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◇八.灰断◇

 午後の光はやわらかい。基地の中庭では、整備棟の影が少しだけ伸びて、風が穏やかに抜けていく。任務と任務の合間。珍しく、静かな時間だった。


 テオドーラは、ベンチに座っていた。膝の上に、小さな布。そこに並べられているのは、いくつかの結晶。

 どれも、くすんだ色をしている。

 価値の低い、失敗作。

 廃棄されるはずだったもの。


 指先で、ひとつをなぞる。

 冷たい。ひびがある。

 内部に、赤い筋。


「こんにちは」


 声がした。

 顔を上げると、ミラが立っていた。いつの間に来たのか分からない。

 相変わらず小柄で、少し歪なシルエット。規則から外れた装備。片方だけ濁った瞳。抱えたままの、擦り切れたぬいぐるみ。


 テオドーラは、少しだけ戸惑う。

「これは……」

 言いかけて、止まる。

 説明する価値がないと判断しかけて。でも。

 

「……失敗したものです」

 言い直す。ミラは、首を傾げる。

「失敗?」

 テオドーラは頷く。

「価値が低く、利用効率も悪いので……廃棄対象です」

 淡々とした、いつも通りの言い方。


 ミラは、その結晶をじっと見る。

 しゃがみ込んで、視線を近づける。

「……変です」

 ぽつりと呟く。

 テオドーラが、わずかに目を瞬かせる。

「どこが、ですか」

 ミラは、指で結晶のひびをなぞる。

 触れ方は、乱暴ではない。むしろ、慎重だった。

「全部、違います。同じもの、ひとつもないです」

 テオドーラは、言葉を失う。

 そんなふうに見たことがなかった。

 価値のあるものか。ないものか。

 それだけで分けていたから。


 ミラは続ける。

「色も違うし、形も違うし。中も、ちょっとずつ違います」

 顔を上げて、笑う。

「ちゃんと、全部別物です」

 その言葉は、評価でも、慰めでもない。

 テオドーラの中で、何かが引っかかる。

「……価値は、ありません」

 繰り返すように言う。ミラは、すぐに首を振る。

「ありますよ。だって、できたんですよね。それだけで、十分です」

 テオドーラは、息を止めた。

 理解できない。でも。

 否定も、できない。

 ミラは、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

「壊れてても、いいです。ちゃんと残ってるなら。意味、あります」


 その言葉は、どこか、祈りのようだった。

 テオドーラは、視線を落とす。

 膝の上の結晶を見る。

 くすんだ緑。ひび。血の筋。

 今までと、同じはずなのに。違って見えた。


「……あなたは、なぜ、そう思うのですか」

 ミラは少しだけ考える。そして。


「そう思わないと、困るからです」


 笑う。

 いつもの、少し無邪気な笑顔。

 でも。その奥にあるものを、テオドーラはまだ知らない。


 沈黙が落ちる中、風が吹く。

 結晶が、かすかに光を反射する。

 テオドーラは、ひとつを手に取る。

「……綺麗、ですか」小さく問う。

 ミラは、頷く。

「はい」


 その瞬間。

 テオドーラの中で、何かがほどけた。


「……そうですか」

 小さく、返す。

 その声は、いつもより、わずかに柔らかい。

 少しだけ、間が近くなる。

 距離はまだある。

 だが確かに、一歩だけ、縮まった。



 その様子を、少し離れた場所から。ドーナツはそれを見ていた。何も言わない。ただ、立っている。

 二人の距離。

 表情。

 会話の流れ。

 すべてを観察している。


 テオドーラの変化は、明確だった。

 わずかに、表情が緩んでいる。

 声の硬さが、ほんの少しだけ落ちている。

 あれは、外部からの影響だ。

 ミラの言葉。

 ミラの在り方。

 それが、彼女の中に入っている。


「……なるほどな」

 小さく呟く。悪くない。

 むしろ、今までで一番、自然だ。

 無理に守っていない。

 隔離もしていない。ただ、関わっている。

 それで変わっている。

 胸の奥に、わずかな感覚が生まれる。

 期待。

 そんなものを、持つつもりはなかった。

 だが。

「……使えるかもしれない」

 ミラという変数。今までの周回には、なかったもの。

 イレギュラー。何度も繰り返す中で生まれたもの。

 それが、もしかしたら。

 結果を変える可能性になるかもしれない。


 風が吹く。

 中庭の光が、少しだけ揺れる。

 その穏やかな時間はまだ、壊れていない。


 だからこそ。

 このあとの壊れたときの音は、きっと、よく響く。

 

【炎炎編・了】

 to be continued.

◆◆◆◆◆

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