#80 休日の夜
赤ノ寮の窓から、講堂の明かりがまだ揺れている。
部屋に戻った俺は制服を脱ぎ、ベッドに放り投げる。
「いやぁ……今日も色々あったな。三賢組との芸術バトルとか……」
上段ベッドでノートを閉じていた瑞翔がこちらを覗き込む。
「玲磁。そういう時ほんと楽しそうだよね。
普通は公演中に討論とかしないよ」
「普通って言われてもな……俺、そういうのあんま分かんねぇんだよ」
「知ってるよ。だから言ってるんだし」
瑞翔の声は妙に冷静で、少し呆れながらも笑っている。
こういう“普通の空気”は、俺にとって少し新鮮だった。
「外、出る? なんか蒸し暑いし」
「お、行く行く」
俺たちは軽く羽織を掴むと、夜の寮外へ歩き出した。
⸻
寮の裏庭――静かな風とフェンリル
夜風はひんやりしていて、昼間の喧騒が嘘のように静まっている。
青緑の髪が揺れた。
「こんばんは。2人とも散歩?」
理紅虎が木の根元に座っていた。
隣には相棒のフェンリルが丸くなり、尻尾だけがゆっくり揺れている。
瑞翔が嬉しそうに手を振る。
「理紅虎! やっぱここにいたんだ」
俺も軽く片手を上げ、フェンリルの頭を撫でる。
「おー……今日もモフ度高ぇな、お前」
フェンリルは喉を鳴らし、俺の手に頬を寄せてきた。
理紅虎が柔らかく笑う。
「……こうしてると落ち着くんだ。僕にとっても、フェンリルにとっても」
瑞翔が夜空を見上げながら言う。
「分かるよ。こういう“普通の時間”、意外と大事だよね。
玲磁がいると事件は起きがちだけど」
「おいこら。俺だって落ち着く時は落ち着くわ」
「“時”だけに?」
「瑞翔……今のは寒すぎね?」
理紅虎がぷっと吹き出した。
属性も性格もバラバラな3人。
それでも、この静かな空気は妙に心地よかった。
⸻
遥花、そっと合流
ふと足音が近づく。
振り向くと、月光に桃色の髪が光っていた。
遥花が巾着を抱え、少し戸惑いながら立っている。
「あ……みんな、ここにいたんだ。
なんだか眠れなくて……少し、外の空気を」
理紅虎が優しく頷く。
「よかったら、一緒にどう?」
「う、うん……ありがとう」
遥花はフェンリルを見て、距離を置きながらそっと座った。
フェンリルの尻尾が揺れると、遥花は小声で「かわいい……」と呟く。
俺は軽く手を上げる。
「遥花も、今日いろいろ疲れただろ。ほら、座れ座れ」
遥花はほんの一瞬だけ俺を見て――
すぐに視線を逸らし腰を下ろした。
瑞翔はその“数秒”を見逃さない。
(……あれ、いつもとちょっと雰囲気違ったな)
瑞翔は意外と人のこと見てるからな。確信めいたものとして映っているかもしれない。
理紅虎はフェンリルの頭を撫でていて、全く気付かない。
――遥花は、俺を目で追っているらしかった。
昨日の昼から、確かに何かが芽生え始めている。
夜の空気は穏やかで、虫の声だけが流れていた。
俺はふと空を見上げる。
「……こういうの悪くねぇよな。
名家も、授業も、部活も、決闘もない。ただの夜」
遥花が小さく微笑む。
「うん……すごく落ち着くね」
理紅虎も頷き、フェンリルは眠そうにあくびをする。
瑞翔も静かにその光景を胸に刻む。
こういう“普通”が、きっと一番特別なんだよな。
誰も喋らなくても、穏やかな時間が流れる。
物語の嵐はまだ遠く、それでもこの夜だけは――
何も起きない。
ただ、4人と一匹が“普通の時”を共有していた。
えもい




