◇五.焔心◇
整備室のドアが、音もなく開いた。
「第八区画にて異常発生。分類:理想追求型」
無機質なアナウンスが、白い空間に落ちる。
ミラは椅子の上で、ほんの少しだけ背筋を伸ばした。
足は相変わらず床に届かず、宙で揺れている。
「理想追求型……」
小さく呟く。
ラプラスは端末を閉じた。その動作に一切の迷いはない。
「今回は個人理想ではありません」
「……違うんですか?」
「対象は、世界の是正を目的としています」
その言葉に、わずかな沈黙が生まれた。
意味は理解できる。だが、実感が伴わない。
世界を正す。
それが異常として扱われる理由を、まだミラは知らない。
◇
移動は迅速だった。
装備は最小限。命令は単純。
クロウ班は、現場に向かう。
第八区画に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
静かだった。異様なほどに。
崩壊した建物。
割れたガラス。
放置された車両。
景色は、いつもの災害現場と変わらない。
だが。音がない。
叫びも、泣き声も、怒号も。
何もない。
「……おかしいですね」
ミラが呟く。
その声すら、どこか浮いて聞こえた。
通りの向こうで、人影が動く。
数人の市民。怪我をしている者もいる。
血を流している者もいる。
それでも。誰一人として、苦しそうな顔をしていない。
互いに支え合い、ゆっくりと歩いている。
誰も倒れない。
誰も助けを求めない。
「大丈夫です」
誰かが言う。
「問題ありません」
別の誰かが続ける。
声は穏やかで、整っている。
揺らぎがない。まるで台本でもあるかのように。
テオドーラが、足を止めた。
「……感情が、均一化されています」
静かな分析。ドーナツは周囲を一瞥する。
状況を把握するのに、時間はかからない。
「上書きだな。正しい状態を強制してる」
ミラが、周囲を見回す。
争いがない。
怒りもない。
混乱もない。
ただ、静かに整った人間たち。
「……いいこと、じゃないんですか」
ぽつりと漏れた言葉。誰もそれに答えない。
代わりに、ドーナツが歩き出す。
「中心を叩く。ついてこい」




