#89 勉強!
中間試験という単語が投下されたその日から、
1-Eは急速に“受験生の巣”みたいな空気になった。
魅亜は教室の隅で魔法関係の単語カードを燃やしかけ、
遥花はノートを開いたまま半分寝て、
虹矢は参考書を殴って気合いを入れ、
理紅虎は倫理学の教科書と睨み合っていた。
瑞翔はその全員のペースを気にしながら、
同時に俺の方もちらちら見てくる。
それでいて──俺だけは、普通だった。
昼は普通に飯を食い、
午後の授業を普通に受け、
眠くなった時間にはあくびが出る。
放課後だって、いつも通り。
「じゃあ帰るわ」
鞄を肩にかけ、軽い足取りで教室を出る。
背後では誰かが「この状況で帰るのかよ……」と呻いていたが、
別に聞こえていないことにしておいた。
⸻
昇降口を抜けて外へ出た瞬間、
寮の方から歩いてきた影と目が合う。
昴だ。
「あれ、玲磁か」
「よう」
昴は俺の手ぶら同然の帰宅スタイルを見て、
眉をひくっと上げた。
「……お前、もう帰るのか?
中間試験、もうすぐだろ?」
「ああ」
間を置かずに返すと、
昴は呆れなのか感心なのか分からない顔になる。
「玲磁、お前……150位なのに信じられないくらい余裕あるな」
「そういう昴は2位だろ?余裕ありそうだな」
「学科は3位だけどな」
昴は小さく肩をすくめる。
「俺は部屋で勉強する方が捗るんだよ。
教室は落ち着かない」
そう言って、寮の方へ歩き出す。
俺もその隣に並ぶ。
赤ノ寮までの帰り道は、
いつもの夕暮れの色で、
試験前の空気感とはまるで結びつかないほど静かだった。
昴は参考書らしきものが入った鞄を軽く揺らしながら、
「……にしてもさ。
本当に余裕なんだな、お前」
「さぁな」
夕日に照らされた昴は苦笑し、
俺はただ気持ちいい風を胸いっぱい吸い込んだ。
二人の歩幅は自然にそろい、
赤ノ寮の正面が見えてくる。
玲磁はなぜこんなに余裕なんだ…?




