◇四.開始◇
◇Tips.◇
価値の話をしようか。
いや、そんな高尚な言葉で飾り立てる必要はない。これはもっと泥臭く、執着に塗れた、ただの【呪い】の話だ。
かつて、私が愚かさゆえに、ある一族の血に刻み込んだ一節。
『激昂せよ、絶望せよ、さすればその命は輝きへと転じ、永遠に語り継がれるだろう』
……滑稽なことだ。その言葉通り、エウカリオンの末裔たちは、二十歳にも満たぬ若さで、命を宝石へと変えて死に絶える運命を背負わされた。
彼らが流す緑の涙、その結晶には時間を食らう力が宿る。
私がかけた呪いの代償として、私は死を奪われ、彼らが宝石を零すたびに、その欠片を拾い集めては、彼らの短い生をただ眺めるだけの【観測者】に成り果てた。
数百年、あるいは数千年の孤独。
数え切れないほどのエウカリオンを見送ってきた。
彼らは皆、美しく、儚く、そして例外なく死んだ。
どうせ今回も、終わるはずがない。
この因果の円環から逃れられる魂など、この世には存在しないのだから。
……だが、今代の彼らだけは、少しばかり様子が違う。
一人は、オリビン。自らを無機質な資源と定義し、未来を拒絶した少女。
そしてもう一人は、クロウ。あろうことか、私の呪いの残滓である宝石を煙に変えて、時間を強引に引き摺り戻そうとする狂った男。
男は、彼女を救うために、彼女の死を燃やす。
救いたいという愛情が深まれば深まるほど、私の呪いはより純度の高い結晶を生み出し、皮肉にも彼女の死をより強固に、より残酷に固定していく。
彼が足掻けば足掻くほど、彼女の喉元に突き立てられた死の刃は深く沈み込むのだ。
私はそれを、特等席から眺めている。
どうせ無駄だ。結局は、灰が積み重なるだけだ。
そう、冷笑を浮かべながら。
……けれど。
私の心のどこか、乾ききった澱のような場所が、微かに疼いている。
この狂った反復の果てに、もしも。
もしもこの男が、私の呪いすらも焼き尽くすほどの、救いようのない絶望か、あるいは正体不明の奇跡を掴み取るとしたら。
そうなれば、ようやく、私も終わることができるのかもしれない。
さあ、見せてくれ、クロウ。
お前がその最後の一本を吸い切ったとき、そこに残るのは絶望の灰か。
それとも、私をも終わらせてくれる何かか。
……観測を、再開しよう。
◇
配属初日。
報告は、以前と同じだった。
「対象個体、オリビン。配置完了しました」
ドーナツは、ゆっくりと視線を上げた。
そこに彼女がいる。
細い体。
整いすぎた顔。
無機質な立ち姿。
淡い金に緑が混じる短い髪。
オニキスのような黒い瞳。
まるで軍の備品みたいに、そこに立っている。前と同じだ。なのにもう、同じには見えない。
喉の奥が、わずかに詰まる。
彼は知っている。
この数週間後、彼女は、自分を庇って死ぬ。その事実だけがこの場に混ざっている。
テオドーラは、何も知らない。
ただ静かに、命令を待っている。
その姿に苛立ちが走る。
違う。そんなふうに立つな。
言葉にならないまま口が開く。
「……体調は」
その場の空気が、一瞬止まった。部下がわずかに視線を上げる。ドーナツが、そんなことを聞くはずがない。
テオドーラも、ほんのわずかに目を見開く。
「問題ありません」
即答だった。感情のない、完璧な返答。
それが、余計に気に食わない。
「問題がないかどうかは、俺が判断する」
低く、押し殺した声。
部屋の温度が、少しだけ下がる。
「……再度確認する。痛み、異常、違和感は」
テオドーラは一瞬だけ迷った。ほんの一瞬。それから。
「ありません」
やはり同じ答え。
嘘だ。ドーナツは確信する。
彼は知っている。
彼女は、限界でも問題ありませんと言う。それが、彼女の壊れ方だから。
ドーナツは息を吐いた。少しだけ、視線を逸らす。
「……医療チェックを先に回せ」
「しかし、任務ブリーフィングが……」
「順序を変えろ」
短く断定する。誰も逆らえない。それが、この部隊の構造だった。
テオドーラは小さく頷く。
「了解しました」
そのまま、歩き出そうとする。その背中を見て、ドーナツは、ほんの一瞬だけ手を伸ばしかける。
触れれば何かが変わる気がした。
でも止める。触れてはいけない。
まだ。まだ、ここは最初だから。
彼はポケットに手を入れる。
そこには、何もない。あったはずのものが、ない。
くすんだ宝石。価値がないとされたもの。
それが、まだこの世界には存在していない。
彼は目を閉じる。短く、息を吐く。
「……クロウ?」
部下が怪訝そうに呼ぶ。
ドーナツは目を開ける。いつもの顔に戻る。
無機質で、冷静な指揮官。
「ブリーフィングを始める」
そう言いながら、ほんのわずかに、声が遅れた。その遅れに誰も気づかない。
彼だけが知っている。
この世界が、二周目だということを。
そして、テオドーラがまだ死んでいないということを。




