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微睡みの世界で、まやかしの幸せを  作者: 色葉充音
Part 2 法月綾世の『 』
25/32

03 先に行くだけ

『——っ、ぐ……ぅ』


 雨の匂いと共に飛び込んできたのは、誰かの堪えるような声。だんだんと鮮明になっていく視界には、布目先生たちを庇うようにして腕を伸ばす綾世先輩のお父さんが映った。その肩には注射器が刺さっている。


 対峙するように立っている灰色のフードを被った男性は、紫の液体が入ったもう1つの注射器を振りかざした。


『っ、ゆき! 確保!』


 唖然としていた千さんはその声にはっとして、襲いかかる男性の手から注射器をはたき落とす。続けて腹部に拳をめり込ませた。呻き声を出した男性は地面に膝をつくが、その目にはまだギラギラとしたどす黒い炎が見えていた。


『……兼光(かねみつ)千、犯人制圧のため異能の使用を許可する』

『承知、しました』


 先輩のお父さんの言葉に、千さんは答える。ゆっくりと瞼を閉じてまた開けると、その瞳は灰色に光っていた。抵抗する男性の顔を力任せに固定して、視線を合わせる。


 途端に男性の体からがくりと力が抜け、倒れた。開いたままの目には恐怖が浮かんでおり、時折びくりと痙攣しては、声にならない悲鳴を上げている。……きっと、これは千さんの異能だ。


 男性が動かなくなったことを確認して、千さんは慌てて小さな先輩たちのもとへと向かった。


 歯を食いしばる布目先生に抱かれた小さな先輩と、注射器が刺さっていたところを押さえ、座り込む綾世先輩のお父さん。真っ青な顔をしながらも、先輩のお父さんは近づいてきた千さんに優しく声をかけた。


『さすが……、異能省所属特殊異能事件対策局、期待の新人だね』

『……伊達に、先生の下で働いてないですからね』


 千さんは、苦しさを隠したような笑顔を作る。それに対して、先輩のお父さんは「さすが、私の教え子で部下だ」と笑う。

 布目先生の腕の中から抜け出した綾世先輩は、おそるおそるといった様子でお父さんの腕に触れた。エイのぬいぐるみは片手にしっかりと握られている。


『とーさん……だいじょーぶ、だよね?』


 それに返されるのは悲しそうな笑顔だけ。まさか、本当に……亡くなってしまう?


『綾世……、父さん、ここでお別れしないといけない、みたいだ』


 その言葉はずしりと重く心に伸し掛かる。


『……え。どうして……?』

『せ、センセイ……』

『……未来を、見たんだ。今日、このまま私は死ぬ。あの男は毒を作り出せる異能者だよ。さっき刺されたのはその毒、……あの男しか解毒ができないものだね』

『そん、な……解毒するように言います、もう一度、自分の異能を使って。そうしたらきっと——』

『無駄だよ』


 千さんの言葉を遮って、先輩のお父さんは何でもないことのように言った。


『あの男が解毒薬を作るには、少なくとも1時間はかかる。……異能って、やっぱり不便だよね。毒を作り出すのは一瞬だけど、その解毒薬を作るには……っ、何倍もの時間が必要』

『それって……』

『これも、未来を……見た時に知ったことだね。私の異能で見た未来は、っ、変えられない。それは、きみたちもよく分かっているでしょう?』


 布目先生と千さんは悔しさを堪えるように黙った。小さな綾世先輩だけは「とーさん……?」と状況を飲み込めていない。

 ふらりと体勢を崩した先輩のお父さんを、布目先生が支えた。


『……綾世、よく……っ聞きなさい』


 瞳いっぱいに涙を浮かべて、小さな綾世先輩は頷く。お父さんは良い子だと小刻みに震える手で先輩の頭に触れた。


『きっと、っ……異能者として生きていたら、苦しいことだって、辛いことだって、たくさん……たくさんあるだろうね。……でもね、綾世。それでも、生きないと。この……異能者に、厳しい世界、に……負けたくはない、でしょう? だからね、強く、生きなさい。……っ、誰かに、誇れる生き方を、しなさい……。……幸せに、なってね、綾世』

『とーさん、おれ——』

『大丈夫、また、会える……っ。父さんは……先に、母さんのところに、行く……だけ』


 先輩のお父さんは、黙って見守っていた2人に視線を向ける。布目先生は血が出そうなくらいに手を握りしめて、千さんは耐えるように唇を噛んでいる。


『……2人とも、そんな、に……苦しま、ない、で……?』

『だけど、……センセイはオレたちを庇って……』


 布目先生の言葉に、お父さんは息も絶え絶えにふっと笑った。


『琥太郎、千……綾世を、頼んで、も、……いい、かな。……この子が、笑える、ようにっ……手助け、してやってほしい。……卑怯で、ごめん、ね? ダメ……な、先生で、ごめんね』

『そんなこと、そんなことあるわけないです……! 先生はいつまで経っても自分たちの最高の先生ですから。綾世くんのこと、頼まれました』

『千の言う通りだ。センセイがダメなんてわけがない。……綾世は、任せろ』

『そ、っ……か。ありが……う、ね』


 先輩のお父さんは再び「綾世」と呼ぶ。ふらふらと伸ばされた手を、小さな先輩はしっかりと握った。


『あぁ……あったか、……ぃ』


 もう、その視線は綾世先輩の方を向いてはいない。


『……きみ……ち、を……まもれ、よか、た——』


 光が、消えた。すぅ、と瞳孔が開いた。


 ぽつぽつと雨粒が落ちてくる。それはだんだんと勢いを増し、すぐに土砂降りとなった。

 涙を涙で洗うような、そんな世界が暗転する。遠くから、泣き叫ぶ声と救急車のサイレンが聞こえた。

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