話のドッジボールを通り越して、別の言語を話している宇宙人を見るような目を向けてくる受付嬢。
俺はクエストの受理印が押されるのを待つ時間すら惜しく、残りの黒パンを口に放り込むと、足早にギルドを後にした。
「よし、このダンジョンを独占して、コスパ良く稼がせてもらうとしよう」
【疲労:スタミナ回復速度50%低下】のデバフアイコンをぶら下げたまま、一切スタミナを消費しないエコな歩き方で酸の洞窟へと向かう俺の背中を。
ギルドにいた全員が、やはり恐怖と畏敬の入り混じった目で見送っていた。




